.邂逅-11-
ラキの様子に気付き、ミネルヴァは面白くなさそうに唇を突き出した。
「なんじゃい。ラキももっとドーンと驚かんか!お前もうちょい反応したらどうだ?」
するとラキはケロッとした態度でミネルヴァに言った。
「や、なんとなく気づいてたから。だって村の中でマシューさんだけ肌の色白いし、村長とミネルヴァだけには皆にする態度とは違うというか、厳しい感じもあったし…それに…。」
「それになんじゃ?」
「僕らが来たときも、マシューさんが村から来るまでの時間にしては速かった。ミネルヴァがリコの魔力に早めに気づいていたのだとしたら、すぐにマシューさんに確認させに来たのかなって思って。でもそうなると、神殿と村を往き来している時間はないだろうし、ニルーニャさんたちが待っていたのだって…マシューさんが偵察に行ってたのを待ってたのかなって…。」
無表情に見えて色々と分析していたラキに、皆は唖然としている。
「…ラキ、お前見てないようで見て考えとるんだな。そこんところは父ちゃんそっくりじゃ。」
ミネルヴァは感心したように頷いたあと、ニカッと笑顔を向ける。一瞬だけ、ラキが恥ずかしそうに笑った気がした。
「まあ、だからといってマシューさんに魔力がある、ないとは言えないし、確信はなかったんだけど。」
「確かに魔人と人間の間に生まれても、魔力があるかないかはわからんからな。前例なんてほとんどないだろうし、あっても伏せられ表には出てこんじゃろ。なんの因果か、ここに二人いるがな。」
カイドとミネルヴァ、ラクトとウルキ。人間と魔人の子供であるマシューとラキ。偶然にも似た境遇の中で生まれた二人。これは本当に偶然なのだろうか?
「…なんだか、勇者様がくれた奇跡みたい。」
リコがラキに向かって笑顔を向けると、ラキは微笑みながら頷いた。
「あ、それにラキちゃんも!私とミネルヴァさんを会わせてくれた!すごいね、ありがとう!」
「リコ…。」
そう、今度は魔力に苦しむ魔人であるリコと、魔力の扱い方を知っているミネルヴァをラキが引き合わせたのだ。思いもよらなかったお礼の言葉に、ラキはなんだか照れくさそうに笑った。
「なあんか、お前たち親子に良いように手のひらの中で踊らされとるみたいじゃのー!」
「…ミネルヴァ。」
からかうミネルヴァに注意するマシュー。しかしミネルヴァはニカッと笑顔を見せる。
「じゃが、踊ったあとの気分は悪くないがな。」
ラクトがこの村を変えてから十数年が経った。それでも、ラクトの残した思いも、行動も、村人の中で感謝されている。そして、次世代であるラキたちにさえ、大きな影響を与えている。
ラクトが生きていたら…どう思っただろうか?ラキは父の姿を思い浮かべながら考えていた。
「…あれ?ロンさん?」
いち早くロンの異変に気づいたマシュー。その言葉に皆が一斉にロンの方へ振り返った。なんとロンは泣いていた。歯を食いしばりながら、右手で顔面を覆っていたが、頬からは一筋の涙が流れているのが見える。
「お、お兄ちゃん!?」
「なんじゃ!?どうした!?」
皆が心配して見つめる中、ロンは圧し殺していた声で呟いた。
「――――――や…なんでも、ないっす…。ただ…まさか俺…こんな状況になるなんて…思っていても、出来っこないって…思ってたんす―――けど、まさか…あの勇者様が…導いてくれっとは…なんか―――――今までが…報われたっつーか…!」
「お兄ちゃん…!うう゛…!!」
これまでの旅は相当辛いものだったのだろう。親に、家族に裏切られ、安心して暮らせる場所もなく、人を疑い続ける日々。それでもどこかにあると信じる平和に暮らせる場所を求めて、ただ歩き続けるしかなかった。しかし、ついに見つけた希望の光。そして、疑わなくていい人間や、仲間たちの存在。憧れた今は亡き勇者がくれた奇跡なのか…。
この村で得たものは大きく、みるみる流れる涙を抑えることもせず、ロンとリコはおもいっきり泣いた。神殿に響く彼らの声は、ラキの中に静かに流れる。
「…父さん…ありがとう。」
小さく呟く声は、ロンたちの声と共に消えていく。そして、泣き疲れた二人を連れて村に帰ることになる。
「明日からびしびしいくぞリコ!泣いてる場合じゃないからな!」
意地悪そうに笑うミネルヴァに、リコは満面の笑みで答える。
「はい!よろしくお願いします!!」
そして四人は村に戻り、マシューとは家の前で別れた。外はもう真っ赤に染まり、辺りは夕食を作る匂いが立ち込めている。三人は家に入って夕食を待つことにした。
「んー!いい匂い。カイドさんがご馳走用意してくれてるのかなあー?」
暖炉の前の椅子に腰掛けながら、リコはニコニコと上機嫌だ。昨日今日で溜まっていたものを全部吐き出したのだろう。すっきりした表情をしている。逆にロンは大泣きしたことを今さら恥ずかしがっているらしい。ムスッと眉間にシワを寄せているが、耳が夕焼けのように赤くなっている。
「まだちょっと時間がありそうだし…疲れたでしょ?仮眠でもとったら?」
ラキが提案してみると、ロンは椅子に座ったままラキをジッと見ていた。すると、ロンの口からは違う答えが返ってきた。
「…ずっと聞きたかったんだけどよ…。ラキ、お前は―――――魔力を持ってんのか?」
「…。」
「お…お兄ちゃん?」
