.望まない力-6-
「…お前は、見て―――――どう思った?」
ロンは静かに、だが強く、ラキの目を見つめるように体を前屈みにさせた。ラキの眼鏡に炎が映るように、ロンの瞳の中も赤い揺らめきが見える。
「…僕は、ずっと君たちに何か秘密があることはわかってた。聞かなかったのは、特に気にはしなかったから。君たちの過去に干渉する権利は僕にないし、知ったところで何かをする気はなかった。」
淡々と答えるラキを、ロンは黙ったまま聞いている。
「ただ、一緒に行動することでわかったこともある。一つは君たちが本当の兄妹ではないってこと。一つはロン、君が警戒しているのは人間だということだ。」
「…。」
「似てない兄妹なんていくらでもいるけど、君たちの場合はロンがリコを守ることに異様なまで固執していることに、僕は違和感を感じた。君の目は、兄が妹を守るというんじゃなくて、守らなきゃいけない義務みたいにリコを見ていたように思えたんだ。確信はない、だからカマをかけた…ごめんね。」
眼鏡に炎が映っているせいでいつもよりラキの目が見えにくい、が、ロンはラキが嘘はついていないと感じていた。
「だけど、守るっていうのは決してすべてからではないことも気づいた。」
ロンの眉がピクッと動いたので、ラキは少し訂正した。
「いや、というよりムラがあるって言った方が正しいかな。君は最初会ったとき、リコを置いて宿の手配をしていたね?それにさっきの魔物との闘いでも、リコはある程度逃げれるから大丈夫だって言って離れていた。」
ロンは話を聞きながら眉間にシワを寄せた。
「だけど、それ以外はずっとリコを守ることに徹していた。リコが会う人一人一人警戒して、疑って、試して。リコが大丈夫って言っても、自分が認めない限り君は警戒を解かない。君がリコを守るのは、確かに魔物とか身体的に傷つける危険からっていうのもあるけど…一番恐れているのは――――人間。」
静かに響くラキの声が、ロンの背中に重くのし掛かる。ロンはラキから視線を反らし、下を向いた。
「…あの光は魔力だね。それもかなりの量だった。リコは…『魔人』だったんだね。」
ロンは合わせた両手で拳を作り、強く握る。
「これで合点がいった。君がリコを守っていたのは、リコの魔力に目をつける人間からだったんだね。僕の母が利用されていたように…だから父さんのことをあんなに慕っていたんだ?父さんは確かに人間と魔人の関係を善くするよう努めていたからね…。」
「―――――…そうだよ。」
ロンは重く閉ざしていた口を開いた。
「俺だって人間を疑ってばっかっていうのは嫌さ。だけど…俺はリコを守らなきゃいけない、リコがまた辛そうに泣くのを見たくない、俺しかリコを守ってやれないんだ―――――…!」
歯を食い縛りながら、ロンは片手の拳をパンッと叩いた。
「人間はいつでも裏切る…自分の立場が危うくなれば、味方だったとしてもコロリと態度を変えやがる!信用なんてするもんじゃない、信じられるのは自分だけさ…!」
ふるふると肩を震わせ、声を圧し殺しながらロンは言葉を続けた。
「誰も信じるものか!!誰もが敵だ―――――…って、思ってた…思わなきゃいけなかった…はずだった。………お前が現れるまで。」
「…僕?」
ラキは不思議そうに顔をしかめる。
「憎んでいた分、気づかなかったが、俺は魔人と人間の共存を望んでいた。裏切りも疑いもなく…どちらも笑顔で暮らせるような…そんな世界を望んでいた。だから色々な町を回って、探していたんだ。安心して暮らせる場所を…。」
暖炉の炎は激しさがなくなり、ゆっくりゆらゆらと暖かさを与えてくれる。ロンはそんな炎に目を向けた。
「勇者様を尊敬していたのだって…お前の言う通り、人間と魔人の間を変えようとしていたことを聞いたからだ。実際、勇者様の噂が広がって魔人の認識が変わっていった。わずかだが、魔人を受け入れてくれる人間も増えたって聞いた。ほとんど人づてだからアテにはなんないけど…それでも、そんな人間がいるんだっていうだけで希望が持てた。ゼロではないんだって…思えただけで嬉しかった。」
父親のことを聞きながら、ラキはジッとロンの話に耳を傾ける。
「…そんな勇者様の子供、しかも娘。んなやつが現れたってなったときは、本当どういった態度とればいいのか焦ったぜ。だけど見た目大したことなさそうだし、無表情だし、説明遅いし。」
グチグチ言い始めた言葉が痛い。ははっとラキは苦笑いするしかなかった。
「…だけど…リコが一番お前を信用していたからな。そりゃそうだ、お前は勇者様とウルキ様の娘で…魔人の子供ってことになるんだもんな…。よくよく考えれば、俺より立場が似ているし、気持ちも理解しやすいのかもしれない…。」
少し寂しげに言うロンの顔を、ラキは静かに見つめる。
「……―――多分、怖いのは俺なんだ。リコを守りたい、守らなきゃいけない、だけどあいつの気持ちを全部理解してやることはできない…そんな俺を、リコが必要としないんじゃないかって…。」
「…嫉妬してたの?僕に?」
話の途中で核心をつかれ、ロンはカアッと顔を赤らめた。炎の光のせいかもしれないが。
「――――――っおん前、さあ…!はあ――――…悪いかよ、そうだよ、醜い嫉妬ですよ。」
拗ねた。ラキはクスッと笑って天井を見上げた。
「僕は…うらやましい限りだけどなぁ。リコは幸せだと思うよ?何が君をそこまで追い立てるのかは知らないけど、自分のこと以上に想ってくれる人がいるなんて、こんなに心強いことはないさ。…人間も魔人も自分以外の気持ちを全部理解するなんてできない。そういった魔力でもない限り、ね。――――君たちは僕が見る限り、本当の兄妹以上の絆を持った仲のいい兄妹に見えるよ。」
「…ラキ…。」
優しく微笑むラキに向かってロンが顔を上げたときだった。
「…――――ちゃん…?」
「リコ―――…!」
ガタッとロンが立ち上がった。ラキもリコのいる部屋の方へ視線を向ける。すると、リコの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「――――…っお、お兄ちゃあぁん…………っヤダッ…一人やだぁ…!………ラキちゃあぁん…!」
「…リコ…。」
ロンはぐっと拳を握ったあと、椅子に座り直した。
「ロン?…リコが呼んでるよ?」
すると寂しげに笑ったロンはそっぽを向いて口を尖らせた。
「お前のことも呼んでんだろ。嫉妬深い兄ちゃんがいかないうちにいかないうちに、早くいけよ。」
「…ははっ、わかった。まったくリコも大変だね。」
そう言ってラキが歩き始めたとき、ロンは最後の確認をした。
「お前は…これからどうする?」
ラキは扉のノブに手をかけてロンの方に振り返った。
「僕は帰るんだよ、師匠のところに。――――リコとロンと一緒にね。」
ラキは扉を開けて入っていった。
「…ああ―――――勇者様の血はやっぱすげぇ…。」
両手で顔を覆いながら、ロンは笑った。その手は少しだけ、温かいもので濡れていた。




