。変化-6-
「…さて、本当にもう花は盗まないって誓うんだな!?」
セレンが物凄い形相で男二人を睨み付けている。両手を後ろで縛られた男たちはムスッと口を尖らせた。
「もう、そうだって言ってるでしょ!?放してよ!」
「あんなボーヤに恐がってたことを知られたら、もう仕事がどうこうって言ってられないわ。商売あがったり、信用ガタ落ちね。」
二人を地面に座らせて、その前にセレンは仁王立ちしているその構図は普通ではない。セインは笑いながらお盆に乗せたお茶をテーブルに置いた。
「そろそろ縄ほどいてあげなよ。お茶も入ったし、お二人とも喉渇いたでしょう?」
「セーイーンー!?あんたは何言っちゃってんの!?こいつらはあたしらをぼこぼこにしてくれたのよ!?許せないでしょ!?ってか悠長にお茶淹れてんじゃないわよ――――――!!」
「姉ちゃん元気じゃん。それに今はその逆でしょ?その許せないことを姉ちゃんもするつもり?それって変わらなくない?」
「っ!―――――んふぅー!!」
セレンはセインの正論に頬を膨らませて地団駄を踏むと、でっかいため息を吐いて男たちをまた睨み付けた。
「―――――変なことしたら今度こそぶっ殺す!!」
セインは二人の縄を切って解放してくれた。
「ありがと。優しいのね、タイプよあなた♪」
「おっかないお姉さんを持って大変ね、お察しするわぁ。」
縛られた腕を擦りながら男達がセインにウインクすると、セインは笑ってテーブルに二人を案内した。
「っなんですってえ―――――!?」
セレンは一人怒りを露にする。
「ほら姉ちゃんの分もあるから。こんな気持ちのいい天気なんだから、怒らない怒らない。」
宥められたセレンはぶすっとした顔で椅子に座った。青空の下、四人は外のテーブルを囲んでいる。先程の件があったのに、妙なものだ。お茶をすすりながらアーニーはセレンたちの家を見上げた。
「ボーヤ…大丈夫かしら?」
ラクトが我に返ったあと、シャーロットが男たちを縛り上げ、ウルキがラクトにそれまでの状況を説明した。
「―――と、言うわけなんだけど…本当に覚えてないの?」
ウルキは手を握ったままラクトの顔色を伺った。ラクトはポカーンとした表情だが、顔は青ざめていた。
「うわ…俺…そんなことしちゃったんだ…。」
ボソッと呟くと、ウルキに手を放してもらって男たちの元に近づいた。
「なっ…何!?もう抵抗しないわよ!?」
「こっ、これ以上何かするって言うなら―――――!?」
怯える二人に向かって、ラクトはおもいっきり頭を下げた。
「ごめんなさい!!」
「「―――――――…へ?」」
ラクトが謝ると、二人は不意をつかれ固まってしまった。
「ら、ラクト君…?」
近くで見ていたセレンたちも、同様に驚いた顔をしている。
「―――――す、すみませんでした…まさか俺…そんなことするとは思わなくて…ってしちゃったんですけど――――…えーと…。」
よくわからないことを言っているラクトに、皆は顔をしかめている。
「はっきり説明しろ!」
シャーロットが喝をいれるとラクトは背筋をピーンッとした。
「っはい!?――――…と、実は、お恥ずかしい話なんですが、俺、キレると我を忘れるらしくて…その間の記憶も曖昧にしか思い出せないんです。」
あははと苦笑いしながらラクトが言うと、シャーロットが突っ込んだ。
「らしいって…これまでも何度かあったのか?どうして言わなかった?」
「えっと…村にいるころ…三回くらい。村人に聞いても手がつけられない暴れ方したらしいんですが、皆詳しくは教えてくれませんでした。なんでかな…?」
あの暴れ方はどう言っていいのかわからないだろうな、とラクト以外の全員が心の中で思った。
「で、言わなかったのは忘れてたというか…最後になったのが三年くらい前なので…もうならないかなーって思ってたんですけど…?」
ラクトがチラッとシャーロットを見ると、シャーロットはしかめっ面のままラクトを睨み付けている。
「!?」
ラクトが冷や汗をかいていると、シャーロットは大きく長いため息を吐ききるように出した。
「はああああぁ――――――――――…。なるほどね?」
そう言ったシャーロットの眼差しはまるで狙いを定めた鷹のように鋭く、ラクトを含め、その場に居合わせた全員が凍りつくような空気に包まれた。
