.はぐれリコ-2-
すでに夕暮れ時になっていて、ラキたちはスタスタと宿への道を急いでいた。
「まあ治安は悪くないし、ここ数年は目立った事件はないって屋台の人が言ってたから大丈夫だよ。迷っても宿が入ってる七番の建物を目指せばいいんだから。ね、リコ?…――――――――リコ?」
いつもならすぐ返ってくる返事が聞こえず、ラキとロンは同時に後ろを振り返った。さっきまでラキとロンの後ろでキョロキョロと楽しそうにしていて、ラキが地図を見るために手を放して歩き始めたばかり、だったはず。
しかしそこにリコの姿は、ない。
「あれ?」
「…――――――リコぉ――――――!?」
ロンの声が壁に反響し、赤くなった空に響いた。キラキラ光る一番星だけが、静かに彼らを見下ろしていた。
「――――――――…まっ!?」
ラキとロンからはぐれてしまったリコは、自分の状況にショックを受けていた。あれだけラキたちが心配していたのに、見事期待に応えてしまったからだ。もちろん、悪い意味で。
「はあぁあ――――…!どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?」
リコはキョロキョロ地団駄をしながら一人必死に辺りを見回した。
ラキと手を放したあと、近くにいた散歩中の猫と出くわして、その可愛さについついじゃれあい、夢中になっていたらいつの間にか二人が先に進んでしまっていた。あわてて追いかけようとすると、そこに通りかかったご婦人たちの集団に遮られ、ついに姿を見失ってしまったのだった。
「な、なんてこと…!これじゃお兄ちゃんを叱ることもできない…にゃー…。」
道の真ん中で一人うなだれていると、後ろからものすごいスピードで何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
ガラララララッ!
「退け退け――――――!」
「!?へっ!?」
リコが振り返ると、リコめがけて向かってくる荷馬車がすごいスピードで近づいてくる。
「うきゃ―――――――――っ!?」
間一髪、リコは左にジャンプしてなんとか回避した。荷馬車との距離はわずか十センチ、すれすれだった。
「危ねぇだろうが!?気をつけろ――――――!!」
荷馬車は文句を吐き捨てながらスピードを緩めぬまま走り去っていった。が、勢いよくジャンプしたあとゴロゴロ転がっていたリコには文句を返す余裕がなかった。
「っ―――――――…たあい!」
ようやく止まって身体を起こすものの、路面に打ち付けて身体中痛みが走る。ラキの薬草のおかげで大分マシになっていた足首を庇い、着地のさい捻ったらしく、右手首が一番痛みを放っていた。
「んぅ―――――――もうっ!」
道の真ん中にいたのは悪いと思うものの、リコは荷馬車にかなり腹を立てた。
「ああー、大丈夫?」
そこへ一部始終を見ていた通りすがりの町の人間がリコの元に近づいてきた。
「あ、ふぁいっ。すみません。」
いきなり声をかけられ驚いたが、見たところ優しそうな男性で、手を差し伸べてくれたので痛くない左手を出して立たせてもらった。
「ひどいよねぇ、あいつらこの町でも荒くて有名な運び屋なんだよ。いつか事故るんじゃないかって皆ヒヤヒヤしてるんだ。」
起こしてくれた男の人は荷馬車の走り去った方を見て言った。
「そおなんですかー…いたた。」
「でも君も危ないよ?気をつけて歩くんだね。」
「はい…。」
リコは怒られてシュンッとなる。
「じゃあね。」
そう言って男はその場から立ち去ろうとした。
「あっ!すみません!七番の建物ってどこですか?」
「へっ!?あ、七番?ああ…七番ね。」
リコはハッと思い出し、ラキたちが向かったであろう場所を尋ねると、男性はリコに丁寧に道を教えてくれた。
「ありがとうございました!お兄さん!」
「うん、気をつけてね。じゃ。」
そうして歩いて行く男の後ろ姿をリコは見送る。
「親切な人に会えて良かったー。…うーん、まだ痛い、けどお兄ちゃんたちと早く合流しなくちゃ!」
リコは右手首を気にしながらクルッと後ろを振り返って進み始めた。教えてもらった道を頭の中で何度も思い返し、ぶつぶつしゃべりながら歩いていた。二百メートルほど歩いた、その時だ。また後ろから近づいてくる音がする。今度は道の端を歩いているし、聞こえるのは足音だ。リコはそのまま気にせず歩いていた。
「…のっ、………あの…。」
何やら後ろから呟く声が聞こえるが、ラキでも兄の声でもないので自分には関係ないと思い、リコは構わず歩いていた。すると、いきなり背中の服を引っ張られる感覚がした。
「っ?ふぇ?」
振り向くと、そこには紺色のマントで深くフードを被った見知らない女の人が、リコの服を掴みながら立っていた。
「――――…あ、の…ごめんなさい…ちょっと、いいですか…?」
「へっ!?あ、…えーと、はい?」
フードのせいで顔に影がかかっているが、紫色の髪に濃い青の瞳がなんだか神秘的な美人な女の人だ。リコは理由も聞かぬまま、すぐ脇の細い建物の隙間まで連れていかれた。そこは人が通る道からは見えない。リコはちょっと不安になったが、女の人の真剣な表情になぜか引かれていた。
「…………ここなら…。あの、ごめんなさい突然…。」
足を止めてリコと向き合った女性は、誤りながら悲しげな瞳をしていた。
「いえっ…あの、それで私に何かご用ですか?」
リコが尋ねると、女性は懐からごそごそと何かを取り出した。リコはそれに気づいてハッとする。
「えっ!?あれ、それ私の…あれ!?」
女性が取り出したのは間違いなくリコの財布だった。女性はリコにそっと手渡すと、悲しそうに話した。
「あなたが…さっき話していた人…あの人が持っていたの。彼…荷馬車の人の仲間で…その…標的にされてたの、あなたが…。」
女性が歯切れ悪くしゃべっていると、リコは財布を握りしめ反論した。
「うっ、嘘です!だって親切にしてくれましたよ!?道だって教えてくれました…。」
リコはそう言って俯く。しかし女性はふるふる首を振って言葉を続けた。
「当て屋って言って…事故を起こせば馬車の高額な修理費を請求するの…。あなたの場合、子供だし、避けられたから財布だけ掏られたのね…。大人だったら…荷物ごと持っていかれたわ。」
「…―――――っそんな…。」
リコはショックを隠せなかった。でも、少し納得したこともあった。轢かれそうになってすぐに駆けつけたことや、他の町の人は見てみぬふりをしていたことに気がついていたからだ。自分が知らない人間だから関わりたくないのだろうと思ってたが、関わりたくなかったのはあの男の方だったのだ。
「…じゃあ…どうしてリコの財布を、お姉さんが持っていたんですか!?」
リコは彼女に自分の疑問をぶつけた。もしやこの人も仲間なのでは、と。
「……………掏ったの。」
「へえ!?」
リコは思わず変な声をあげてしまった。目の前にいるこんなに大人しそうな女性が、静かに犯罪を暴露したからだ。というかこんな人が掏りをしたなんて想像できない。
「あなたと別れた彼にわざとぶつかって…そのときに。…そろそろ無いことに気づいてるんじゃないかしら…。」
女性は冷静に耳元の髪を掻き上げながら言った。リコは驚きのあまり口をパクパクさせている。
「…手首、痛いの?」
ふと、女性はリコが右手首を気にして反対の手を添えていることに気がついた。




