。ウルキの秘密-2-
ガヤガヤと賑やかな宿屋の食堂で三人は少し遅めの夕飯をとっていた。
「ん、んま。これイケるな。」
「こ、れ、食べれるんですかね…?」
「うん。美味しい。初めて食べる味だわ。」
旅を始めてから野宿ばかりだったので、ラクトやシャーロットにとっては久しぶり、ウルキにとっては何十年振りの外食となる。一つのテーブルを囲んで、三人は多めに注文した食事を次々に頬張った。
他の客はすでに食べ終わり談話をするか、食後の一杯を楽しんでおり、まだまだ賑やかなムードは続きそうだ。食堂の隅のテーブルにいた三人は黙々と食べ続けていたが、三分の二くらい食べた頃にシャーロットが二人に話を切り出した。
「こんだけうるさきゃ大丈夫かね?食べながらでいいから二人ともよく聞きな。」
「?」
ラクトとウルキはきょとんとしていたが、シャーロットの話に耳を傾ける。
「今日、私たちはこの町にきて明日出ていくわけだが、だいたいの食料や衣料は手に入った。あと資金もな。出発する分には何も問題はない、そこまではいいな?」
「はい。」
「ええ。」
「明日は朝、朝食を食べてから南にあるトカという港に向かって船に乗る。ルキ、船に乗った経験は?」
「…多分、無いと思うわ。」
「じゃあ二人とも初めてってことだな。船酔いは覚悟しとけよ。」
シャーロットの話の途中だが、ラクトは恐る恐る聞いてみた。
「船…ってことは、海を渡るんですか?」
シャーロットはニヤッと笑って頷いた。
「そうだ。ラクトは山育ちで見たことないだろ?海。どんなものか知ってるか?」
ラクトは目を見開きそわそわしたようにしゃべり始める。
「本で、本でなら読んだことがあって…すごく大量の水が辺り一面に広がっていて、青くて、空の色を映してるって!」
目をキラキラさせて話すラクトを見てシャーロットは笑って言った。
「ふ、くくっ!…なるほど、大量の水ねえ。ま、見ればわかるさ。ただこれだけは覚えておけ、そんな広い海にはたくさんの生物がいるし、もちろん魔物だっている。綺麗に見えて実は危険が多いんだ、泳げたって限度があるしな。海は自然だ、油断はしないこと。」
「ま、魔物!?…そうですよね。いますよね…。」
シャーロットの言葉に先ほどまでの元気をなくしたラクトだったが、ウルキは微笑んだ。
「でも本当に綺麗だよ。明日、楽しみだね。」
ウルキの励ましに照れながら、ラクトは頷いて残っていたスープを飲み干した。
「さて、そろそろ食い終わったな?一度部屋に戻るぞ。」
三人は席を立つと、階段を上り二階にある部屋に戻った。食堂はほろ酔いの客が歌いだして、拍手とヤジが飛び交っている。まだまだ静かな夜は遠いようだ。部屋に戻ってすぐにラクトは自分のベッドに倒れこんだ。
「っぷ…あー…食べ過ぎたかも。」
ウルキは備え付けのテーブルの上にある花を見ながら椅子に腰掛けたあと、ラクトの方に振り返って笑った。
「だらしないわよラクト?」
部屋には三つベッドがあり、右側に二つ平行に並び、もう一つは少し左側に寄ったところに配置してある。右側をシャーロットとウルキが、左にラクトが寝ることになり、久しぶりのベッドの感触にラクトはすでにうとうとした様子で転がっていた。
「おい、寝るなよラクト。風呂にも入ってないだろうが。」
シャーロットはウルキの横の椅子に座り、ラクトを手招いた。それに気づくと、ラクトは重くなった体を起こして二人の隣に腰掛けた。
「?風呂はいいんですか?」
眠そうな顔をしながらラクトが問いかけると、シャーロットはラクトの額にペチンッと軽くデコピンを食らわせた。
「っふあ!?」
「入るっつーの。とりあえず起きろ。」
眠いのを堪えてラクトは目をごしごしとこすって前を向いた。真っ赤になった目を見てシャーロットもウルキもクスクス笑っているが、眠気と戦うラクトはそれどころではない。
「さて、風呂に入る前に話がある。こっちが本題だ、よく聞いとけよ。」
唐突に先ほどまでの笑みは消え、シャーロットは真剣な面持ちで話をし始めた。そのピリッとした空気を感じて、ラクトの眠気が少し吹っ飛んだ。ウルキも真剣な表情をしてシャーロットの方に視線を向ける。
「ちょっと気になることがあってな、ウルキがいなくなって噴水の前にラクトといた時のことだ。ある二人組が会話しているのを偶然聞いた。そいつらも仲間を探していたらしくてな、一人はかなり腹を立てていた様子だった。」