「…話がある。セイン、セレン、ちょっと場所を貸してくれないか?」
ということがあり、ラクトたちはセインたちの家の中で話し合いをすることになり、セインたちは外で待機、という形になったのだった。で、現在に至る。
「あの女…ただ者じゃないわよ。」
ホロンがボソリと呟くと、アーニーも静かに頷いた。
「ボーヤのキレ方も恐かったけど…あれは恐いとかじゃないわね、恐ろしさがハンパないわ。―――…だからこそ、ちょっとボーヤが心配よ。どうしてあんな怪物みたいな女と一緒に行動してるのかしら?」
ううーんと二人が悩んでいると、向かいに座っていた姉弟は顔を見合わせた。
「…あんなに恐がってたのに、ラクト君を心配するのね?」
セレンは疑問に思ったことをストレートに聞いてみた。すると男たちは、ハタッと驚いたような顔をする。
「…そういえばそうね。確かにそうだわ。何故かしら、あれだけ痛い思いをさせられたら、いつもだったら恨みまくってるのに。ね、アーニー?」
「そうねぇ。…でも、あのきょとんとした顔…ふふ。なんだかおかしかったわね。あれだけ冷たい目をしておきながら、覚えてないとか…ひどいにもほどがあるわ。」
そう言いながら、アーニーはクスクス笑っている。
「ぷっ…確かにあの顔は忘れられないわね。顔を真っ赤にしたり青くしたり、忙しそうだったわ。あはははは!」
「―――――…でも、あれが本当のボーヤなんでしょうね。闘った相手にあんなに謝られるなんて、初めてよ?…だからかしらね、憎めないのよ。」
清々しいくらいの微笑みをする二人を見て、セインは一つ質問してみた。
「…あの、お仕事が失敗になると…お二人はどうなるんですか?」
セインの質問に男たちは顔を見合わせ、苦笑しながら言った。
「そうねぇ、当分は休業かしら?仕事も減るだろうし…もうプライドとか言ってた自分が恥ずかしいわ。」
「この仕事を引き受けたのが運の尽きだったのよ。ボーヤが言った通り、間違ってたのは私たちなんだから。花の油が美容にいいからってホイホイ引き受けた時点で決まっていた運命なのよ。…あなたたちには随分迷惑をかけたわね。謝るわ、ごめんなさい。」
二人の素直な謝罪に、セインもセレンも許すしかなくなり、セインはニコニコしながら言った。
「花を守るのが僕たちの仕事です。いつものことですから、僕は気にしませんよ。」
「「セインちゃん…。」」
「あたしは許さん。」
セレンはムスッとした顔で二人を睨んだ。シュンと悲しそうな二人の顔を見つめていると、セレンは次第に肩を震わせて笑い始めた。
「っぷ、あはははは!でっかい図体で情けない面すんなよ!んな筋肉ムッキムキのくせに!!」
「んまっ!?何よ、反省してるのに!!」
「失礼な女ね!ほんとにもう――――!!」
二人がプンプン怒りだすとセレンは笑い過ぎて最後には咳き込んでしまった。
「んげほっ!ゴホッ…は、はは!―――――はあ…、久しぶりに笑った笑った。もう、あんたらツボすぎ。」
ニカッと笑うセレンの笑顔を見て、男たちは一瞬ドキッとときめく。
「ふ、ふんっ!」
「もう誤ってあげないわよ!?」
するとセレンは両肘をついて手を頬に当てて二人を見た。
「いいよ、あたしは許さないって言ったじゃん。だからあんたらもこれ以上謝る必要はないわ。その代わり、ここで働きなさいよ。」
「「へ?」」
あっさり言うセレンを見つめて、男二人はポカーンと口を開けている。
「姉ちゃん…。」
「何よ、あたしだって楽したいの。こんなに暴れてたらいつまでもたってもお嫁にいけないわ。それに今は花泥棒も増えてきて、あたしたちだけじゃ守りきれないもの。そこにこんなムキムキな男が二人もいたら、泥棒だって慌てて逃げていくわよ。」
セレンは男たちの目を見つめて言った。
「お金は払うし、花の油も好きなだけ使える。どう?休業するよりいいんじゃない?」
すると男たちは顔を見合わせて立ち上がり、いきなりセレンを持ち上げた。
「はっ!?何よちょっと!?」
「あんた素敵よ!男の中の漢だわ!!」
「セイン、セレン、乗ったわその話!よろしくね!!」
二人は嬉しそうにセレンを肩に乗せて笑っている。セインはぱちぱち拍手しながらにっこりしていて、セレンは騒ぎながらも楽しそうだった。




