.一息
「…………――――まあ、こんな感じで、父さんたちは初めて町に行くことになるんだ。…だいぶイメージと違ったんじゃない?」
ラキは喋り終わった後、ロンとリコの顔を覗きこんだ。リコはポカーンとした表情で目をぱちくりさせている。
「えと…ちょっとだけ。ラクト様も恐がりだったんですね?その…聞いてた話とはなんだか…。」
「あはは、いいよ本当のことだから正直に言って。小さな村から出たことない父さんが、そんないきなりバンバン活躍なんてできるわけがないんだよ。ちゃんと考えれば分かることなのにね?」
ラキは笑っていたが、黙ったままのロンがどう反応するか見守っていた。すると、膝に置いていたロンの拳がワナワナと震えだし歯を食いしばるような顔をしたので、横に座っていたリコはびっくりして兄を見つめた。
「おっ、お兄ちゃん―――――…!?」
「ロン、ショックだとは思うけどこれが真実なんだ。だけど…。」
ラキが何か言いかけたとき、ロンはバッと立ち上がり、天井に向かって拳を大きく振り上げた。
「―――――ウオオオー!すっげぇ!やっぱりすっげぇよ!!」
「………は?」
突然、雄叫びを上げたロンを見上げて、ラキもリコも口を開けて呆然となった。
「なんて慈悲深いんだ!!ヤベエ惚れる!!っか――――――!!」
二人には目もくれず、ロンは一人はしゃいでしまっている。すると隣の部屋からまたドンドン壁を叩く音が聞こえた。すでに深夜、うるさくて迷惑なロンに対する威嚇だ。ロンは素直にすんませぇーん!と音のする方へ大声を出して座った。まだ興奮が収まっていないように、鼻息が荒く鼻の穴が大きくなっている。
「――――…ロン、何か…興奮するような良いこと、僕言ったかな?」
思ってもみなかったロンの過剰反応に、ラキは眉をひそめながら尋ねてみた。するとロンはニカッと笑い、さっきよりは小さく、でも興奮を抑えきれないように身体を小刻みに揺らしながら言った。
「ってよー!嬉しいんだよ、勇者様の実の子供から直接話が聞けてよ!?その上今まで聞いたことがない勇者様の一面を知ることができたんだぜ!?テンション上がるに決まってんじゃねーか!!それに、恐がりだって言いながら魔人をすんなり受け入れる心の広さ!憧れるじゃねーか!!」
「…そうとるんだ?」
目を見開き驚いているラキに、ロンはさらに続ける。
「まったく、実の子供のくせにわかってねぇな!!誰だって最初から強い奴なんていないってのは分かってんだよ!だけどそれでも努力して強くなって、こうして語り継がれるまでの人間になる、それ自体がスゲェことなんじゃねーか!!…それに、俺の勝手だけどよ、親近感とか…俺もそういう人間なりたいって思えるじゃねえか。」
照れくさそうな話すロンを見て、ラキは不思議な気分だった。今まで出会った人間で、父親を馬鹿にするやつ、嘘つき呼ばわりするやつ…良い意味で思う人は少なかった。噂すらそうだったのに、目の前にいる少年はこんなにも嬉しそうに話をしている。父の弱さを知った上で。
「…やあ…なんか、目から鱗。」
ポツリと呟いたラキは、ロンをジッと見つめた。それに気づいたロンは、照れ隠しするように眉間にシワをよせた。
「ん、だよ?文句あるか?」
「…っふふ、ないよ。全然ない。僕からで悪いけど、ありがとうロン。ロンはいいやつだね。」
微笑むラキを見て、兄妹は顔を見合せた。そしてつられたように二人も笑顔になる。
「いいやつだって!お兄ちゃん良かったね。」
「へっ!お前に言われても別にうれしくねーし。でもまあ、言葉だけは受け取っとくぜ。」
相変わらず口は悪いが、ロンの性格はこの一晩でつかめた気がした。
「―――…さて、もう夜も遅いしそろそろ寝ようか。」
「はあー!?ここからいいとこじゃねえか!なんだよーもったいつけんなよー!!」
ラキの提案にロンは苦い顔をして反論した。
「お兄ちゃん!…ごめんなさいラキさん、お兄ちゃん子供っぽくて。」
リコは申し訳なさそうにラキに謝り、キッと鋭い眼差しを兄に向ける。
「あはは、いいよいいよ。ただ、君たち明日はどうするの?まさかずっとこうやって話すわけにもいかないし、どこかに行くんじゃないの?目的地とか…。」
「あ、ああー…ええと、ですね?」
リコがちょっと困った顔をしたので、ラキは首を傾げた。
