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。ラクトの嫉妬-2-





そう言ってウルキは目を開けてラクトを見た。


「私を…――――魔人の私を、最初に受け入れてくれた人に。」


思いもよらない真実に、ラクトは口をあんぐりと開けていた。その表情にクスリと笑うウルキ、慌ててラクトは口を閉じる。


「…私ね、物心ついた頃にはその人といたの。男の人なのに女の人みたいにしゃべって、いたずら好きで、怒ると恐いけど…優しい人。食べられる草とか木の実とか、料理や裁縫とか色々教えてくれた。文字とか世界の成り立ちとか、魔人のことも――――いいことも悪いことも…ちゃんと教えてくれた。」


ウルキの瞳はラクトの瞳を映している。ラクトも今度はそらさずに、真っ直ぐウルキの目を見つめた。


「私の…大切な、お父さんみたいな人。」


目を細めて微笑むウルキ。その目にはじんわりと涙が滲んでいた。


「…その人がいなかったら、こうして人間と笑う私はいなかったと思う。だからね…ホロンたちの雰囲気がなんだかその人と重なって、懐かしくて、嬉しくて…えへへ。」


ちょっと困ったような笑顔を見せるウルキ。その姿を、ラクトは唇を噛みしめながらジッと見つめている。


「…ラクト?」


その表情にウルキは心配そうに名前を呼ぶ。すると、ラクトは右手でウルキの左手を握った。優しく、そして強く。


「…ほんとごめん…俺…すっごい嫌なやつだ。」


「どうして?びっくりしたけど、ラクトは私のことよく見てくれてたってことでしょう?私…嬉しいよ?」


にっこり微笑むウルキだが、ラクトはブンブン首を横に振る。


「―――…違うんだっ、俺…ウルキにとってそんな大事な人がいたってこと、嬉しい…はずなのに…まだ…なんか胸の中がぐっちゃぐちゃに気持ち悪くて、すごい嫌な気持ちばっかり出てきて…なんだろ、本当に嫌なやつになっちゃったよ――――!」


シワを寄せて顔を歪めるラクト。握っている手は熱く、少し汗ばんでいる。ウルキは握られた手を見つめて、ラクトの方に視線を移す。どうしてだろう、頭の中に懐かしい声が甦る。



『気をつけなさい?男も女も持っていて、ちょっと厄介な感情があるの。でもね、それはとても愛おしいものでもあるのよ?それはね…。』



「―――――――…『嫉妬』?」



呟くように言ったウルキの言葉に、ラクトはきょとんとしていた。が、次第に絡まった思考回路がはっきりと意味を繋ぐと、顔を真っ赤にさせ、血が沸騰したかのように身体中が熱くなる。口はパカパカすごいスピードで上下に揺れ、目はぐわっと大きく開かれていた。


「あああああああああ゛あ!?ししししししし…嫉妬!?って―――――ぇえええええええ!?」


今度はウルキが目をぱちくりさせて、ふふふと笑みを浮かべた。夜の月明かりしかないこの状況でも、ラクトの顔色が変わったことがよくわかったからだ。


「ラクトっ…顔、すごく真っ赤になってる?ふふ、大丈夫?」


「だだだだだだ大丈夫とか、じゃなくて―――――あのあのあのあのあの…。」


ぐにゃっと力が抜けたようにラクトは頭を下げてしまった。もう少しで川に頭を突っ込むのではないかというほどに。


「だだだだだって…俺…そんな―――――…。」


だんだん小さく消えていくラクトの声が、ウルキはなんだか愛おしい気持ちになる。



『あんたもアタシも、世界のはぐれ者。だからこうして一緒にいれるし、だから支え合えるの。…だけど、ねえウルキ?いつかね、ずっとずっと先の話かもしれないけれど…あんたのことを親身に考えてくれる人が現れたときは、あんた自身が大切にしてあげなさい。そうすればね――――きっと、その人のことを心にしまっておける。あんたがどれだけ長生きしようと、その人がいなくなってしまおうと…ずっとあんたの中で、進む道を照らす光になるから。そんなことができたら………素敵でしょう?』




