.望まない力-7-
「夕食の準備が出来ました。ラキさん、ご一緒してもいいですか?」
パンの入ったカゴを持って、ニルーニャが玄関のところから顔を覗かせた。リコとラキが話をしていたのでロンが部屋に招き入れる。そのあとラキから了承を得てニルーニャは次から次へと料理を運んできた。パンにサラダに煮物にスープ等々、暖炉のある部屋に大きなテーブルを持ち込み、溢れんばかりの料理で埋め尽くされていく。マシューともう一人、ニルーニャと一緒にいた男、デンも手伝って、豪華な食事会が開かれた。
「うわっ…うまそー!」
量もそうだが見た目がきれいな料理にロンは目を輝かせた。
「わっ、嬉しい!どんどん食べてくださいね、ロンさん!」
ニルーニャは顔を赤らめにっこり微笑んだ。そしてマシューが飲み物の入った木のカップを上に上げる。
「では、ラキさん、そしてロンさん、リコさんとの再会と出会いを感謝して、カンパーイ。」
その一言で一斉に皆は食事を始めた。見た目通り、味は格別で素材の味が引き立っている。最初はラキとロン、そしてなぜかデンが一気にペースを上げてバンバン口に入れていくので、他の三人は呆気にとられながら、急いで自分の食べる分を確保した。料理の減りは速く、二回ほどニルーニャとマシューが片付けては新しい料理を運んできた。
「んでさ、そこに俺の鉄拳がズドーンと!」
「スッゲー、それでそれで!?」
食事も大分落ち着いてきたころには、隣同士で座っていたロンとデンが料理の取り合いをしたのち仲良くなって意気投合していた。デンはニルーニャの弟で、小麦色の肌に黒い短髪、おでこがちょっと広い十三歳の少年だ。まるで兄弟のような二人に、今度はリコが嫉妬している。
「お兄ちゃんお行儀悪い。」
「あはは、リコちゃんはお兄さんが大好きなのね?ごめんね、弟がお兄さんをとっちゃって。」
ニルーニャがリコに笑いかけると、リコは顔を真っ赤にさせてブンブン首を振った。
「ちちちちち違います!違います!」
ニルーニャはデンと同じように小麦色の肌に黒い髪を背中まで伸ばし、前髪を分けてピンで止めている。笑い顔がとても可愛らしい女性だった。皆の様子を見ながら、ラキは無言で食事を続けていた。
「楽しそうですね、ラキさん。」
名前を呼ばれて声のする方へ顔を向けると、マシューがニコニコと笑顔でラキを見ていた。
「ええ、よかったです。皆楽しそうで。」
「え?ああ、違いますよ。ラキさんが、ですよ。」
「…僕ですか?」
ラキは食事する手を止めてマシューをジッと見た。
「そんな顔してました?」
「いえ、顔というより目、雰囲気ですね。今までラキさんがこの村で過ごされたどの時間よりも、温かく、柔らかい雰囲気がします。」
マシューが微笑むと、ラキはロンやリコが楽しそうにしている姿を見て、自然に笑みがこぼれた。
「…そうかも…しれないですね。」
食事会が終わったあと、後片付けを皆で手伝った。外はすっかり晴れていて、雲の間から満天の星空が見えている。標高が高いからか、いつもより空気が澄んでいて、星も手に届きそうなくらい近く見えた。食事していた家の向かいの家はニルーニャたちの家だった。食器を運んだあと、ニルーニャと手伝いを買って出たリコにあとを任せて、四人は先ほどの家に戻った。
「ここは客人用に空けている家なので、好きに使ってください。足りないものがありましたら持ってきますよ。」
マシューが言うとロンがお礼を言った。
「ああ、すんません。お世話になります。こんな一軒家まるごと借りちゃうんっすから、大丈夫っす。」
「何でも言ってくれていいからな、ロンにい!」
すっかりデンになつかれたようだ。ロンはデンの頭をぐしゃぐしゃ回してやった。
「やーめーろー~!」
「あはは、すっかり仲良しですね。」
マシューが二人を見て笑ったあと、ラキの元にやって来た。すでにテーブルは片付け、暖炉の前には椅子が四つ置かれているだけだった。そのうちの一つに座っていたラキの向かいに座り、マシューはまっすぐラキを見つめた。
「…あなたが今日この村に来たのは、目的を果たされたからですね?」
炎からマシューに視線を移したラキは、静かに笑みを浮かべた。
「…はい。ようやく仇を打てました。」
二人の会話に気づいてロンとデンもじゃれあうのを止め静かに椅子に座る。
「…そうですか、ついに。お疲れ様でした、ラキさん。」
マシューは目を閉じて祈るように両手を胸の前で組んだ。
「…ありがとうございます。」
静かな沈黙が流れる。
「…マシューさんは、勇者様をご存知なんすか?」
暫くしてロンが沈黙を破って少しためらいながら質問した。
「ああ、ラキさんから話は聞いていないんですか?この村に来たことがあるんですよ?ラクトさんは。」
