。運命の出会い-5-
「じゃ、シャーロットさん、いってきます!」
涙を拭き、パチンッと両手で自分の頬を叩いたラクトは、ウルキを探しに行くためにシャーロットに一言告げて走り出した。するとシャーロットはスクッと立ち上がり、早足でラクトの方に歩き、ガッとラクトの頭を掴んで自分の体に引き寄せた。
「っぷ!?」
いきなり掴まれたのでラクトはわけもわからず混乱している。
「静かに。そのまま歩け。」
耳元で聞こえたその声で、掴んでいるのがシャーロットだとわかったが、なぜこんな状況になっているのかまだわからない。
「状況が変わった。…少し様子をみるぞ。」
緊迫感のある声色で喋るシャーロットに、なんとなくだが従った方がいいとラクトは判断し、そのままゆっくり歩いた。だが、ひとつ気がかりだったのは…。
(シャ…シャーロットさん…胸、が顔に当たってるんですけど…!)
何も気にしないシャーロットをよそに、ラクトは内心どうしたらいいのかわからず何も言えず、恥ずかしさで顔はまた真っ赤になっていた。
「…そろそろいいか。」
数百メートル歩いたあと、シャーロットはようやくラクトを自分の体から離して後ろを振り返った。変な汗をかいて赤い顔をしているラクトは、やっと解放されて安堵のため息を吐く。
「―――――はあ…一体どうしたんですか?」
シャーロットを見上げてラクトが問いかけると、後ろを向いたままシャーロットは小さな声で喋り始めた。
「…ラクト、さっき噴水にいた若い男の二人組を見たか?」
「二人組…?み、見たような見ないような――――…そのお二人が何か?」
きょとんとするラクトを横目に、シャーロットは来た道を戻るように歩き始めたので、慌ててラクトも後に続いた。
「…―――――イヤな予感がする。」
ボソリと呟いたシャーロットの言葉が、なんとなくラクトまでも不安にさせた。真意はわからないが、これほど強いシャーロットのマイナス発言はただ事ではないのではないかとラクトは感じ、同時にウルキの身に一層の不安がわいてくるのを止められずにいた。
「――――…ウルキ…。」
(…ラクトたち…もう噴水にいるよね…。もう日が暮れてきちゃった…私の馬鹿。…一言くらい言ってから出てくればよかった。―――――どうしてるかな…。)
公園の花壇の石垣の上に座って、ウルキは自分の軽率な行動を反省していた。子供のケンカを止めようと飛び出したものの、複雑で細い路地をひたすら走ってきたためにウルキは帰り道がわからなくなっていたのだ。いじめられていた少年も公園から動こうとはせず、ウルキの横にちょこんと座っている。が、大きな帽子を相変わらずギュウッと握って放さない。
「…君の仲間が迎えにきてくれるといいね?」
ウルキが話しかけても、少年は黙ったまま動かない。二人きりになって小一時間、少年についてわかったのはこの町の住民じゃないこと、帰り道がわからないということ、仲間がいるということ、そして敵ではないということ、。その全てはウルキが質問し、少年が頷くだけという動作から読み取ったわけだが。
(…気まずい。)
薄暗くなってきた空を見上げながら、ウルキは思った。長い間、人間との接触がなかったウルキだが、この少年には不思議な雰囲気があると感じていた。ザックルナの町に来てから見てきた商人とも、住民とも、旅人とも、観光客とも、服屋の店主とも違う。独特の雰囲気を持った少年の存在を疑う一方、それを嫌に感じないウルキは自分の気持ちの根拠がわからないまま、ただ座っているしかなかった。
少年に敵意はない、あったとしても子供である彼に何かできるわけでもない。そう思うとウルキは、少年も自分と同じように不安なだけなのではないかと、だんだん少年の気持ちを心配し始めた。
「…不安だよね…?ごめんなさい、私にもっと力があればよかったのに。」
ウルキは少し俯き、囁くように呟いた。自分の力で…魔力で彼を仲間の元へ連れていくことができたらよかったのに、とウルキは考えていた。しかし、ウルキの魔力は"自分の感情を送り、相手の脳に直接伝える"、また"自分の魔力を溜めた水晶と水晶を通して、水晶の周りの映像を見たり音を聞くことができる"というもので、どれも少年の仲間を見つけるような能力ではない。それに、魔力を持っていることなど知られてしまうことはかなりの危険が伴う。役に立つ能力だ ったとしても、使うわけにはいかなかった。
(…ラクトたち…どうしてるかな。―――――…私のこと、呆れてるよね…?)
