.邂逅-5-
「ふむ、そうなると時間が必要だが…お前たち、今日村を発つのか?」
ミネルヴァがラキに言うと、不安そうにリコとロンもラキを見つめる。
「うーん…明日出発しようかと思ってたんだけど。マシューさん、もう少しあの家を借りててもいいですか?」
ラキが振り向くと、マシューはにっこり頷く。
「と、いうことなので、しばらくは村にいることにするよ。」
一瞬喜びはするものの、リコが恐る恐る聞いてみる。
「…でも、報告遅くなっちゃうよね?」
「大丈夫だよ、そこまで急いでるわけじゃないし…師匠も話せばわかってくれる人だから。」
それを聞いてリコも安心ようだ。
「ありがとう、ラキちゃん!」
「―――ぶふぅっ!!」
いきなり噴き出したのはミネルヴァだった。
「ぶははははっ!ラキちゃん!?お前ラキちゃんって呼ばれてんのか!!ふはっ!?あーはっはっは!!」
ミネルヴァは台座から転げ落ちて、腹を抱えて笑っている。マシューがため息をついて立ち上がり、ミネルヴァを起こそうとした。
「失礼ですよミネルヴァ。ラキさんは女の子なんですから、可笑しくはないでしょう?」
「ひーっひっひ!!女の子!?はっ!?確かに女の子だが…まったくなんでそんなにあいつに似て女の子…ちゃん―――――っはははっ!だめだ!!止まらん!!ふはっはっはっは!!」
壊れたように笑うミネルヴァを見てリコとロンはどこか怖がっているように見える。当のラキは相変わらずの無表情だった。
「―――――はあー…、笑った笑った。何年振りだろうな、腹が痛いぞ。」
ミネルヴァはようやく笑いが治まり、マシューに起こされながら目に溜まった涙を拭いた。
「まったく…どうすれば人をそこまで笑えるんだか。」
どうやら少し怒っていたらしい。ラキが無表情のまま言うと、ミネルヴァはスマンスマンと軽く謝った。
「はは、なんだ。ラキも怒れるじゃないか?お前はもう少し感情を出す練習をした方がいいんじゃないか?」
「余計なお世話です。」
ラキがビシッと言うと、ミネルヴァはまた軽く笑った。
「ふふふ、あいつはコロコロ表情を変えたもんだが…誰に似たんだか?ウルキは逆にニコニコしていたがな…。」
「…――――あの、あいつって…勇者様のことですよね?」
会話に入ってきたのはロンだった。少しだけ目がキラキラしているのはラキの気のせいではないだろう。
「…勇者…様!?ぶは――――っ!!ちょ、お前…様って!?あはは、ヤバい、腹が…!!」
再び笑い始めたミネルヴァにロンが食って掛かる。
「勇者様は勇者様だ!!笑うなよ!!」
「お、お兄ちゃん!!」
リコが立ち上がろうとするロンの腕を掴んで必死に止める。
「ミネルヴァ、ロンは父さんのこと尊敬してるんだって。」
ラキが他人事のように言うと、ミネルヴァが腹を抱えたまま、顔を上げてロンを見た。
「はあっ、はあ…なるほどー?尊敬、か。あいつがねぇ…ははっ!――――…そうか……生きてたらなんて言うかな?」
ふと悲しみの入った笑顔を見せるミネルヴァ。一瞬の沈黙がとても長く感じる。
「…ミネルヴァ。」
静まった空間にマシューの声が響く。
「ん…悪い。」
「…きっと、照れてるだろうね。」
ボソッと呟くラキの表情は柔らかかった。ミネルヴァもマシューも思い浮かべたように微笑み、目を閉じた。リコやロンは実際に勇者に会ったことはないが、慕われていたことは確かだろうと、強く思った。
「…尊敬している勇者の娘に会うとは、運がいいな?しかも妹は魔人…はは、何かの導きとでも言えばいいのかね?」
ミネルヴァがロンに呟くと、ロンは複雑そうな顔をした。
「…確かに、偶然にしちゃすげえことだとは思いますが、いまいちピンとこないです。普段こんなだし。」