すると、ロンの眉間にシワがより、口をヒクッと動かしたのを見て、ラキはサッと視線を反らした。
「―――――おっ前…!!またか!?また説明不足か!?お約束か!?がぁあ―――――――――!!」
いきなりロンがキレたので、隣にいたデンはビクッと跳び跳ねた。マシューは動じずにニコニコしている。
「き、聞かれなかったから。」
明らかにしまったという態度をとるラキに、ロンは半分怒り、半分呆れて唸りながら椅子に座った。
「どぉーして聞かれないと答えないんだって俺何度も言ったよな?言ったよな?言ってなかったけ?ああそしたら俺が悪いのかいや違うだろうがあぁー!?」
イライラしながらロンは見事な早口で文句を言いまくった。ラキは無言で顔を反らし続けている。
「あはは、こんなラキさんを見たのは初めてです。」
マシューは笑ってロンに視線を向けた。
「いい友人に出会えましたね。ロンさん、ラキさんとこれからも仲良くしてあげてください。」
そう言われてロンは一瞬変な顔をしたが、マシューもデンも照れ隠しだろうとわかる。
「――――…こいつ次第っす。」
そう言って今度はロンが顔を反らした。
「ロンにい照れてるぅ?」
「デン!てめぇー!」
また二人がからかい合っているのを見て、ラキもマシューも笑った。
そのあとリコとニルーニャが片付けを終えてやって来たので、マシューたちは自分たちの家に帰ることとなった。
「ラキさん、明日は村長のところに挨拶をお願いします。」
「わかりました。あ、マシューさん…。」
ラキは玄関を出ようとするマシューを引き留め、何かを囁いた。
「…わかりました。伝えておきます。」
そして扉は閉められ、この家にはラキたち三人だけになった。
「…美味しかったね、料理。いい村でしょ?」
三人はそれぞれ椅子に座っていて、暖炉の炎がゆらゆら揺れるのを見ていた。リコは若干眠そうにうとうとしている。
「はぁい。すごく美味しかったです。…ニルーニャさんたちも、すごく優しいし…。」
「眠いなら先に寝てていいぞ?」
「ええー?まだ…大丈夫だもん。」
プクーッと頬を膨らませているが、目は眠そうだ。
「明日は村長さんのところに挨拶にいかなきゃいけないから、二人とも少し早く起きてね。着替えとか、色々あるから。」
ラキの話を聞いていて、ロンはまた苦い顔をした。
「色々ってなんだよ、説明不足が。」
ロンが椅子から乗り出すように言うと、ラキは無表情のまま口だけを捻らせた。といっても眼鏡をしているので鼻と口ぐらいしか見えていないのだが。
「…よく言うよ。自分だって簡単に人間を信用しないとか言ってなかった?デンとはずいぶん早く仲良くなってたね?僕のこと今の今まで疑ったり嫉妬したりしたくせに。」
ここぞとばかりのラキの反撃にロンはあんぐりと口を開いて真っ赤になっていた。
「…嫉妬?お兄ちゃんが、ラキさんに?」
目覚めるまでのラキとロンの会話を聞いていないリコは、きょとんとした顔をロンに向ける。
「んなっ!?で、デンはあいつは年下だし、あ、アホっぽいし!?」
「へー。そんなこと言ってたって聞いたらデン泣くよねー、かわいそうだなー?」
無表情のまま攻撃してくるラキの言葉にロンは口元をひくつかせている。相変わらず顔は赤い。
「―――――――っまえ!?」
「ぷっ。」
「!?」
突然笑いだしたのはリコだった。二人は目をぱちくりさせてリコを見たが、それが余計におかしかったらしく、リコはさらに大きな声で笑う。
「あはっ、あははははは!お、お兄ちゃん真っ赤…ラキちゃん口っ、くち変ですぅ――――!!あはは…!」
「ああ゛!?おいリコ!?」
「リコ、大丈夫…?」
二人は異常なまでの笑いに逆に心配になって、リコの方に視線を向けてジッと見ている。ようやくリコが落ち着いてきたとき、ニッコリと満面の笑みを二人に向けた。
「はあっ…ふふ、嬉しいな。私、二人が仲良くなってくれて…本当に嬉しい!!」
大笑いしたせいだろうか、リコの目には小さな涙が溜まっていた。
「「…仲良く?どこが?」」
ラキとロンが同時に同じ言葉を発して、お互いに顔を見合わせた。それぞれが変な表情をしていて、思わず二人は吹き出して笑い合う。そんな様子を見て、リコは涙を流して、笑った。
備え付けの水風呂で身体を洗い流し、三人はまた暖炉の前で暖まっていた。
「やっぱり身体洗うとすっきりするね。そして暖炉暖かいー。」
水風呂に入って眠気が覚めたリコは、暖炉のすぐそばで炎を見ていた。
「リコ、ちょっと話があるんだ。椅子に座ってくれないかな?ロンも。」
「なんだ?ようやく説明する気になったか!」
「ハイハイ、説明するから座りなよ。」
二人の会話を聞きながら、リコはクスクス笑っている。