「……――――――忘れてた…。」


ウルキの震える声がして、ラクトはちょっとずつ顔を上げてみる。すると、ウルキの頬には一筋の水の流れができていた。


「――――ウルキ?」


思わずラクトは身体を起こしてウルキの方へ手を近づけると…。ウルキはラクトの胸に額を当てて泣きだした。訳もわからず頭の中で混乱するラクト。しかし、肩を震わせ泣いているウルキの振動が、ラクトの胸から伝わってくる。


「うわっ…うう…私――――忘れてたっ…せっかく…リームが教えてくれたのに…、仲良くしてくれる人ができたら大切にしなさいって…私の心の中で光になって、心に残ってくれるようにって――――!それなのに私っ、水晶に閉じ込めたり、家族とバラバラにしたり…たくさんの人の人生をめちゃくちゃにしちゃった!!知っていたのに!!わかってたのに―――――あああ!!」


リーム…それがウルキに生き方を教えてくれた人。そしてウルキに大切な人との付き合い方をさとしてくれた人。だが、ウルキは長い間その言葉を忘れていた。いや、忘れるしかなかった。自分が生きるためにラクトの村で自分が行った行為が間違っていると知っていた上で、人々を苦しめていた。自覚したくなかったから、認めたくなかったから、仕方がないと諦めていたから。



(長い間生きていくって…どういうことなんだろう?)



ラクトは自分の胸の中で小さくうずくまって泣く少女を見て思う。長い長い時の中、優しくされ、疎まれ、迫害され、出会い、別れ、苦しくて、何も出来なくて。もがくだけ無駄に思える時を過ごし、それでも生きている、生きるしか…。世界で何度もたった一人の孤独を味わうなんて、どれだけ強く精神を鍛えていたとしても、簡単に克服できるものではないだろう。目の前にいるこの小さな姿で、どれだけの苦しみや悲しみを閉じ込めて生きてきたのか。ましてや自分のことだけでなく、他人を想える優しい気持ちを持ちながら…想像しかできない自分が悔しい。


ラクトは、泣き崩れるウルキの背中に手を置いて、優しく包みこんだ。


すべてをわかってあげられるとは思っていない、逆にわかる、なんて言うのは失礼だろう。自分よりも何倍も生きている彼女にかけてあげられる言葉をラクトは知らない。ただ、今彼女が泣いているこのときに、一緒にいてあげること。これが今のラクトにできる精一杯の行動だった。気持ちを察してか、ウルキはそのまま泣くだけ泣いた。もう涙が出ない、そう断言できるほど。


いくら区切りをつけたとしても、気持ちを整理したと思っても、事実は消えたわけでもなく、記憶も残っている。これからも、ウルキは思い出して泣いてしまう日があるだろう。そのとき自分が隣にいれるかなんてわからないが、もし、近くにいれたのなら…。



「………俺、これからどうなるかもわからないけど…どうなりたいか、今決めたよ。」


ラクトは泣き疲れて目を閉じるウルキに囁いた。


「――――これから、俺が生きている間…強くなって、ウルキの傍にいれるよう頑張るから…ウルキに近づく悲しみや苦しみから守れるように――――――ずっと、一緒にいるよ…。」



月が川に映るのを眺め、視線を森に移す。



「…こんな俺に無理かもって感じですが、ご指導のほど、よろしくお願いします。シャーロットさん。」


視線の先の茂みから出てきたシャーロットは苦笑いしている。というより、仕方ないと諦めた顔というべきか。


「守るものがあることは弱点になる。しかし…強みにもなる。―――――死ぬ気でこい!」


「はい!」






月明かりに照らされる中、新たに自分の道を見つけたラクト。同時にウルキへの気持ちも確かなものとして認識したが、自分の力がもっと強くな ったとき、ウルキを守れる力を手にいれたときにだけ伝えよう。そう決意したラクトだった。



優しい風が三人の間を通りすぎる。ウルキの涙を乾かすように、静かな眠りを誘うように。






このさき…どんな出来事が起こったとしても―――――――。









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