.黒髪の勇者-3-
「当たりだ。やっぱりね。まさかまさかの敵討ち?フフッ人間て面白いね。たった一人死んだだけなのに?ねぇ、ラキ?」
「――――――…止めろ。」
「何言ってるのかわからないし、俺に命令しちゃだめだろ?ラキ、いけないよ?」
「っ…止めろって言ってるだろ!?」
握っていた剣がカタカタと震えている。どうやら怒りで力が入り過ぎているらしい。黒髪と眼鏡の間の眉間には深いシワができていて、唇を噛んでいる。息も荒くなってきた。
「止めないよ。ラキが俺に…食べられるまで。―――――――――ほら、死んで一緒になろう?大好きだよ、ラキ。」
その言葉と同時に、魔物はラキと呼ぶ人間に向けて鋭く尖らせた足を突き出した。一方、今にも殺されかけているというのに、ラキは素早い攻撃に動じることもなく、俯きながら言った。
「……………その声で…。」
ラキは寸でのところで剣を使って方向をそらして勢いよく体を回し蹴りをいれた。意外にも蹴りが重く、魔物の足は地面に叩きつけられる。
「―――――――!?」
魔物も少女もあまりの速さでの反撃に声も出ない。すると叩きつけた足にラキは剣を思い切り突き刺した。
「っ!ギアアアアアアアアァ!?」
緑色の飛沫が噴き上がる中、怒りの剣幕を魔物に向けてラキは叫ぶ。
「…っ父さんの声で…僕を語るな――――――!!」
「クソがああぁ!」
魔物はギョロリと目玉を動かしてラキを睨んだ。ラキは剣を抜き、魔物の足をつたって頭めがけて勢いよく走り出す。
「来るなクルナおちろオチロ落ちろ――――――!」
魔物はラキを振り落とそうと、必死に体をうねらせ水中から足を使って攻撃してきた。ラキは素早い身のこなしで魔物の攻撃をかわして、確実に突き進んでいく。
「来るんじゃネエエエェ!」
躍起になって攻撃を繰り返すことで水飛沫が散らばり、ついにラキは足を滑らせ体勢を崩してしまった。
「アハッ!終わりだぁ――――!」
ここぞとばかりに魔物は尖らせた足をラキに向かって振り落とす。
「っあぶない―――――!」
見守っていた少女も思わず叫んで目を瞑ってしまった。
「お前が終わりだよ。」
そう言うとラキは素早く眼鏡を外した。そこから現れたのは、深い深い森のような緑色の瞳だった。
「―――――――!?」
魔物がラキの瞳を見た瞬間、急に動きが止まり動かなくなった。攻撃した足も、あと数十センチというところで止まっている。するとその間に、ラキは魔物の頭めがけて勢いよく飛び上がった。
「―――――――ッガ…!」
魔物は動かない体を必死に動かそうとするが、金縛りにあったように言うことをきかない。ラキの姿はしっかりと見えているのに。
ブシュウウウウゥッッ!
魔物の頭に足を着けると同時に、ラキは真っ直ぐに立てた剣をザクッと突き刺し、そのまま横に振り斬った。するとそこから魔物の緑色の体液が一気に溢れ、噴き上がる。
「ッああアあ゛ああアああああ゛ぁ――――!?」
激しい痛みが魔物を襲った、と同時にようやく魔物は体を動かせるようになった。頭をブンブン振り回しラキから離れようとするも、ギラッと眼を光らせてラキはまた剣を振り下ろした。
「さようなら。あの世で食べた人たちに必死で謝ってください。」
ブシャッ―――――…。
剣は魔物の目と目の間に突き刺さり、魔物は最後の声をあげることもなく、黄色く光る瞳を曇らせた。頭がゆっくり傾いていき、ラキは軽やかに飛び跳ねて地面に着地すると同時で、魔物は沼の水面に飛沫をあげながら沈んでいった。
あっという間の出来事だった。少女はポカンと口を開けたまま動けずにいた。
「…立てないの?」
ラキは眼鏡を掛け直し、その辺に放っていた荷物を拾い上げ、剣を鞘にしまった。そして少女の方に近づいて、片膝をついてしゃがんだ。
「…捻挫してるね。とりあえず薬を塗って固定するから動かないで。」
「ぅあ、あ…ありがとう…です。」
ラキは荷物から薬と包帯を取り出すと、慣れた手つきで少女の足をしっかりと固定した。
少女は何も言えず、されるままに治療を受けていた。あれほどの殺気を放っていたラキを恐いと感じたはずなのに、今は全然その気配がない。包帯を巻かれている間チラチラとラキを見ていたが、黙々と作業するラキに何も聞くことが出来なかった。
「…とりあえず人のいるところまで戻ろう。送る、乗って。」
治療を終えたラキはそう言うと、クルッと後ろ向きになって背中に乗るよう合図した。
「ふゃっ!?い、いいですよ!だだだ大丈夫ですです!」
突然のことで気が動転したのか、少女は真っ赤な顔を激しく左右に振った。が、ラキは無言で体勢を崩さず、ジッと少女を見つめている。その様子についに折れ、しぶしぶ少女はラキの背中に おぶさった。
「…――――あ、ありがとうございました。…助けていただいたうえに、運んでいただいて。」
ラキにおぶさりながら、少女はお礼の言葉を述べた。少女の小さな体はくるんと丸まってさらに小さく見える。そんな彼女を軽々と運びながら、ラキは前を向きながら言った。
「気にしなくていいよ。ついでだし。僕が追っていた魔物にたまたま君が追われていた。それだけ。………なんてのは嘘なんだけど。」
はたっと少女は目をまん丸にして言葉を疑った。
「――嘘?」
「…うん。僕、君が湖で魔物の罠に掛かりそうだったときから見てたんだ。あの魔物の情報を聞いてて見張ってて…ただちょうど昼飯食べようとしてたときだったから気づくのが遅れた。しかも湖の対岸で大分離れてたし。…でもすぐに助けに入ろうとはしなかった。」
「…。」
「――――待ってたんだよ。君を追って魔物が逃げられない場所まで行くのを。湖だと水中を泳いで逃げられるかも知れなかった。だからさっきの小さな沼で君を追い詰め魔物が油断したときまで、僕は手を出さなかった。…君が必死で逃げているのを知りながら。」
「…――――っすごく、怖かったんですよ?いつ捕まって食べらちゃうかって …恐くて…こわくて。」
「―――――…うん、ごめん。」
ラキの背中からは少女のすすり泣く声が聞こえた。震える声を聞きながら、ボロボロになった体を背負い、ラキは黙々と森の中を進んだ。