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.邂逅-8-






カルダの村では一件の家の周りに人だかりができていた。村が外界との接触を断ってから百年以上が経過しているが、村に外から来た人間が入るのは初めてだったからだ。


「…周りがうるさいな、お前ら、もういいから外の奴ら仕事に戻らせろ。」


カイドが命令すると、男たちはしぶしぶ部屋を出ていく。外からの声が遠退くのを確認し、カイドはテーブル越しに座るラクトに目をやる。ラクトは手をロープで縛られ、椅子の後ろに繋がれていた。


「話しにくいとは思うが勘弁してくれ。お前はまだ村にとって危険な存在になりかねないからな。」


そう言ってニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべるカイド。だがラクトはニコニコと周りを見回している。


「当たり前ですよ。俺おもいっきり怪しいですよね?すみません、いきなり訪ねてきちゃって…あ、あなたは村長さんなんですね?お若いのにすごいですねー!」


縛られているのにも関わらず、ラクトの緊張感の無さにカイドは肩を落とす。なんだってこんなやつを村に入れてしまったのか、少し後悔してきた。


「そういえば…彼は?」


ラクトが目を向けたのは、カイドの後ろで腕を組んで座っているマシューだった。


「あれは俺の息子だ。文句あるのか?」


「へー!息子さんなんですか!!お若いのに大きい息子さんがいるんですね。いいですよね、子供って!」


パアッと明るい笑顔でマシューを見るラクト。その笑顔にマシューは苦い顔を返した。


「…村長、この人ヘン。」


「あはは、ごめんね。」


マシューの発言にも笑顔を止めないラクトに、カイドは質問した。


「子供っていい、って言ったな?お前もいるのか?」


「はい!去年生まれました!!すっごく俺そっくりなんですよー!!…女の子なんですけどね?」


照れたり苦笑いしたり、それでも嬉しそうに娘の話をするラクトに、カイドは少し興味を持った。


「ほおー、娘か。うちはこいつしかいないからな…やっぱり可愛いか?つってもお前にそっくりって可哀想だな?」


「いやあ、でもやっぱり可愛いです…!!睫毛が長いところは、奥さんに似てるんですよー!!えへへ。」


「…そんな生まれたての娘と奥さんを置いて、わざわざこんなところに来るとは…どういう了見なんだ?」


カイドの質問に、ラクトは満面の笑みからゆっくり真剣な表情へ変わった。その目には強い意志があるように思える。


「……俺は今は一人で旅をしています。昔は妻と師匠の三人で旅をしていました。妻は―――――――魔人です。」



「―――――魔人…だと?」


カイドもマシューも目を見開きラクトを見ている。


「はい。俺は小さな村で、村から一歩も出ることなく十三になるまで、何も知らずに育ちました。でも、師匠や妻に会って…自分の小ささや無知に初めて気づきました。彼女たちと旅をすることで…俺は世界を知りました。魔人という存在も、魔人が人間にどのような仕打ちを受けてきたのかも。」


淡々と、しかし力強く語るラクトの話を二人は静かに聞いていた。幸か不幸か、ラクトの言う村はカイドたちの村に状況が似ている。だが、それが偶然なのか意図的なのかわからない。カイドたちはしばらく黙って話を聞くことにした。


「妻のことをよく思わない人はたくさんいました。でも、俺は苦しむ姿を…悲しむウルキを見たくはなかった。だから、少しでも彼女が笑顔で暮らせる世界にしたかった。…こんな俺が出来ることなんてほんの少しです。でも、助けてくれる人がいました。受け入れてくれる人がいました。……だから思った。変えられないことじゃない!出来ることなんだって!!」


強い口調になり、ラクトは深呼吸して自分を落ち着かせた。そして顔を上げる。


「だから、俺は今でも魔人と人間の関係が少しでも善くなるように…旅をしています。」


「………。」


「たまたまこの村の話を聞いて思いました。何年も、百年以上もの間、山に近づかないようにする何かがいるとしたら、それは魔人なんじゃないかって。しかも噂が出始めたときに一つの村が消えたとも聞いて…間違っていなくてよかった。それに…。」


ラクトはカイドたちに向かって優しく微笑む。


「大切な人―――――…そんな言葉を聞けて、本当に嬉しいんです。」


「…大切って言っても…ただ利用できるから、とは考えないの?」


カイドが口にする前に、マシューがラクトを睨んで言った。


「そうやって怒るってことは、村の人と同じように、魔人のことが好きだってことじゃないのかな?」


「―――――ふんっ。」


マシューはそっぽを向いて右手で顔を覆った。しかし、赤くなった耳が白い肌のせいで際立っている。ラクトはにっこり微笑みながらマシューからカイドに視線を移した。


「…お前が嘘をついていないという証拠もない。完全に信用なんてすると思うか?」


「思っていません。長年こうして魔人と隠れて共生してきたのなら、俺は村の歴史を揺るがす危険な存在に違いありませんから。だけど――――俺は、俺の意志は揺るぎません。」