黙り込むラキの様子を窺いながら、リコは座ったままアワアワと口を動かしている。しかし、リコ自身もいつかは聞こうと思っていたことだった。そのため、兄を止めるべきか、話題を変えるべきか、そのままラキの返答を待つか迷っている。
「…マシューさんに魔力があって、ミネルヴァさんと思考が繋がるのなら…お前は?魔人と人間の間に生まれたお前には、魔力があるのか?」
いつものように怒っているわけではない。しかし、ロンは強い眼差しでラキを真っ直ぐ見ていた。真実が知りたい、ただそれだけなのだ。
「…また聞かれなかったから、なんて言ったら怒るかな?」
そう言いながらラキは立ったまま眼鏡を外した。
そういえばラキが眼鏡を外すのは寝るときぐらいで、それ以外は外そうとはしなかった。目が悪いからということであまり違和感は感じていなかったが、ラキの目を眼鏡を通さずに見た覚えがなかったことに、今さらながら気づく。
「ラキちゃん…?」
眼鏡を外したラキは目を瞑ったまま動かない。しかし、ようやく決心したように口を開く。
「…僕には魔力が…あるよ。この目に、ね。」
そう言って開いた瞳には、淡く緑色に光る水晶体があった。深い森の木々を連想させるきれいな緑色に、リコは一度見たことがあるのを思い出した。
「…魔物と…勇者様の仇の魔物と闘ったとき…?」
「そうだね、リコの前では一度…あのとき僕は魔力を使ってるんだ。」
「へ?」
きょとんとするリコ。何故ならそのとき、突然火が現れたり、水が変な動きをしたわけでもなかった。特に魔力を感じた覚えもなく、ラキが使ったのが何時かもわからなかったからだ。
「ロン、僕を殴ってみてよ?」
「…は!?」
いきなりのお願いにロンは目を丸くした。
「フリでもいいからさ、やってみて。その方が話が早いから。」
ニコッと笑うラキに違和感を覚えながら、ロンはしょうがなく立ち上がりラキに近づいた。
「お、お兄ちゃん、フリだよ、フリ!!」
「わかってるよ。…いくぜ?」
ロンは拳を構えてラキの頬を目掛けて、勢いよく突き出した。
「あわわっ!?」
思った以上に速い拳にリコは思わず手を伸ばそうとした。そのときだ。
「――――!?」
ロンの腕は掴まれたかのようにピタッと動きを止め、拳はラキから十センチ程離れた場所で止まっていた。
「ふわあ…お兄ちゃん、速いよ!!フリって言ったでしょ!?」
リコはプンプン怒っていると、ロンが思ってもみない答えを返す。
「―――――っなんだ!?…動かね…え?」
「…へ?」
もちろんロンはラキに当てるつもりはなかった。ギリギリのところで止めようと拳を放ったのだ。だが、ロンが意識する前に、拳が止まってしまった。そればかりか、体全体が麻痺したように動けない。どうにか動かそうとしてみるものの、まるで脳からの信号を拒否するように、言うことを聞かないのだ。まるで自分の体じゃないような…。
「…そろそろ動けるんじゃない?」
ラキがそう言った瞬間、ロンは自分の体を取り戻したように動くようになった。止まっていた拳をラキが片手で止める。
「な、なんだ…今の?」
全身が動くのを確認しながら、ロンはラキの目を見た。
「…魔力?」
ロンの拳を放して、ラキはまた眼鏡を掛け直す。そして、小さく頷いた。
「…僕は、この目を見たものの動きを瞬間的に止めることが出来るんだ。今みたいに、ね。」
あっけらかんの表情をする兄妹。ラキはクスッと笑ったかと思うと、すぐに無表情に戻る。
「ただし、目を見せないといけないし、動きを止めるのも一瞬だ。だから僕はリコみたいな魔力とは違うんだよ。だからあえて言わなかった…いや、僕自身も、怖かったのかもしれないね。…驚いたでしょ?」
怖いという言葉をラキの口からは初めて聞いた。ロンは黙ったまま、手を握ったり開いたりしている。
「…ま、驚きはしたけど…、こんなもんか。」
「…は?」
ぽかんとするラキの顔を見て、ロンはニヤッと笑って見せた。
「どんな魔力かと思ったらこんなもんかよ?もったいつけたわりには大したことねーな。一瞬だろ?だったらうちのリコの方が何倍もスゲーな!」
いきなり自慢気に話し出したロン。リコが立ち上がったので注意するかと思いきや、ラキ目掛けて跳んできた。
「わっ!?リコ?」
ラキの腰にギュッと抱きつくリコに動揺するラキ。しかしリコが言ったのは、兄を叱る言葉ではなかった。
「ラキちゃん、大好きですよ!!」
そう言ってリコは満面の笑みをラキに向けた。
「っつーか、お前女で良かったな。男だったら今顔面にパンチ食らわせてるところだぜ?」
ケラケラ笑うロン。そんな二人を交互に見て、ラキは顔が、目頭が熱くなるのを感じた。
「皆さーん、夕食の支度ができたので出てきてくださーい。」
外からマシューの呼ぶ声が聞こえたので、リコは抱きつくのを止めて、今度は手を握った。
「行きましょう、ラキちゃん!私お腹ペコペコです!」
「俺もだ。ああー、昨日の料理も美味かったけど、今日のご馳走ってなんなんだろーな?早く行こーぜ。」
扉を開けて外に出る。辺りはすっかり暗くなっていたが、今日も星が満天と輝く。リコに引かれる手を見ながら、ラキの胸の中は温かいもので満たされていた。
(ねぇ…父さん、母さん。僕は―――――約束を果たせているかな?)




