。変化-1-
白い部屋に朝陽が射し込み、中にいる二人の姿を霞ませている。
「助かりました。まさか貴方様のような御方が直々にお出でくださるとは…私たちは本当に幸せものです。」
男は片膝を地面につけ、深々と頭を下げながら言った。相手は椅子から立ち上がって男に近づくと、そっと彼の肩に手を置いた。
「いえいえ、当然のことをしたまで。それより長い間このような状況にさせてしまったことをお詫びしたい。申し訳ありません。」
男は顔を上げて首を左右に振った。
「そんなっ…恐れ多いお言葉です――――!」
男がさらに深々頭を下げると、相手は肩から手を放して背を向けた。
「安心しなさい、これかはら私がこの村の力になりましょう。ここは立派な我が領土、守るのは当たり前でしょう?」
「…ありがとうございます。」
そのとき、コンコンと扉を叩く音がした。扉を開き兵士が一人入ってきて、男の前に立つ人物に耳打ちをする。そして一礼し、兵士は扉を開け出ていった。
男は顔を伏せたまま、ドクドクと鼓動が速くなるのを感じた。鼻息も次第に荒くなる。
兵士が去ったあと、男に背を向けていた人物は振り返り、にこやかな笑みを浮かべた。
「…―――――さて、是非とも君と話 がしたい。…二人っきりで、ね?」
男の額から、一滴の汗が流れた。
朝陽が眩しく照らす中に、ラクトたちの姿があった。
「はー、今日も暑いな。」
右手で影をつくりシャーロットは空を見上げた。荷物が軽くなったラクトの足取りは昨日より軽い。ウルキも黙々と歩き、三人がザックルナを出て二時間ほど経っていたが、すでに町の姿は見えなくなっていた。
「ラクト、荷物重くない?」
ウルキがラクトの背にあるリュックに目をやった。魔物の一部をすべて金に換金したため荷物は減ったが、その代わりに食料や衣類が増えたのでラクトのリュックはパンパンだった。
「いやぁ、昨日よりは全然平気だよ。リュックも一つで済んでるし、まだ余裕あるよ。」
ラクトはウルキにニカッと笑顔を見せると、ウルキもつられてフフッと笑った。
「シャーロットさん、海までってどのくらいかかりますか?」
ラクトは前を歩くシャーロットに質問した。
「ん?ああーそうだな。海が見えるところなら歩いて二、三日ってとこだな。そんなに見たいのか?」
「はいっ、俺ずっと憧れてたんですよー。家に色々本があったんですけど、その中に有名な人の航海日誌の本があって、一番好きだったんです!」
「航海日誌…?」
ウルキが首を傾げると、ラクトは楽しそうに説明した。
「船で海を旅することを航海っていうんだ。それで、船の運航状況なんかを詳しく書いた日誌を航海日誌っていうの。その日の天気だったり、波の高さや風の強さ、どこを通って、何を見たのか、いろんな情報が詰まってるんだよ!」
「へえー。…面白いの?」
ウルキは今度はシャーロットに質問した。
「そりゃ興味があればな。私は無事目的地に行ければどうでもいい。」
シャーロットが素っ気なく言うとラクトは興奮したように声をあげる。
「えー!?面白いですよー、カッコいいしロマンがあるじゃないですか!」
するとシャーロットはラクトの必死さに笑ってしまった。
「っふ、はっはっは!ロマンねぇー、そのへんは男なんだなラクト?あはは、ロマンって!」
「ちょっ、笑わないでくださいよ!」
二人が楽しそうに会話しているが、ウルキは話に入っていけない。そして一人疑問に思ったことを考えていた。
(ロマン…?ロマンって何かしら…町の名前?それとも…?)
