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。ウルキの秘密-3-






ラクトとウルキが浴場に行ってから小一時間が経過したとき、ラクトはとぼとぼと階段を上がり、ふらふらとした足取りで廊下を歩いていた。


(……はあー…まさか…、サウナってものがあんなのだとは思わなかった…。)



この宿の風呂は男女に別れたあと、一人ずつ入れるよう区切られたスペースの中で、上から水が流れる仕組みになっていた。シャワーではなく、水浴びといった方がいい。


ラクトは体を洗い終わったあと、横にサウナと書かれた看板を見つけた。そこには"身体を鍛えるのに最適"と書いてあり、興味を持ったラクトは説明文も読まずに入ってみた。ムシムシと熱せられた部屋に驚いたものの、ラクトは耐えることが鍛えることに繋がると思いしばらく座っていた。すると、筋肉ムキムキの大柄な男性二人組が入ってきてラクトの横に座ると、まるで女の人の口調でおしゃべりを始めた。


「はあー、疲れた。でもサウナがあって良かったわ。これで明日もお肌スベスベね!」


「ほんとね!アツーイけど、汗と一緒に悪いものが流れていくこの感じがたまらないわぁ。」


話し方に違和感はあるものの、こういう男性もいるんだとラクトは一人考えた。生まれた村から出たことがなかったラクトにとって、見るものすべてが新しい発見であり、勉強であり、経験である。また、お人好しで人の言葉を素直に飲み込むタイプなため、相手がどんな人物なのかを疑ったりすることもあまりなかった。


ともあれラクトは二人の会話よりも、スキンヘッドよりも、その鍛えられた筋肉の方に目がいっていた。大柄な体格だが、見事な筋肉で引き締まった二人の姿に、憧れを感じていたのだ。その視線を感じてか、一人がラクトに話しかけてきた。


「あら、何かご用?」


「あ、すみません。あまりにきれいな筋肉だなって…。」


「あらー!ねぇちょっと聞いた!?きれいですって!」


男性は嬉しそうにキャーキャーはしゃいで隣の男性をバシバシ叩いた。よくよく見るとこの二人は双子か兄弟なのか、顔がそっくりだ。


「いいわねぇー、僕、私は?」


「いや、お二人とも実に見事だと思います。」


真剣な表情で答えたラクトの言葉に気をよくしたのか、二人は一緒になって喜んだ。


「まあー嬉しいわあ!こんなに褒められたの久しぶりよぉ。」


「うふふ、この宿にして良かったわね!」


「ほんと…あらあら、よく見たらあなたもいい筋肉ついてるじゃない?私たちほどじゃないけどね!」


ラクトの隣に座っていた男性が、今度はラクトの身体をまじまじと見てきた。


「いえ、俺は…まだまだですよ。」


誉められて嬉しい気持ちもあったが、すぐに落ち込んだラクトを見て、男性二人は不思議そうに顔を見合わす。ラクトは自分の身体を見てため息を吐いた。


(…村にいたころは無理矢理鍛えられたからあまり思わなかったけど、これからまた魔物と戦ったりしなきゃ生きていけない。…もっと強くならなきゃ、いつまでもシャーロットさんに助けてもらえるなんて思ってないし、思っちゃいけないんだ。――――――ウルキのことだって…。)


キュッと口を噤んだあと、ラクトはぼそりと呟く。


「俺…強くならなくちゃ…もっと、もっと――――――…?」


ラクトの汗が頬を伝って流れたときだ。ラクトの視界が急にぼやけ、くらくらと頭の中が真っ白になった。そしてわけもわからないまま、グラァッと床の上に倒れ込んだ。薄れる意識の中、男性たちの呼び声が聞こえた気がしたが、反応することなくラクトは気を失った。


数分後、意識を取り戻したラクトは脱衣場の床に寝かせられていた。看病してくれたマッチョの男性たちは、脱水症を起こしたのだとラクトに説明した。水を飲んで頭がすっきりしてくると、ラクトは恥ずかしさでいっぱいになった。ラクトたちのまわりには数人野次馬が集まっていたのもあるが、強くなりたいと思っていた矢先、自分のミスで倒れて他人に迷惑をかけてしまったからだ。


「す、すみませんっ。…お二人に、ご迷惑おかけしました…!」


「いいのよー、良くなってよかったわ。」


「若いんだから失敗もあるわよぉ。けど今度から無理しちゃ駄目よ?お大事にね。」


男性二人はそう言ってくれたが、ラクトの気持ちは複雑だった。できることなら逃げてしまいたい、そんなことを考える自分がいることにラクトはさらに落ち込む。こうして二人と別れ浴場をあとにしたラクトは、とぼとぼと暗い足取りで部屋に向かうのだった。



(…ああ…またシャーロットさんに怒られる…いや、呆れられるかな…。ウルキももう部屋にいるよね…。)


そう思いながら、部屋のドアに手をかけたときだった。




「――――…ない、シャーロットの馬鹿!」


部屋の中からウルキの大声が聞こえたかと思うと、手をかけていたドアが勢いよく開き、ラクトは驚いて後ろに倒れそうになった。なんとかバランスをとろうとしていると、中からウルキが走って出ていってしまった。一瞬のことだったが、ウルキの目に涙が溢れていたのをラクトは見逃さなかった。


「――――――っウルキ!?」


何がなんだかわからないが、追いかけようとするも先ほどの症状のせいでまだ頭がくらくらしている。そんなラクトの前にシャーロットが部屋の中から現れ、ウルキの走っていった方向を見ている。