話の意図がまだわからないまま、ラクトとウルキは静かに話の続きを待っている。しかし、ウルキの脳裏にある二人組が浮かんでいた。
「…その腹を立てていた奴が言ったんだ。"いつになったら言うことを聞くんだ、何十年言っても聞きやしない"、"いけすかない人間なんて自分のことしか考えてない"――――――…そう、確かに言っていた。」
「―――――っ!?」
ガタッと勢いよく音を立てて椅子から立ち上がったのはウルキだった。
「―――――…聞き間違いじゃないの?」
弱々しい声でウルキはシャーロットに問いかけるが、シャーロットは目を鋭くさせ強い視線を返す。
「私が聞き間違えたって、思うか?本当に?」
「……―――――いいえ…。」
ウルキは気圧されたように、力なく再び椅子に座りこんだ。ラクトはその様子をただ見ているしかできない。自分の考えが合っているかわからなかったからだ。
「…二人組はそのあと仲間を探しに公園と飲食店をまわると言っていた。ウルキ、お前がいた公園に来た二人組の髪は青緑のおかっぱと青く後ろで束ねてある奴らじゃなかったか?」
ウルキは目を大きくさせ、肩をカタカタと震わせながら小さく頷いた。
「っでも…――――確信がないわ…!」
「そいつらがこうも言っていた。"また子供をカモにしてうまいものをくってる"、"居ても不思議じゃない公園にいる"。…この言葉が指す人物像は、よく子供を騙していて、公園にいても不自然に見えない奴ってことだろ?それはつまり…。」
「二人組が探していたのは…子供ってこと?」
ついラクトは二人の会話に口を挟んでしまったが、シャーロットは静かに頷き、ウルキは膝に置いた手を握りしめていた。
「…するの…?」
ウルキは顔を伏せて震える声で呟いた。
「――――…もし、その人たちが"魔人"だったら…シャーロットはどうするつもりなの!?」
今にも泣きそうな顔でウルキはシャーロットに向かって強い視線を送った。そんなウルキを見て、ラクトは動くことも喋ることもできない。
何十年も生きていて子供の姿をしていて、人間に対して不信感を持った存在。ラクトが知る中でも、『魔人』しか思い浮かばなかった。しかし、そうなるとその人たちはウルキと同じであり、大量の魔力を持つ代わりに人間に差別されてきたかもしれない。場合によっては、魔人と知られるだけで命を狙われてしまう存在なのだ。
ウルキ以外の魔人の存在がいるかもしれない、しかしシャーロットがそれを知ってどう行動するのか…ウルキはそれだけが気がかりだった。行動次第では、同じ魔人として生まれた存在の命を左右してしまうからだ。弱々しい声とは裏腹に、ウルキの瞳には強く熱く込み上げるものがあった。
するとシャーロットはウルキにバチンッとデコピンを食らわせた。
「っはう!?」
「どうもしないよバーカ。」
涙を浮かべた目でウルキがシャーロットを見ると、彼女はさっきまで放っていた緊張をといて、反対に笑みを浮かべていた。
「…本当?」
「お前もくどいな、ラクトに似たか?」
隣でショックを受けるラクトをよそに、シャーロットは静かにウルキを見つめて言った。
「たとえそいつらが魔人に関係あったとして、情報を売ったり捕まえたりしようなんて私が思うかよ。どんな力を持っているかわからない奴らをどうにかするより、そこいらの魔物をぶっ倒して金にする方がよっぽど楽だね。」
「…それもなんだか酷いような…。」
シャーロットが言ったことを頭で想像しながらラクトはポツリと呟いた。
「んだとー?ん、ラクト?何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
シャーロットはテーブル越しにラクトに詰め寄ると、苦笑いしながらラクトはブンブン首を振っている。そんな二人を見て、ウルキはうっすらと微笑み、そしてぼろぼろと涙を流した。
「っ!?ウルキ?」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
心配する二人の間で、ウルキは涙を拭いて笑顔を見せた。
「―――…なんでもない!」
えへへと笑うウルキを見て、ラクトもシャーロットもほだされたように目をぱちくりしている。
「…とりあえず風呂入って顔洗ってこい。」
そう言われてラクトとウルキは一階の風呂場に行く準備をした。
「シャーロットさんは行かないんですか?」
「決まってんだろ、私はコレだ。」
シャーロットの手にはいつもの酒の入った缶をぷらぷらと振って見せた。
「の…飲み過ぎないでくださいね?」