そんな他愛ない話をしていると、辺り一面に花が咲いている場所にでた。淡い黄色で、一つ一つが小さくたくさんてっぺんについている。茎は細く長く伸びて、葉っぱはハートのような特徴的な形をしていた。
「うわあ、綺麗!見て見て、一面黄色一色よ!」
歩いてきた一本道がずーっと奥まで続いていて、それ以外は黄色しか見えない。航海日誌よりウルキは花の方がいいらしい。花の近くまで走って行った。
「あ、ウルキ!?」
「…花に負けたか、男のロマンは。」
ニヤニヤするシャーロットにからかわれ、ラクトは顔を赤らめ苦笑いした。
「何て言う花かしら?」
道の端から花を眺め、手を伸ばそうとしたときだ。
「あー!盗らないでくださぁい!」
遠くの方から声が聞こえた。一本道のずっと先から、一つの影が走ってくるのが見える。ウルキは立ち上がってきょとんとした顔で近づく影を見ていた。
「はあっ、はあっ…ふぁ…あの、この花は僕らの商売道具なんですぅ…っはあ、と、盗らないでくださいっ。」
息も絶え絶えに必死に訴えてきたのは、二十代後半の青年だった。ウルキ前まで走ってくると、膝に手をついてうつむきながら息を整えた。
「だ、大丈夫ですか?」
ウルキに追い付いたラクトは心配そうに彼を見つめた。
「は、はぁい…ぜえっ…はあ…なんとか…はあー…。」
ようやく呼吸が落ち着いてきて、青年は顔を上げてゆっくり体を伸ばした。ボサボサに伸びた栗色の柔らかな髪が風に煽られふわふわと揺れている。前髪は目の高さまであり、少したれた目の柔らかい優しそうな雰囲気の顔だった。
「商売道具ってことはこの花全部売り物なのか?」
ラクトの後ろからシャーロットが質問した。青年はぺっこりとうなずいて、へにゃっと困った顔をしてみせた。
「えへへ、そうなんですよー。知らない人はわからないですよねぇ?」
「看板とか立てればいいじゃないか。一本道なんだし。」
「いやぁ…一応立ててはいたんですけど、えと…あそこに?」
そう言って青年はシャーロットたちの後ろを指差した。振り返り指の先を追ってみると、花が咲いている隅っこに、確かに看板らしきものが立っている。が、目立つような大きさもなく、白地に茶色い文字が小さく書かれていて読みづらい。しかも半分花の中に埋もれてしまっていた。
「…看板の意味果たしてないだろ。」
シャーロットが呆れたように言うと。
「あはは…やっぱりそうですかぁー。」
青年は頭を掻きながら苦笑いした。
何なんだコイツと言いたげなシャーロットを見て、ラクトはあわてて話題を逸らした。
「あ、えっとすみませんでした!花を盗む気はないんです、ね、ウルキ。」
「ええ、ごめんなさい。あんまりにも綺麗だったから近くで見てみたくて。」
「あは、そうだったんですか。僕も勘違いしちゃってすみませんでした!えへへ、ありがとうございますー綺麗って言ってもらえると嬉しいです。」
青年のニコニコとした笑顔はラクトやウルキをも笑顔にさせた。和やかな雰囲気に今度はシャーロットだけついていけなかった。
「…ほら、先に進むぞ。」
シャーロットがすたすた歩き始めると、青年は一つ提案した。
「あ、疑ってしまったお詫びにお茶をごちそうしたいんですが、いかがですか?」
「えっ?いいんですか?」
「はい、ぜひぜひー!この先に僕の家があるんです。そこでよかったら。」
「嬉しいです!ねぇ、シャーロット?いいでしょ?ちょっとだけ休ませてもらいましょうよ?」
どうやら三人は意気投合したらしい。三人がかりでシャーロットの説得をした。
「…おい。航海日誌はいいのか、ラクト?」
シャーロットは足を止めて苦々しく問うと、ラクトは笑顔で答えた。
「海は逃げたりしませんよね?お願いします、シャーロットさん!」
どうやら完全にペースを崩されたようだ。シャーロットはため息を吐いて三人を見た。
「…少しだけお世話になりますが、よろしいですか?」
「はい!どうぞー!」
そして青年の後に続いて三人は一本道を進んでいった。
「見れば見るほど立派なお花畑ですね。一人で世話をされてるんですか?」
ウルキは花に見とれながら青年に質問した。
「ありがとうございますー。この畑は姉と一緒に作ってるんですよ。今が一番綺麗に花が咲く時期なんです。」
「二人でこの畑全部ですか?すごいですね、大変じゃないですか?」
ラクトが驚いていると青年は笑って顔をラクトの方へ向けた。
「確かに大変ではありますがこれが仕事ですから。それに姉は頼りになるんです。ちょっとおっかな――――うわあっ。」
話をしている途中で青年は足を引っかけて転んでしまった。
「うわわっ、だ、大丈夫ですか!?」
ラクトが手を伸ばそうとした――――そのときだ。
「こるぁ――――――!!うちの弟に何するんじゃ―――――――!?」
突然雄叫びのような声が聞こえてきて、シャーロット以外はキョロキョロと辺りを見回した。すると、道の先からものすごいスピードで向かってくる人影を見つけた。
「ね、姉ちゃん!?」
人影は青年の姉だった。
「セイン!退きなさい!!」




