.特訓-2-
「――――――っつ!!」
瞬間、ミネルヴァの魔力がリコの胸元から身体中を這うように流れ出した。目には見えないが、何かが滑るように流れている感覚がリコにはわかった。が、実際それを認識することはできても、何もすることが出来ず、身体中が包まれるころには膜が張られたように魔力が薄くリコと空気の間にあるような状況になった。
「うぁあ…なんか、変な感じがします…。」
しゃべれるが少し息苦しい。リコはゆっくり身体を動かしてみるが、ミネルヴァの魔力はリコの肌にまとわりついたまま流れていた。
「今、リコにはこの魔力が見えるか?」
「い、いいえ…ただ身体中膜が張ってあるような、変な感じです…。」
「では目を閉じて感じてみろ。魔力はどこからどうやって流れている?」
「?」
何を言っているのか理解出来ないまま、リコは目を閉じた。すると開けているときよりも魔力の流れが身体を伝う感覚が鮮明になってくる。まずはミネルヴァの右手からリコの胸元へ、それから二手に別れて胸から上、下へと右回りに魔力はぐるぐる渦を巻いていることがわかった。それからまた頭や手、足に向かって同じように魔力の渦が…。
「…あれ?」
そして気づく。足に伝わった魔力が地面に向かって流れ、ミネルヴァの方向へ消えていくのを。
「も、しかして…ミネルヴァさん、魔力をじゅ、循環させてるですか?」
「………当たりだ。」
ニヤリと意地悪そうな笑みをこぼし、ミネルヴァは左手で自分とリコの身体をなぞる。
「私の魔力を右手から流し、お前を包むように上と下にわけて力を渦状にしている。その流れを薄く纏わせたあと、さらにその上を通り地面に向かって下ろし、足から地面、地面から私の足へと戻す。そしてそれをまたお前に向けて流している。」
「あ、頭の方もですか!?」
足だけは直接膜が地面に向かって流れるのはわかったが、頭や手に流れた魔力も膜の上を伝っていることはわからなかった。
「なんだ、半分正解ってとこか。じゃあ頭から下に流れる魔力をちゃんと感じるまでその体勢だ。ほれ、目を閉じろ。」
慌ててリコは再度目を閉じて魔力を探った。相変わらずすごい速さで魔力がリコの周りを回っているが、今度は胸から上へ伝わる魔力の流れだけを追った。小さく呼吸することで息苦しさは和らいだが、魔力が這う感覚はまだ慣れない。しかし、そうも言っていられないので頭に神経を集中させるよう意識を高める。
「…頭の…てっぺんが――――あ。」
髪留めをしていないふわふわのリコの髪を伝って昇る魔力は、頭の頂点でスウッと細い管のようにまとまり、さらにその管がリコの背中から真っ直ぐ地面に向かうイメージがはっきり見えた。実際は感じた、といった方が正しいが、目を閉じていても魔力の流れがどう動くのか、だんだんと目に見えたように感じることができた。
「細く、ロープみたいになって背中から足、地面に向かって流れてます!」
「ん、正解だ。」
当たったことで嬉しくなり、リコは魔力のことを忘れておもいっきり息を吸い込んだ。すると口の中に魔力が流れる感覚を感じ、思わずゲホッと咳をする。
「ぶははは!何をやっとるんじゃ?まだまだ感じるようになっただけじゃ。気を緩めるでない!」
「ず、ずびばぜんっ…。」
小さく咳き込みながらリコは呼吸を整える。
「次は魔力が離れていても感じるようになること。さあ、魔力が形を変えるぞ?」
ミネルヴァが右手を引くと、リコは上半身にまとわりついていた魔力から解放された。まだ下半身は魔力を感じるが、息苦しさが消えたのでリコはほっとする。
「さあて、私の魔力はどうなった?」
今度は地面からミネルヴァの魔力が流れている。足から身体を伝わり、腰の辺りでリコとは反対方向にうねるように形を作っていた。
「?腰の後ろに流れ…あ!?」
目を閉じた状態から後ろに向かってパタパタと両手を動かす。すると空中を流れている魔力が手に当たってはすり抜けていくのがわかった。が、問題は魔力がどんな形をしているかだ。
「うわわ…馬!?」
「ほほっ!当たりじゃー!」
なんと腰から流れる魔力は少し後ろに真っ直ぐ伸びたあと、三つに別れて地面に向かっていた。そのうち二つは馬の足のように太い流れから細く地面に向かっている。もう一つはしっぽのように弧を画いて流れていた。
「み、ミネルヴァさぁん…。」
イタズラ好きだとは思っていたが、まさかこんなイタズラをされるとは…。リコの反応に満足しながらミネルヴァはニヤッと笑ってみせる。
「ふむ、もう目を閉じなくても感じるようになったか?」