どうしてだろうか?あれだけ弱そうに見えたラクトの姿が、大きく、強く見えるのは…。しかし。


「…縄に繋がれてカッコつけるとはな…。ぶふっ。」


「へ?あの…。」


きょとんとするラクト見て、カイドはさらに噴き出す。いきなり大笑いするカイドに、マシューは呆れてため息をついた。


「ぶはははははっ!!お前っ、その格好で言っても説得力ねえぞ!?だははっ!!ひ――――!!」


「…えっと…君?」


ラクトはマシューにこの状況をどうにかしてもらおうと思ったが、目があったマシューは首を振る。


「…こうなると止まるまで待たないと話が進まない。」


「そ、そっか。大変だね?」


捕まっている状況だというのに、マシューを気遣う言葉を言うラクト。まるで緊張や不安を見せない、自然体のラクトに警戒していたが、マシューは不意に馬鹿らしく思えた。


「――――ぷっ…。」


「!?君も!?」


「だ、…だって…くく…っ。」


「…抑えるくらいならおもいっきり笑ってくれた方が俺的にはまだいいんだけど?」


「っ!ぷははっははは!!」


ラクトの一言にマシューは思わず抑えていたものをぶちまけるように笑った。先ほどまでの大人びたクールな表情とは裏腹に、笑った顔は子供っぽさが残る。


「…ふ、あはは!」


親子二人に大笑いされて、ラクトはちょっと悲しかったが、そんな自分が可笑しくて一緒になって笑った。



「………はあー、ダメだお前…。可笑しすぎだろ。ったく、逆に縛ってんのが悪いような気がしてきたぜ。」


笑い終えたカイドはラクトの縄をほどく。


「…いいんですか?」


「お前の言う台詞じゃないだろ?本当に可笑しな奴だな。それに…何かしたらお前一人くらい、俺がこてんぱんにのしてやるよ。」


力瘤を見せながらカイドが言うと、ラクトは笑って頷いた。


「…お前さ、この村、どう思う?」


ラクトの正面に座り直し、カイドが質問した。


「…いい村だと思いますよ?小さいけど皆さんまとまっていますし、あなたの言うこともちゃんと守ってくれる。信頼し合ってなきゃ出来ません。」


「いや、そう言ってもらえんのは嬉しいんだが…そうじゃなくてな…。」


「この村が魔人の魔力で百年以上隠れてるとして、このままでいいと思うか、ってこと。」


静かに二人を見つめていたマシューが父親の代わりに質問した。ラクトは少し考える素振りをして、親子を見る。


「…俺の生まれた村も外の世界との接触を極力断っていました。だからこそ言わせてもらいます。――――このまま全ての接触を断っていれば、いづれそれが仇になる可能性があります。」


「…具体的には?」


「今は魔力で隠れているとはいえ、それで完璧とは言えません。今は魔力についての研究がかなり発達してきています。数年のうちに、俺じゃない誰かがここを発見するのは間違いないでしょう。目に見えなくても、魔力の波動まで消せるわけではありませんから。」


ラクトは真剣な表情で話を続ける。


「それに、魔人も寿命が長いといってもいつかは死んでしまう。人間と同様に。そのあと、右も左もわからないあなた方は、どう生活するおつもりですか?神隠しの山から下りて、さあ新しい生活をするぞ、なんてうまくいくわけがない。」


「どうしてそう言い切れる?年に数回ではあるが、俺たちは情報を得るために人を偵察に行かせるが、今のところそう困ったことは起きていない。」


カイドが反論するが、ラクトは首を振る。


「…残念ですが、バレてますよ村長。 毎年、同じような時期に、知らない人間が情報を集め、金を手にして帰っていくのは…実際何人もの人がおかしいと噂していました。」


「んな…!?」


「しかしこの辺りの村は皆この山を怖れていました。それに魔力に関する技術もそこまで発展していません。だからまだ、徹底的に調べようとする人はいませんが、時間の問題です。」


「―――くそっ!!じゃあどうするって言うんだ!?確かに今のうちに対策を考えるべきだとは思うが、魔人がいるんだ…!!あいつを…一人にすることも、公表することも…したくないんだよ!!」


カイドはテーブルを拳で叩いて、頭を抱える。マシューはその背中を静かに見つめていた。


「…そうですか、本当に大切な存在なんですね。その人は幸せ者ですね!」


にこりと笑うラクト、そしてすぐに真剣な顔に戻って言った。


「…お願いします、俺を、魔人さんに会わせてください!もちろん村長も一緒に…お話したいことがあるんです!!突然出てきたよそ者が、こんなことをお願いするなんて図々しいとは百も承知です!!ですが、俺はこの村の力になりたいんです、お願いします!!」


ラクトはテーブルに頭をつけるくらい下げて、大声で懇願する。その姿を親子はジッと見つめている。


「…どうしてそこまで?」


思わず呟いたマシューの言葉に、ラクトは小さく微笑む。


「…俺の奥さんが魔人ってこともあるし、俺のいた村に似ているっていうのも…重なるんだ、昔の俺と。俺はあのとき…後悔してばかりだから、放っておけないのかも…。あんな思いを、してほしくはないんだ。」


強い眼差し、だが、その瞳にはじんわりと涙が滲んでいた。


「…どうする?村長。」


「――――っだああ…わかってんだろ?…連絡とれ、マシュー。今から行くと。俺ぁこういうバカ、信じたくなる質だからな。」


マシューは黙って頷いたあと、奥の部屋に行ってしまった。


「……………あの…。」


「心配すんな、連れてってやるよ!ただし、大したことなかったらぶっ飛ばしてやる!!」


「――――はいっ!!」


満面の笑みを浮かべるラクト。カイドの心には、ラクトに対する警戒心はもうなかった。








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