.望まない力-3-
「…わりぃな。」
リコの頭を撫でながらロンが礼を言うと、ラキはリコから外に視線を移した。
「…。ううん、やっぱりリコのこと考えたら迂回した方がよかったよね。ごめん。」
「はっ。今さらおせえよ。…ま、相談されても多分山道選んでたとは思うけどな。どっちにしろ、だ。」
ロンも笑って外を見た。雨は音を立てて地面に落ち、小さな流れを作って坂を下っていく。木々は濡れて艶やかに光り、雨音のみが洞穴の中に響いていた。
「…昨日さ、聞いちゃったんだ、リコに。君たちは本当の兄妹じゃないだろう、って。」
「―――…そうか。」
目を見開き驚きはしたものの、ロンは怒るわけでもなく、外を見つめたまま静かにラキの話を聞いている。
「いつか話すから、今は聞かないでって言われた…。」
「………そうか。」
体育座りをして腕を膝の上で組んでいるラキは、目を閉じてゆっくり開けた。
「余計なことだよね、ちょっと後悔してるんだ。」
「…ちょっとかよ。朝、様子がおかしかったのはそのためか。リコを悩ませたんだ、大いに後悔しろ。」
ロンが意地悪そうに言うので、ラキはクスッと笑って頷いた。
「……正直、リコがここまでなつくのは俺以外初めてなんだ。リコが…―――話したくなったときに、聞いてやってくれ。俺はそれしか言えねえからな。」
静かさのせいだろうか?いつもより素直なロンの言葉が、ラキの中にすうっと入ってくる。ロンは本当にリコのことを想っている、それはラキにも伝わってきた。
ふと、ある顔が浮かんでくる。ベッドに横たわり、静かに優しく微笑むあの笑顔が。ラキは目頭が熱くなり、顔を伏せることでそれを隠した。
「――――…ハアッ…!」
しばらくしてリコが突然呼吸を乱し始めた。
「――――リコ!?」
うたた寝していたロンはハッと目を覚まし、うなされているリコの肩を揺すった。
「リコ!?おい、しっかりしろリコ!!」
「ッハ…ハアッ…アァア゛ー…。」
唸り声をあげ、冷や汗をだらだらと流し、苦しそうに喘ぐリコの姿に、ロンは取り乱していた。
「…熱は…ないみたいだけど…?」
ラキがリコの額に手を当てるがそんなに熱くはない、熱が出ているわけではないようだ。しかしリコは苦しそうにロンの服を掴み、体を震わせている。
「なんだ?リコ…!」
原因がわからずラキは何かないかと鞄を漁って考えていると…。
一瞬、リコの目がしっかりと開いて動きが止まった。
「あっ―――――…。」
動いたかと思うと、リコはゆっくり目を閉じてすぐにまた瞼を開いた。そして、リコの髪の毛がうっすらと光り始める。
「…――――――――っダメ!!」
突然リコが叫んでラキを手で押した。
「見ないで…ラキちゃんっ、お願いっ!!」
呼吸を乱しながら、リコは頭を押さえた。ラキは訳がわからず目を点にしていると、ロンがリコを隠すようにラキの前に立ち塞がる。
「っおい!!聞こえたろ、見るんじゃねぇ!!」
リコを庇いながらロンはラキに向かって怒鳴りつけた。ロンの向こうでは光りの強さが増していく。
「な、リコ!?」
ラキが立ち上がろうとすると、リコが悲鳴に似た声でラキに言った。
「イヤ―――――!!お願い、見ないで!!ヤダヤダヤダ…見ないで――――――――!!」
「リコ!!しっかりしろ!!リコ!!」
ロンは必死でリコを押さえていたが、リコは兄の手を振りほどいて洞穴から出ていってしまった。ラキは走り去るリコの姿に目を疑った。リコが押さえている髪の色は淡い緑色の光りを煌々と放ち、眩しさでラキは目を細める。
「リコ―――――!!」
ロンがリコを追いかけて雨の中に飛び出した。ラキも一瞬遅れて外に出るが、雨が強さが増していて視界が悪い。
「っ…リコ―――――!?ロン―――!!」
二人の向かった方向に急いで向かうと、森の真ん中でロンの踞る姿が目に入った。
「リ…!」
「来るな!!来んじゃねぇ!!」
ラキに気づいたロンが叫んでいるが、ラキは一歩足を進めた。すると、ロンの中で震えているリコの姿が見える。
「リコ!?どうしたのさ!?」
「っお願いです!!見ないでください!!もう…ラキ―――――!!」
必死でリコが訴えている、そのとき、リコの声は途絶えてしまった。
「…リコ?」
「ダメだリコ!?ラキ、頼むからリコの言う通りにしてくれ!!頼む―――――!!」
ロンの泣きそうな顔を初めて見た。雨のせいで本当に涙かはわからないが、二人の気迫が異常なことをラキは肌で感じていた。
「――――…っ!!」
二人の元に駆け寄るのを抑えて、ラキが一歩下がろうとした。
「…お兄、ちゃん…!」
リコがロンを呼んだ瞬間、リコたちの周りが光りで包まれた。そして強い風が吹き荒れ、ラキは体勢を崩さないよう足に力を入れる。
「リコ!?ロン――――!!」
ラキが二人の姿を探して光の中に目を凝らす。そして最初にロンの影を見つけて、横にいるはずのリコの方へ視線を向けると…。
ひとつに結んでいたはずの髪留めは外れ、宙に浮くように緑色に輝く髪がなびいている。リコは膝をついて上体を反らし、空を見上げていた。異様な光景に、ラキは立ち尽くすしかない。ロンはリコの横で動けなくなっているようだった。
光を纏ったリコは、空を仰ぐような体勢のまま、静かに口を開いた。
「……――――東に向かいし一行に見えるは影、散らばる獣はやがて鋭い牙を立て、黒の勇者は己に流れるものの温かさを知る…片翼をもがれた鷹は知らない、知っているのは…真実を握った者だけ…真実は…安らぎの先―――――…。」
次第に光は小さくなり、リコの髪も元の色に戻っていった。
「――――っリコ…!」
気を失ったリコはそのまま後ろに倒れ込んだところを、ロンは優しく受け止め、ギュッとリコを抱き締めた。
光に包まれた間止んでいた雨は、またロンたちに降り注ぎ始め、ラキは二人を見つめて立っていた。頭の中に雨音が響く。雨は強さを弱めることなく、三人を濡らしていた。
頬から、眼鏡の下から流れる雨の中に涙が混ざっていたことを、ラキ自身も気づいていない。まるで雨以外の時間が止まったように、三人はそのまま動くことが出来なかった。




