.邂逅-6-
「――――…この村は元々山の麓にあったんだが、私がマシューの先祖と出会ったことで今の場所に移動した。私は魔人であることを隠して、どこに行くでもなくさ迷い歩いていた。幼いころはよく人間に追われたもんじゃが、逃げて逃げて逃げ回ることで、そのときの私は生きることに疲れていた。いつかは死ぬ身だ。次に行き倒れるなら、それが私の運命だったと受け入れて死のう…そう思っていた。」
しんと静かな部屋にはミネルヴァの声だけ響く。ラキもロンやリコもミネルヴァを見つめていた。
「そんな私を初めて受け入れてくれたのはマシューの先祖の一族だった。そのときこの辺りは国と国との境を争って戦が絶えなかった。昔から戦いを好まない村からは国の命令で若者が駆り出され、金や武器もなく、長年人間を恨んでいた私でも憐れに思うほどだったよ。だが、自分たちが大変なときに、魔人である私の身を心配するお人好しでな…?初めて思った、こいつらに何かできることはないか、と。」
ミネルヴァは魔力が放つ光を見ながら、淡々と、しかし優しい口調で話す。
「私の魔力はな、"拒絶"だ。ある一定の場所を魔力で囲い、その場所を外から見えない…いや、そんな場所など最初からなかったように思わせることができる。魔力を持った魔物でさえ、私の魔力に気づかず通り過ぎていく。私が許可しない限り、その存在に気づくものはいない。」
「…だから村に入ったときも、神殿に続く道のときも何にもない場所から道が出てきたのか。まるで消えたように見えたのも…。」
ロンは思い出しながらミネルヴァに問う。
「そうだ。許可しないまま侵入しようとすれば、入っても同じ場所から出ていく。つまり、一回転した状態だな。おかしいと感じても原因がわからなけりゃどうにもできないから、面白いもんだぞ?中からは外が見えるからな、不思議そうにしかめた顔を見るのがなんとも…。」
「ミネルヴァ…。」
ニヤニヤ意地悪そうに笑うミネルヴァをマシューが睨んだ。
「ふんっ。とはいえ、私のこの力で運よく村を隠すことができたんだ。外界との接触を絶つことで争いに巻き込まれることも無くなった。…この神殿は元々あったものだが、ずっと放置されていたのを村人が私のためにきれいにしてくれてな。私の場合、魔力を出している間はあまり動いたり出来ないんだ。だからこうして神殿に籠り、村を他所の人間から守っている。」
ミネルヴァは座っている台座をぺしぺし叩いて笑った。
「…でも、いくら村の皆さんのためでも―――――ずっとここにいるのって辛くないですか?」
リコが心配そうな顔でミネルヴァを見つめた。ラキやロンも黙ったまま彼女に視線を向ける。ふっと鼻で息をして、ミネルヴァは目を細めた。
「…確かに暇は暇だな。しかし私が村のためにしたいと思ったことだ。あいつらがいなければ私はもうこの世にはいなかっただろう。と同時に、私が人間を心底信用するに至らなかった結果でもあるな。役に立ちはたいが、ずっと憎んできた人間の中で暮らすこと、その一歩がどうしても踏み出せなかった。」
ミネルヴァはまた顔を上げて皆を見回した。そして柔らかな微笑みを向ける。
「―――まあそこから私たちは村を外界から拒絶することで、ひっそりと隠れるような生活をしてきた。だが、そのうちに問題もあってな、食糧を買うにも金がない、外界の情報が入ってこない、しかし村の存在をバラして危険を持ち込むわけにもいかない。…小さな畑をつくり魔物を狩ることで食糧は最低限確保できたが、情報はそうはいかない。だからたまに選ばれた若者が山を下りて情報を得たり、魔物を売って金に換えて生活していた。」
「…今の私達となんだか似てるね。」
こそっと小さな声でリコが兄に耳打ちすると、ロンは黙って頷く。ミネルヴァの話に夢中で視線は動かさなかった。
「…だが時は流れ、次第に私が出会った村人は死んでいった。私のことは子や孫に伝えられるが、見ての通り私はずっとこの姿、そして村からまた離れた神殿から出てこない。次第に…私の存在は、まるで神聖なもののように扱われるようになった。この村を戦から守ったつもりだったが…その戦が終わっても、村人にとって外界は危険な場所だと誤解を植え付けてしまったんだ。しかも私自身そのことに気づきもしなかった…。」
「…当然です。自由を犠牲に村を守るあなたを信じ尊敬するのも、余計な外界からの情報であなたに不安を与えないようにしたのも…すべてはあなたを想う先祖の判断が招いたことです。非があるとすれば…村人の方ですよ。」
少し俯いたままマシューがミネルヴァを庇う。その姿こそがこの村の縮小図のような気がする。互いを想い合う、その気持ちが全ていい方向に向かうとは限らない。それは誰に非があるか、なんて決められることでもないだろう。
「ふふ、やめろマシュー。お前がそんなことを言うな。…嵐でもくるんじゃないか?」
ミネルヴァは笑って冗談を言うと、マシューはため息をつきながら微笑んだ。
「とまあ、この村は結界によって隠された。また情報や金を持ってくる村人が消えるのを誤魔化すために、外の世界には神隠しの山という噂を流すことで、山に入ろうとする者も滅多にいなかったんだ。――――――あいつが来るまで。」
ラキを見つめてミネルヴァはニヤリと意地悪そうに微笑み、目を閉じて当時のことを思い出す。




