.邂逅-3-
「…よく来た。―――――久しいな、ラキ。」
階段を降りてたどり着いた部屋の奥、薄暗い空間の先に人影が見えた。その方向から声が聞こえ、ラキを呼んだ。マシューが壁に手をかざすと、次々に魔力で作られた光が点灯し、その姿が明瞭になる。
「…まったく…あいつそっくりに育ちやがって。」
そう言って奥にいる人物は笑う。
そこにいたのは一人の女性だった。長く美しい銀色の髪が床まで伸びていて、前髪は眉毛より上で揃えられている。しかし中央の前髪だけ後ろ髪のように長く、右の頬を伝って後ろに避けてある。眉毛は短く、少しつり目な青い瞳に少し低い鼻の彼女は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。部屋の奥にある台座のような場所に腰掛け、胡座をかいて肩肘を膝につけている。
「ご無沙汰しています、ミネルヴァ。」
ラキは彼女の方に一礼し、ロンたちを紹介した。
「ミネルヴァ、こちらロンとリコ。僕の仲間だ。ロン、リコ…あの人が、魔人ミネルヴァだよ。」
「―――ども…。」
「は…はじめ、まして…。」
ロンたちは初めて見る魔人に戸惑っている。ラキたちの話では、この村の魔人は一人しかいない、そして何十年もの間この神殿で暮らしていると聞いていたからだ。しかし、目の前にいる彼女はあまりにも若く見えた。見た目は二十代後半ぐらいで、とても長い時間を生きていたとは思えない。
「ふはは、ラキの仲間か!仲間…なんてできたのか!?これはなんとも珍しい。ほれ、座れ座れ!そんなところでボーッとしてくれるな!」
魔人は楽しそうに手招いた。ラキはロンやリコと共に魔人の前に座り、マシューは少し後ろで胡座をかいて座った。
「ほおー…お前たちがラキの仲間!ふはは、なかなかカッコいいのう!こっちはめんこいめんこい!」
めんこいは可愛いという意味だが、リコは理解できずに困った顔をした。ミネルヴァは二人を見回したあと、ラキに視線を向ける。その瞳は静かで、力強かった。
「…仇を討ったと聞いた。間違いなく、だな?」
ラキは彼女の瞳を反らすことなく見つめ、口を開く。
「…―――もう、父さんのような犠牲者は出ない。間違いないよ。僕がこの手で…討った。」
ラキが喋り終わったその瞬間、ミネルヴァは手を伸ばし台座から体を出してラキを抱き締めた。
「――――よくやった。よくやったぞ…!ラキ!」
ミネルヴァの声は少し震えている。強く抱き締められた腕の中で、ラキはゆっくり頷いた。ロンたちが見守る中、二人は一分ほど抱き合ったあと、体を離し元の位置に戻る。
ミネルヴァは赤くなった目をこすりながら笑っていた。
「ははは。ガラにもなく泣いてしまった。マシュー、誰にも言うなよ?お前たちも。」
ミネルヴァが視線をやると、マシューはにっこり頷き、ロンやリコも次々に首を縦に振った。
「んー…これで私も気が楽になった。……本当によくやった。村でゆっくり休むといい。」
ミネルヴァは優しくラキに微笑んだ。
「うん、そうさせてもらう。」
ラキは微笑みを返したあと、ロンたちの方に振り返った。
「…ミネルヴァ、今日来たのは報告だけじゃないんだ。――――実は…?」
ラキが言いかけたとき、ミネルヴァは自分の唇に人差し指をつけて、会話を止めるよう合図した。
「…ふふ、当ててやろうか?そこのめんこいわらしのことだろう?」
意味はわからないが自分を見つめるミネルヴァの視線を感じて、リコの心臓がドクンと跳ねた。
「昨日、私の結界近くで大きな魔力の歪みを感じた。おそらく制御できずに溢れたのではないか?のう、魔人の子よ…?」
言い当てられた瞬間、リコの肩はぶるぶると震え出し、ロンが慌ててその肩を押さえた。
「…ミネルヴァ。」
「ふむ…図星だが訳ありか…。まあ魔人になって何もない方がおかしいがの。私は何もする気はない、お前がラキの仲間ならなおさらな。」