ミネルヴァに言われてリコはハッとした。すでにリコは目を開けていたが、しっかりと魔力を感じていることができている。そして、最大の変化があった。
「――――…見える…。」
そう、リコの目にはミネルヴァの魔力が薄い緑色の光として見えるようになっていた。まだ見えたり見えなかったり、薄かったり濃かったりと安定しないが、先ほどまで見えなかったものがそこに存在していた。と同時に、馬の腹から後ろ足を模した魔力の姿がよくわかり、リコはミネルヴァに不満そうな顔をしてみせる。
「ふはは!面白いだろう!?魔力はこんな風に自在に操ることが出来るようになれば一人前じゃが、見えるだけのお前にはまだどうにも出来まい?くふ、悔しかろう?」
どうやらこの馬の足から形を変える気はないらしい。さすがにリコもこの姿は嫌そうだ。するとミネルヴァはさらに意地悪を始める。
「…そういえばラキが少し休んだら来ると言っていたな?どのくらいで来るかはわからんが、傑作なこの姿をラキにも見せてやろう!あいつは魔力を目から放つ特性だ。魔力は当然見えるし、リコが馬になったなんて予想もしていないだろう!きっと大笑いするぞ!?」
「―――――っひゃ!?」
リコは危なく悲鳴をあげそうになった。顔はみるみるうちに真っ赤に変わっていく。今はミネルヴァと二人だから動揺はそんなになかった。しかしラキに見られる、笑われると思うと、急に恥ずかしさでいっぱいになる。
「や、やです!!やめてください、恥ずかしいです!!」
必死で訴えるが、ミネルヴァは聞く耳を持とうとしない。
「ふふー、あの無表情がどんな驚き方をするのか楽しみじゃ。眼鏡がぶっ飛ぶくらい笑ったらどうしようかのー?くはははは!!」
リコはだんだんと怒りが込み上げてきた。イタズラ好きだが優しい人だと信じていたのに、まさかこんな辱しめを受けるとは。悪気がないとはいえない状況に、リコは唇を噛み締めてミネルヴァを睨んだ。
「ふん、睨んだって無駄じゃ。私は変える気はないぞ?自分でなんとかするんじゃな。ま、無理だとは思うがー?」
ムカムカと怒りが溜まってくる。しかしミネルヴァが余裕の表情で笑っているのを見て、リコは焦りを感じた。ミネルヴァのいうとおり、まだ見えるだけのリコには、このふざけた形の魔力をどうにかすることができない。その術を知らないのだ。
「さあさあ、いつ来るかのう?ふふふふ!」
楽しんでいるミネルヴァから視線を後ろに移し、なんとか魔力を止めようと試みるリコ。しかし流れ続けるミネルヴァの魔力は一向にその形を崩さない。
ふと、リコは思いつく。他人の魔力を抑えようとするのではなく、自分の魔力をぶつけると…どうなるのだろう?
リコは目を閉じた。自分の中にあるはずの魔力を感じるために。
「んん?どうしたどうした?ただ感じるだけじゃどうにもならんぞ?」
ミネルヴァの挑発がすぐ近くから飛んでくるが、リコは意識を集中させる。集中することで、ミネルヴァの魔力が身体を伝う感覚がなくなり、リコは奥底に存在するはずの自分の魔力を探す。身体が次第に熱を発し始める。額から汗が滲み出てくることも気に止めず、暗い暗い意識の中を手探りで進む。すると、一瞬だけ緑色の光が通りすぎたのを感じて、ビクッと身体を震わせた。
正直リコは自分の魔力が恐ろしかった。ミネルヴァのように誰かを守れるような特性ならともかく、予知という曖昧な力と今後どうやって向き合っていけばいいかわからなかったからだ。だが、コントロールする術を学ばなければ他人に危害を与えかねない。これ以上、兄やラキに迷惑をかけることも、危険にさらすこともあってはならない。
大好きな人たちと…一緒にいたいから。
リコは光が見えた方向へ手を伸ばす。ビリビリと身体中に魔力が走る感覚が襲ってくる。
「―――――っつう!?」
思わず声をあげてしまったが、目を閉じたままリコは再度意識を集中させた。握っている拳はすでに汗で湿っている。暗い意識の海に潜りこむように進み、また光が見えたので手を伸ばしながら進んでいく。おもいっきり伸ばした先、暗闇の中で僅かに感じる魔力の切れ端を、――――掴んだ。
その瞬間、大量の泡がリコを包む感覚がした。ブクブクと下から込み上げる泡は、リコの身体をくすぐるように伝って上へ昇っていく。その光景に驚いていると、一つの泡が弾けた。
「―――――あ…。」
弾けた泡から魔力が溢れだし、リコの中でスウッと消えていく。その魔力は今までのように熱く苦しいものではなく、温かく柔らかな気持ちにさせてくれる。そして…。