そう言ってロンはラキを指差した。
「ふ、確かにな。無表情の上、性格も似ていない。しかし、顔はラクトそっくりなんだぞ?髪の色は違うがな。」
ロンは素早くラキを睨んだ。なんで早く言わなかったんだ、目からはそんなことを言っている気がする。ラキはサッと顔を背けた。
「…よかったなあ、ラキ。」
ミネルヴァが小さく呟いた。
「ふー…笑いすぎて今日は疲れた。魔力を見てやるのは明日からでもいいか?リコ。」
リコは兄とラキに目をやって、二人が頷いたのを確認して答える。
「はい、お願いします!」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべ、ミネルヴァは満足そうに頷くと、大きく背伸びをした。
「ううーん…。しばらくぶりに話をするが、やはり楽しいな。ずっとここにいるのは肩が凝ってしょうがない。」
「すみません。感謝してます。」
マシューが少し申し訳なさそうに言うと、ミネルヴァは歯を見せてニヤリと笑った。
「ほほ、珍しいの。もっと感謝せい!」
「それはともかく、皆さん村に戻りますか?」
マシューはミネルヴァを無視するかの如く話題を逸らす。するとミネルヴァの顔は一気に苦い表情になったが、マシューは気にせずニコニコとラキたちを見ている。
「えっと…どうしようか?」
マシューのミネルヴァの扱いに驚きながら、ラキは兄妹に尋ねた。ロンたちもまさかの態度に唖然としている。
「なんだー?つまらんのう!マシュー、もう少しよかろう!?どうしてそうケチケチと!」
「疲れたと言ったのはあなたでしょう?それにあまり遅くなると帰りの足元が見辛くて危険です。まだぬかるみが多いんですから。」
ふてくされるミネルヴァにマシューはピシッと正論をぶつけた。ミネルヴァの顔がさらにひどくなる。
「ま、まだ正午になったぐらいじゃろうが!!」
「何をわがまま言っているんですか?まったく歳のわりにそういうところは子供より悪いんですから。明日も来るんです、問題ないでしょう?」
「――――ら、ラキー!なんとか言ってやれ!こいつ頭が堅くてかなわん!!」
ミネルヴァは半泣きでラキにすがりつく。マシューはやれやれという顔でその様子を見ている。逆にすがりつかれたラキはどうしたらいいかわからずただ無表情でミネルヴァを見つめるだけだった。
「え―……ちょ、ミネルヴァ…。」
すると、そこに口を挟んできたのはロンだった。
「―――…あの、じゃあ勇者様の話をしてもらうっていうのは…ダメっすか?」
「え?ロン…。」
ラキが言葉を発するより先に動いたのはミネルヴァだった。その顔は満面の笑みを浮かべている。
「おお、そうか!なら昔話でも聞いていけ!!ほらなマシュー、まだ帰らなくていいそうじゃ!帰りたいならお前一人で帰るんじゃな!!」
ラキはマシューの口元が一瞬ヒクリと動いたのを確かに見た。ため息をつき、マシューは元いた場所に座る。
「わかりました。…僕も残りますよ。遅くなりそうなら途中でも切り上げてくださいね?」
「よっしゃー!ナイスじゃ、ロン!」
ピョンッと立ち上がるとミネルヴァは台座に滑るように座った。ロンは目をキラキラさせていたが、リコもラキも無表情でロンを見つめていた。
「…もう呆れてツッコめないよ。」
小さな声でリコが呟くが、ミネルヴァもロンもお構い無しという雰囲気だ。この二人、結構似ているなとラキは心の中で思う。
「ラクトの話は村の歴史にも繋がるからな、少し長くなるぞ?それにこれはお前たちだから話すんだ、他所の人間には喋らんと約束しろ。だがまあ大丈夫だと思うから話すんだがな!」
リコもロンも頷いたのを確認し、ミネルヴァは過去に思いを馳せた。