そう言ってミネルヴァは手のひらをひらひら振って見せた。リコはそれに触れる余裕はなかったが、少しずつ息を整えて自分を落ち着かせた。
「…――はあ…すみません、です…。」
リコが謝ると、ミネルヴァはにんまりと笑顔を見せる。
「よいよい。気持ちはよくわかるぞ。私も若いころはお前以上に暴れたものじゃ。」
それを聞いて少し安心したらしい。リコの表情に余裕が出てきた。するとリコの肩から手を離したロンが、恐る恐る聞いてみる。
「…あの、失礼っすが、ミネルヴァさんはいくつ…?」
「なんじゃい、本当に失礼な質問じゃのー?答えるがな。」
ムスッとした顔をしたかと思うと、意地悪そうに笑うミネルヴァ。どうやらからかっているらしい。
「私はな、もう百四十を超えている。正確には覚えていないが、物心ついてからはそのぐらい経っている。どうだ?見えんだろ?」
そう言ってミネルヴァは自慢気に話す。リコもロンも目をまん丸にさせて驚いているのを見て、さらに口角を上げる。
「そこは自慢するところじゃないですよ?」
やんわりとツッコミを入れたのはマシューだった。ミネルヴァは気に入らなかったのか頬をプクッと膨らませる。
「…マシューさんもリコのこと気づいていたんですか?」
リコが魔人だと聞いてもマシューは何も反応しなかった。それを疑問に思ってラキは質問した。
「確証はありませんでしたが…あの雨の中、魔力の光が走ったと思われる場所にずぶ濡れで立つラキさんとロンさん、そしてロンさんの腕の中で気を失っているリコさん。リコさんを寝かせたあとも微妙な空気のお二人を見て、不思議に思わない僕ではないですよ?」
マシューは説明する間も冷静だった。抜け目のない人だ。ラキはマシューに下手な嘘はつけないなと改めて思う。
「ふはは、相変わらずマシューは観察力があるな。さすが次期村長だ!頼もしく思うぞ。」
ミネルヴァは笑ってマシューを見るが、マシューはハイハイと軽く受け流した。
「さて、話を戻そうか。お前…えーと?」
「リコとロンだよ、ミネルヴァ。」
人差し指を上に向けてくるくる回すミネルヴァに、ラキがため息をつきながら言う。
「そうか、リコ。あー…リコとロンは他の魔人を見るのは初めてか?」
ミネルヴァが問いかけるとリコがこくんと頷いた。
「なるほど、まああの溢れ方だ。制御の仕方も、力の扱い方もわからない、と。だからラキが私の元まで連れてきたというわけだ?」
当たったろ?という顔をラキにしてみたが、ラキは無表情で頷くだけだった。お気に召さなかったようで、ミネルヴァは口を尖らせる。
「なーんじゃい。お前は見た目はそっくりのくせにノリが悪いのう!とにかく、私が何か知らないかどうか聞きにきたんじゃろ?ん?」
そう言うとミネルヴァはリコの目をジッと見る。その行動にリコはたじろぐ。
「ふぁ!?は、はい。」
驚きながらも素直に答えるリコの反応に満足し、ミネルヴァは笑みを浮かべる。
「よし!いい返事だ。ならば手引きをしてやろう。ただし、私の魔力とお前の魔力は違う。お前の魔力はお前が、お前の意志で扱えるならなければ意味がない。それは…わかるな?」
ミネルヴァは先ほどとは違う真剣な眼差しを向ける。リコは口を一文字にして少し考えたあと、ゆっくり頷いた。
「…私、ちゃんと抑えられるようになりたいです!!お願いします、教えてください!!」
リコはまっすぐにミネルヴァを見つめた。
「…ふふ、ふはは!ラキ、お前こんなめんこい生物よく見つけたな?気に入った!!」
ミネルヴァはニコニコしながら両手でリコの顔を挟み、ぷにぷにと頬っぺたを押した。されるがままのリコ、そして横で今にも怒鳴って手を出しそうになっているロン。二人を見て、ミネルヴァはラキに微笑む。
「…ラキ、もう悲しい顔をしなくて済むな?」
ミネルヴァの意外な言葉にちょっと驚いたが、ラキは素直に受け入れることにした。
「…うん。ありがとう、ミネルヴァ。」
元いた位置に戻りミネルヴァが魔力について語り始める。