たった数日の付き合いだが、すでにウルキの中では二人は特別な存在になっていた。一人になってこんなにも思いしらされるとは、ウルキ自身考えもしなかった、反面、ひどく自分が弱くなった気がしていた。
と、ウルキは何かを感じて我に返った。
横に振り向くと、黙ったまま苦い顔をしているウルキの様子を、少年はジッと見ていた。帽子の下から覗く大きく吸い込まれそうな青い瞳で、真っ直ぐウルキを見つめている。
「…?えっと…?」
ウルキはまじまじと自分を見る少年の眼差しにたじろいだ。
(わ…私、何か変なこと言ったかな!?ま、魔力とか言ってないはず、だよね…?)
目をぱちくりさせながら、なんとなくちゃんと少年の方を向けずにウルキは黙って座っている。
(ど、どうしよう…?)
ウルキがその場に居たたまれなくなってきた、そのときだ。
「――――った―――――!ようやく見つけた!」
突然前方から大声をあげて近づいてくる人影に驚き、ウルキは目を凝らした。細い路地から公園に向かってくる人影は二つ。若い男二人が、ウルキたちに近づいてきた。
一人はエメラルド色の髪が肩より少し上で横に真っ直ぐ切られていて、前髪も眉毛より上でぱっつんとそろっている。背は少し低く、丸くパッチリした目だが今は怒った表情をしている。もう一人は長めの青い髪を後ろで束ねていて、背が高く鋭い目で二人を見ていた。
そしてウルキはその二人の目線が隣にいる少年に向けられていることに気がつく。
「…君の知り合い?」
ウルキはこそっと少年に小声で話しかけると、彼は首を縦に小さくうなずいた。
「おんっまえ!どこをどうほっつき歩いてんだよ!?散々探したんだぞ、見ろもう日が落ちきるじゃねーか!?無駄な手間とらせんじゃねえよ!」
おかっぱの男は少年はそばにくると、これでもかというほどの大声で怒鳴りちらした。ウルキは驚きのあまり目をまん丸にして固まってしまう。逆に少年は相変わらず無表情でジッとウルキを見つめていた。
「聞いてんのかテメエー!いくら俺でも我慢にも限度があ―――――!?」
ウルキの存在にまったく触れる気配はなく、男はガミガミと説教らしきことを言い放っていたときだ。横にいた目付きの鋭い男がスッと手を怒鳴る口の前に移動させ、言葉を遮った。
「っんだよ、邪魔すんな!」
「…見られてる。気づけ。」
おかっぱの男は、ぐあっと目付きの悪い男に噛みついたが、その言葉でウルキの姿をようやく認識したらしい。チッと舌打ちしたあと、じろじろとウルキを見ながら言った。
「…あんた誰?こいつになんか用?」
先ほどまで存在を無視されて、しかも舌打ちまでされたウルキだったが、あまりの迫力に何も言えずただただ口を開けて固まっているだけだった。
「――――なんか用かって聞いてんだけど!?っぷ!?」
ウルキにも怒鳴り始めたのを見て、もう一人の男が素早く口を塞いで止めた。そしてモガモガ暴れる男を抑えながら、低い声でウルキに訊ねた。
「…悪いな、頭に血がのぼるとまわりを気にせず怒鳴り出すんだ。そこに座っているのはうちの連れなんだ。あんたはどうして一緒にいたんだ?」
ようやく落ち着いて話せる人物に出会えて、ウルキはホッとしたように体の強張りを解いた。
「ええと…、この子がこの町の子供とケンカしていて、それを止めようと追いかけてきたんだけど、私まで迷子になってしまって…。私もこの町に来たばかりで、この子を一人置いてまた迷うわけにもいかず、とりあえずここに座って誰か来るのを待っていたんです。」
「…そうか、それはすまない。」
「あ、いいえ。こちらこそ、この子をずっと探していたんですよね?私がもっとしっかりしていればよかったんです、すみませんでした。」
ぺこりと頭を下げて謝るウルキを見て、睨みはするもののおかっぱの男は暴れるのを止め、目付きの悪い男の手を振りほどいた。
「…とにかく、こいつはうちの連れだから、もうあんたどっか行っていいよ。」
「おい…すまないな。あんたにも連れがいるんだろう?心配してるんじゃないか?日も落ちてきた、早く行った方がいい。あの路地を進んで左に行くと広場に出られる。」
そう言って鋭い目をした男は自分たちのきた道を指差した。ウルキはお礼を言い、座っている少年に振り向いた。
「…よかったね、仲間に見つけてもらえて。もうケンカしちゃだめよ?じゃあね。」
柔らかな表情で少年にこう言ったあと、ウルキは駆け足で路地の中に消えて行 った。それを見届けるように、少年は横でまた怒鳴りだす男には反応せず、ウルキの後ろ姿をただずっと見続けていた。