「んー…、どこ行こうとしてたんだっけ?お兄ちゃん。」
「あー…そうだなー、南にでも進もうかと思ったけど…どーすっかなぁー。」
二人してなんとも奇妙な会話をしているので、ついにラキは口を挟んだ。
「ちょっと待って。…目的地とか…もしかしてないの?」
するとリコはテヘッと笑って頷く。
「なんだよ、悪いか?」
ロンが怪訝そうに睨んできたので、ラキは本当のことだと確信する。
「いや…二年も旅してるって言うからまあ、考えられなくもないけど。でも君たちくらいの歳でなら目的とかあるもんだと思ってた。」
「目的はある。が、それがどこに行けばいいとかわかんねぇからこうやってブラブラ旅してんだよ。文句あるか?」
「いやだから、文句はないって。…そうかー…。」
うーんと唸るラキを見て、リコはポカッと兄を叩いた。
「もー!もうちょっと言い方があるでしょー!?」
「別に嘘ついてるわけじゃなし!…つーか、本当にどうすっかな。あと行ったことない場所は…っとー?」
ロンは頭を捻らせ指を折って数を数えている。
「…ねぇロン、父さんの話の続きなんだけど。」
「なんだ!?しゃべるのか!?」
ラキの言葉に敏感に反応するロンは数えていた指を拳に変えて、ラキの方にまぶしい視線を向けた。リコはその様子にため息をつく。
「いや、今夜はもうこれで終わりにするよ。僕は明日ここを立つから。お世話になりました、色々と。」
ペコリと頭を下げるラキ、と一緒にロンも頭を下げてうなだれた。
「なんだよ…終わりか。あーはいはい、お世話しましたよ。」
あからさま過ぎる態度がいっそ清々しい。リコは肘鉄砲をロンの右脇に食らわせた。
「いっで!?リコっ、お前な…!」
ツンッとした表情をしたあと、リコはラキの方に向き直り残念そうに言った。
「こちらこそ助けていただいてありがとうございました!もっとお話したかったですけど、しょうがないですよね。ラキさんにはラキさんの目的がありますもんね。」
「うん、まあ…。そのことなんだけど――――――一緒に来る?」
「…へ?」
ラキの意外な提案に、兄妹は不意をつかれてしまった。一方ラキは相も変わらず無表情のまま二人を見つめている。
「僕はこれから、父さんの仇を討った報告をしに行かなくちゃいけないんだ。もしよかったらそこまで一緒に行かない?お世話になった礼もしたいし、着くまでに話もできる。まあ君たちが良ければだけど。どうかな?」
「な…―――――マジで言ってんのか?昨日今日会った相手なのに?」
「マジだよ?なんで?」
キョトンとするラキは、まるで疑おうとしない。ロンは呆れたように変な顔をしていたが、いきなり横から手を掴まれて振り向いた。すると、リコが目をキラキラさせて兄を見つめている。
「お兄ちゃん…どうしよう!?こんなお誘い、二度とないよ!?」
妹の目が本気だった。ロン自身も話を聞きたいのはやまやまだ。しかし、このままラキにノコノコついていっていいものか、意外に慎重なロンは最後の一歩が踏み出せずにいた。
「…ひとつ聞きたい。報告って、どこの誰にだよ?」
ロンの問いかけにラキは無表情のまま、ある人物の名前を口にした。
「僕の師匠。サイジルって小さい国にいるんだけど。…その人の名前はシャーロット。父さんと一緒に旅をした女剣士、父さんの恩人だ。」
「―――――――行く!」
こうしてロンは最後の一歩を飛び越えた。
「じゃあ、今日はもう寝よう。朝、準備が出来次第出発するから。おやすみ。」
「おう!寝てる間にとんずらすんなよ!」
ウキウキした足取りでロンはソファーの上で寝転がった。そんな兄を見て苦笑いのリコは言った。
「…すみません、でも、嬉しいです!ラキさんとまだ一緒にいられるなんて!本当にいいんですか?」
「うん、お礼も兼ねてるんだから気にしないで?…明日からもよろしくね、リコ。」
「―――――はい!」
二人で微笑み合ったあと、リコはラキの隣のベッドに潜り灯りのスイッチに手をかけた。
「おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
パチンと暗くなった部屋には静かな時間が訪れた。次に明るくなる頃には、三人の新たな旅が始まるのだ。
夜空の星は眩しく輝き、三人のいる部屋の窓から優しい明かりで照らしていた。
――――――そして、夜が明けていく。




