。変化-2-
弟を怒鳴りつけて姉は勢いそのままジャンプした。そして高い位置で持っていた長い棒を構え、ラクトと青年の間に目掛けて地面に叩いた。
「――――ひぃ!?」
「ラクト!?」
シャーロットに引き寄せられ、ウルキはその場から少し離れたところで避難している。ラクトは目の前に現れた女性が何故攻撃してきたのかわからずに固まっていたが、ギラッと鋭い視線を感じて後ろに跳んだ。すると直後に姉はラクト目掛けて突き刺すように棒を突き出した。
「――――っわ!?」
思ったより棒が長かったために服をかすったが怪我をしないで済んだ。
「ッチ、やるな!」
ブンッと棒を回して構えた姉は、ラクトをまっすぐ睨み付けた。
「っちょ、ちょっと待ってください、俺は!」
「黙れ、問答無用だ!」
ゴンッ。
姉が棒を振り上げたとき、すぐ後ろにきていた弟に当たってしまった。
「っな、セイン!?」
「―――――ったああー………!」
青年は棒が当たった額を押さえてしゃがみ、ぼろぼろ涙を流した。
「わ、悪いっ、大丈夫か!?」
慌てて手から棒を放して弟の元へ駆け寄った姉、そしてその姿を見つめてラクトたちは呆然と立ち尽くしていた。
「ね゛…姉ちゃん…勘違いだよぉ…。この人たちは、いい人たちだよ…僕が、お茶に誘ったんだ…たあー…。」
「え゛!?」
弟の話聞いて姉はラクトたちの方にバッと振り向いた。きょとんとしているラクトや心配そうにしているウルキ、呆れ顔をしているシャーロットの顔を順々に見た。誰一人として無防備な自分に攻撃してこないのを見て、ようやく敵ではないことを理解したのだった。
「…か…勘違いでした。――――ごめんなさい!」
誤解が解けた三人は姉弟の家に招かれていた。庭にある椅子に座らされ、テーブルには温かいお茶が出されている。姉は三人の前で両手をテーブルについて深々頭を下げて謝った。
「も、もういいですよ!怪我もしなかったですし…というか弟さんの方が怪我しちゃったし…。」
ラクトは頭を上げるようお願いしながら言った。姉は顔を上げたが、申し訳なさそうな表情でラクトたちを見ている。弟と同じ栗色の髪を肩より少し長い位置まで伸ばしていて、たれた目がそっくりだ。だが髪質は姉の方がさらさらストレートで、両側のこめかみ辺りの髪を三つ編みにしている。
「姉弟そろって早とちりなのか?大したもんだな。」
シャーロットが意地悪そうにお茶を飲みながら言うと、姉はギュッと目をつぶった。
「な、何も言えないです…!すみません!」
「ちょっとシャーロット!」
横にいたウルキがシャーロットを睨んだ。シャーロットはツンとした態度でそっぽを向いた。
「たた…。まったくもってその通りなんですー。僕からも謝ります。すみませんでした。」
額に大きな絆創膏を貼った青年が玄関から出てきてぺっこり頭を下げた。
「もういいですから!二人とも謝らないでくださいっ!」
ラクトはあたふたしながら言うと、姉弟は並んで座って苦笑いした。
「いやあ、この時期になるとよく花泥棒が出るんでピリピリしてまして…。」
「あ、それで俺たちが花を盗らないか疑ってたんですね?」
「いやあお恥ずかしい。この辺りは地元民以外、旅人や盗人しか通らないので…ほら、皆馬車を使う人なんかはもう一本向こうの街道を使うんです。」
「だからって来る奴全員疑ってたらキリないだろ?」
「で、ですよねー。だから地元民にも結構怖がられたりとかしちゃってるんですよ。盗人追っ払ってるうちに、この辺りで一番強くなっちゃって…へへ。」
姉は頭をポリポリ掻きながら笑った。ラクトは先ほどの姉の鬼のような形相と殺気を思い出して、一瞬身震いする。
「でも本当に強いんですね!私びっくりしちゃった。」
「えーへへ、照れるなあ。」
どうやらウルキと姉は仲良くなれそうだ。
「あ、私はウルキ。こっちがラクト、こっちがシャーロットよ。」
「あたしはセレン、弟はセイン。よろしくね!あ、この間買った美味しい菓子があるんだ!持ってくるね。」
そう言うとセレンは嬉しそうに家の中に入っていった。
「おい、私らはすぐ行くって。」
シャーロットが止めようとしたがセレンの姿はもう見えない。
「あはは、すみませんー、せっかちなんです。それに久しぶりのお客さんだから姉も嬉しいんだと思います。最近、近くの花畑が荒らされたらしくて、ずっと警戒してたから余計に。」
「はあ…まったくしょうがないな。」
「シャーロット!…この辺りは皆あのお花を育ててるの?」
「はい、ここはあの花を育てるのに適した気候なんです。昔から代々畑を受け継いで大きくしてきたんですよ。うちは両親が早く亡くなってしまったんですが、同じ畑を持つもの同士で協力して何とかやってこれたんです。だから僕らはちょっとでも役に立てるように、畑の監視をしてるんです。」
「そうだったんですか。立派ですね、お二人とも。」
ラクトが尊敬の眼差しを送ったので、セインはちょっと照れたように笑った。
「そういえばあのお花って―――――。」
ウルキが質問しようとしたとき、家の中から大きな音を立てて、セレンが玄関から飛び出してきた。
「姉ちゃん!?」
「セイン、奴等だ!あとは頼んだ!」
そう言って壁に立て掛けていた棒を持ってセレンは走り去ってしまった。
「どうしたんですか!?もしかして花泥棒が――――!?」
ラクトが椅子から立ち上がると、セインは手を前に出して制止した。
「ううん、大丈夫大丈夫…姉ちゃんは強いから。あ、お菓子まだだね。待っててね。」
セインはそう言って玄関に向かったが、考え事をしていて壁にぶつかった。そして大丈夫と言いながら、ふらふらと中へ入っていった。
「…シャーロットさん…。」
ラクトは立ち上がったままシャーロットの方を見た。
「あいつらが大丈夫と言ってるんだ。私らが出ていっても余計なお節介だろ。」
シャーロットは腕を組んだ状態で前を向いている。ウルキはセレンの走っていった方向をジッと見つめていた。
「…わかってます。―――ただ…。」
シャーロットは前に顔を向けたまま、視線だけラクトの方へやった。
「昨日も言ったはずだ。自分のことができないやつが他人を助けることなんてできないって。」
殺気に近い重たい気を発してシャーロットは釘を打つとラクトもウルキも黙りこんでしまった。その時だ、家の中から今度はセインがすごい音を立てながら転がり出てきた。
「ったああ…!」
三人は驚いたが、ラクトがセインの元にすぐに駆け寄る。
「セインさん!?大丈夫ですか?」
「つつ…ハッ!す、すみません!僕ちょっと用事があったことを思い出しまして…―――――すみません!食器はそのままでいいですから!ちゃんとしたお詫びできなくてすみません!皆さん、お気をつけて、お元気で!」
そう言ってセインは転けそうになりながら、急いで走り去ってしまった。




