.歩き出す道
「…とまあ、母さんはそのあと無事父さんたちと合流できたんだけど、師匠にこっぴどく叱られたみたいだ。」
夜が明け、朝食を済ませたあとラキ、ロン、リコの三人は宿屋をあとにした。空は晴れて薄い雲があちこちに見える。出発してからロンが急かすため、歩きながらラキは勇者の話をすることになった。
「ウルキ様は責任感があるな。さすがラクト様と夫婦になった方だけある。」
わけのわからない理論を一人でウンウン考えながら、ロンは満足そうに頷いている。
「そういうもんかな?」
ラキが首を傾げると、リコが横で小さく耳打ちした。
「気にしないでください、お兄ちゃんの変な屁理屈ですから。」
「あはは。…えーと、まあこの少年との出会いが後々大きく関わってくるんだけど、ま、追々ね。」
「は!?なんだよそれ、もったいつけんなよー!教えろよー!」
子供のように駄々をこねる兄を、リコは厳しい目で見ていた。
「…――――お兄ちゃん!」
ちぇーっと拗ねた様子でロンは二人の前を歩き、頭の後ろで腕を組む。そんなロンとぷんすか怒るリコを見ながら、ラキは笑みを浮かべた。
「そうだ!ラキさん、サイジルに向かうって言ってましたよね?サイジルのどこに行くんですか?」
くるっと振り返りながら、リコはラキに訊ねた。三人は一緒に行動することを決めたが、詳しい話は後回しにしていたのだ。ラキは自分の荷物から地図を取り出して、歩きながら拡げて見せた。
「さっきまでいたのがここ、リンドンの端にある宿場町アザル。」
ラキは右手で地図を持ちながら、左手で指を指して場所を示した。そこからスススと指を移動させ、違う場所を示し止まった。
「ここがサイジルという小さな国の所有する島の一つ、トルマディナ。目的地だよ。」
するとリコはまん丸の目をさらにまん丸にして地図を見ている。
「トルマディナ…って、あのトルマディナですか?」
「あ、知ってる?」
ラキは地図をたたみながらリコを見ていると、立ち止まって二人の方を向いたロンも、リコと同じように目を見開き口も開けていた。
「―――――トッ、トルマディナ…!?知ってるもなにも、難攻不落の島国って有名じゃねえか!ふざけてねぇよな…!?」
「難攻不落かあ…確かに攻められても落ちはしないだろうね。あそこは屈強な戦士ばかりだから。」
ラキは他人事のように笑いながらてくてくと歩みを進めた。あわてて兄妹もラキに続いて歩を進める。
「いやいやいや、マジなのか!?あの島もいい噂聞かねぇぜ?許可なく入ってきた船は確実に沈められるとか、戦好きの王が毎日戦いを求めて海賊を自ら倒しに行くとか…あと女にだらしなくて節操なしだとか?」
ロンの言葉にピクッと反応するものの、ラキは振り返らずにまっすぐ進んでいく。
「…来ればわかるよ。それに何個か町を通るから、最後までついてくるかは君たちが決めればいい。途中の町で別れても問題はないからね。」
「んだよそれ…。」
ロンとリコはラキの後ろを歩きながら顔を見合せた。リコを危険な目に会わせたくはないロンは、ラキに対する不信感を完璧に消したわけではなかった。ついていっていいものか、兄である自分の行動が妹にとって最善でありたいロンは、見かけによらず疑り深く、簡単には人を信用しない性格だった。
「…――――信用できなくなったら、俺たちはすぐお前と別れるからな。」
リコの心配そうな顔を横目でみながら、ロンはラキに向かって強い口調でいった。するとラキは軽く後ろを向いて無表情で言った。
「いいよ。…ただ、ロン。昨日も言ったけど、僕が向かうトルマディナは―――――――勇者ラクトの恩師、シャーロットの生まれた国だからね?」
瞬間、ロンの脳内に一筋の雷が落ちて、固まって動かなくなった。と思いきや、拳を握りしめ、彼は大声でラキに向かって叫んだ。
「行くに決まってんだろおおぉ――――――――――――――!」
どうやらロンにとってラクトの存在はかなり大きいらしい。呆れ顔をしたリコは大きなため息を吐いてぐったりしている。ラキは笑ってまた歩き出した。
「あはは。さあ、続きを始めよう。」