「っ…シャーロットさん、一体何があったんですか!?」


ラクトが訊ねると、シャーロットは苦い顔をしてため息をついた。


「あいつ…ウルキが、隠してたんだよ。私らに内緒で。」


そう言うとラクトを部屋に引き入れ、外の様子を確認するとドアを静かに閉めた。


「隠してたって…ウルキは、いいんですか?」


部屋に入るとシャーロットはラクトに椅子に座るよう促し、自分も隣に座った。


「…今はいい。昼間のことがある、あいつもそこまで馬鹿じゃないさ。――――どっかで頭冷やしてるだろ…。」


そう言ってまた大きなため息を一つ吐いた。ラクトは今までの強い彼女とは違う神妙な雰囲気に、なんとなく何も言えない。


「…三人で旅をすると決めたとき。」


ラクトの心情を悟ったのか、シャーロットは重い口を開き始めた。


「言ったよな…魔力には、特性が様々あるように個々でみても一つ一つ違う波長があるって。同じような特性であってもちょっとずつ質や精度が違っていて、それで魔力の判別ができる。人間でいえば指紋のようにな。」


「あ、はい…聞きました。だからウルキの魔力もウルキしか持っていない魔力で、魔力を調べる機械があれば水晶にたまった魔力からでもウルキの力だとわかるんですよね?」


「そう…だから気軽にあちこちで魔力をばらまくと、私たちの行動がわかってしまう。もしウルキの力を狙ってる奴がいたら、行動パターンを読まれ見つかってしまう可能性が高くなる。だから本当に必要だと思ったときだけ使うようにと、あれほど念をおした―――――…はずだったんだが。」


シャーロットは右手の肘をテーブルに置いて前髪をかきあげ、ゆっくり瞬きをする。


「あいつ…どうやらあの洞窟から一つ水晶を持ち出して、村の様子を見ていたらしい。」


「―――――…え?」


ラクトは驚きのあまり口を開けて呆けてしまった。


あの洞窟、それは数十年もの間ウルキが暮らし、人間の世界から拒絶された空間のことだ。自然にできた水晶の結晶がたくさんあり、ラクトの生まれた村とは水晶を使ってコンタクトをとっていたが、その一つを知らないうちに持ち出していたらしい。


「――――…で、も、ウルキの力を村に流れないようにしたあと、追いかけられても探されないようにある程度魔力は回収してきたんですよね?…でも、え…?村の様子を見ていたって…。」


「ウルキが旅に出ることを決めたとき、お前の隣の家のおじさんに村のことを託しただろう?あのとき妙に潔いのは引っ掛かってはいたんだが、ウルキは村の水晶と持ち出した水晶を魔力で繋げて、その後の村の様子を確認していたんだ。」


「そんな…!だってアイジおじさんは任せろって言ってくれたし、確かに村の人たちがこれからウルキの魔力なしで生活することに納得してくれるかはわからないけど、でも皆きっとわかってくれるって思ってるし―――――!」


「…お前は村の人間をよく知ってるから、そう言えるかもしれない。だがな、ウルキは間違いだとわかっていても今まで村にしてきたことへの責任と罪悪感がある。しかも自分で最後までケジメをつけられず、結果的に村人に行く末を任せてしまったんだ。そうそう割りきれるもんでもないんだろう。」


ラクトは無意識に膝に置いた拳を握りしめていた。一緒に旅をすると決めて、ラクト自身は今まで縛られていた村から離れ、ウルキやシャーロットと一緒に新しい世界を旅することだけを見ていた。しかし、長年恐れられる"災厄をもたらす魔人"として暮らしていたウルキにとって、簡単に切り換えることができないことは深く考えなくても想像できたことだった。


「俺…全然、自分のことばっかりで…気づかなかった――――…。」


強くなりたいと思った。だがそれは自分のためでもあるが、守りたいものがあったからだ。力になりたい存在がいたからだ。自分がどれだけ愚かで小さい存在か思い知らされ、ラクトの中は後悔と情けなさでいっぱいだった。



「…お前がそんな顔しても仕方ないだろう?私も考えが甘かったんだ。私より長生きなだけあるかもな、あいつ…あまりにも笑顔に影を落とさないから。私の目もまだまだってことか。」


シャーロットは今度は頭をくしゃくしゃと掻いて大きく深呼吸してラクトを見た。ボサボサになったシャーロットの髪以上に、ラクトの顔はくしゃくしゃになって、ひどい表情だ。


「…ふう。とにかく、今までの行動は村のやつらにバレていてもしょうがないと割りきる。たいした距離を移動したわけでもないし、逆に今わかってよかった。」


「…。」


「…そんな顔をするなよ。お前、私が怒っていたときよりひどい顔してるぞ?」


「――――…そんな、ことは…。」


「あるっつーの。…村のその後、知りたいか?」


シャーロットはまっすぐな目でラクトを見た。ラクトは一瞬戸惑ったが、強い眼差しを返して言った。


「俺は…村の人たちの決めたことに、何かを言う資格はありません。でも、皆が出した答えは何であっても受け止めるつもりです。」


その瞳の中に強い意志を感じ、シャーロットはそれ以上言及しなかった。反対にウルキのことについて話を戻す。


「さて、問題はどうやってウルキから水晶を取り上げるか…。あの様子じゃ手放しそうにないからな。」


腕組みをしながらシャーロットは椅子の背もたれに寄りかかる。すると、ラクトはゆっくり立ち上がってシャーロットに言った。



「…俺に、行かせてください。」







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