。勇者ラクト-3-
「本人がそれでいいって言っているならいいんじゃない?」
炎を出している円盤から少し離れた洞穴の奥で、ウルキとラクトは寝床の準備をしていた。
「そう言うもんかなぁ…。」
「ふふ、優しいね、ラクトは。ごめんなさい、寝袋取っちゃって。」
この数日、ウルキはラクトの持っていた寝袋を借りて、ラクトは毛布にくるまる形で寝ていた。
「いいんだよ、それは。俺一応男なんだから!そりゃシャーロットさん比べれば断然弱いけど…ね。」
恥ずかしいような照れたような微妙な顔を赤くするラクトに、微笑みながらウルキは言った。
「…大丈夫、シャーロットもきっとわかってるわ。」
「―――…うん。ありがとう。」
ウルキの言葉はラクトの心を穏やかにさせた。二人は縦に並び、頭の方が向かい合わせになるように寝た。
しばらく静かな時間が流れた。シャーロットはすでに吐き気が止まったらしい。入口近くで外の様子を窺いながら見張りをしている。洞穴の中は暖かい炎の光で包まれ、雨音だけが聞こえていた。
「…――――――ラクト、寝ちゃった?」
ウルキは仰向けに天井を見つめながら、ラクトに呼び掛けた。目を瞑ってはいたが、意識があったラクトはもぞもぞと動いて上を向いた。
「…ん―――――どうしたの?ウルキさん…。」
「少し眠れなくて…ちょっとだけ、話を聞いてくれないかな?」
「うん…いいよ。」
答えている途中であくびをしてしまったが、ラクトはウルキの話に耳を傾けた。
「…すぐ終わるから、ごめんなさい。―――――…あのね、ラクトにお願いがあるんだけど…、私のこと、さん付けしなくていいよ?」
「え?いやぁ、だって俺、この中で一番年下だし…。」
「いいの。そんな偉くなんてないし、それに…ほら、知らない人間が見たら、私の方が年下だと思うかもしれないでしょう?ね?お願い。」
「それは…そうかもだけど…えと…。」
ラクトの言葉がモゴモゴ濁る。ウルキの唐突なお願いに顔はすでに赤くなっていた。
「…――――ウル、キ。…っうう…。」
「…―――――プッ。そんな、私まで恥ずかしくなるように言わないで?ふふっ、変なラクト。」
「っだ、だって…う、ウルキが突然そんなこと言うから――――…。」
クスクス笑うウルキ、その反対にラクトは毛布に顔をうずめてしまった。
「フフフ…ありがとうラクト。私、嬉しいのよ。…名前呼んでもらうことも久しぶりだから、せっかくならちゃんと呼んでもらいたかったの。」
「………ウルキ…。」
うずめていた顔を上げて、ラクトはウルキの方へ頭を動かした。
「…明日、町に着くってシャーロット言ってたわね…それでね、なんとなく眠れなくて…。駄目ね、年長者なのに、私が一番弱いわ…。」
天井を見つめながら、ウルキは独り言のように呟く。
五十年以上、ウルキはラクトの村に魔力を送っていた。だがその前から、ウルキはずっと孤独だった。魔力を持って生まれた人間、『魔人』は、ずっと差別される生活を強いられ続ける。生まれてすぐに殺されたり、実験台として身体をいじられたり、膨大な魔力を狙われたり。普通の人間としての幸せや、日常さえも望めない、そんな存在なのだ。
それでもウルキはラクトたちと旅をすることを決めた。そんな差別を受けるかもしれない、しかし、自分を一人の人間として受け入れてくれた二人が一緒ということ、そしてウルキ自身が差別されても孤独になったとしても、一人で生きていける強さを求めたからだ。
だが、明日は一つ目の試練と戦わなければならない。ラクトたち以外の人間が大勢いる、自分を虐げる存在がいるであろう場所に、自らの足で向かわなければならないからだ。
できることなら、町になど行かないで、ずっと三人だけで過ごせたら…という思いが、ウルキの中で次第に大きくなっていた。
「弱いなあ…もう―――――。」
ウルキは今にも泣き出しそうな顔で、目にはじんわりと涙が滲んでいる。すると、黙って聞いていたラクトもポツリと呟いた。
「…恐い、よね。――――俺もだ。」
「―――――…ラクト?」
「ウルキに比べたら…恐さも、不安も、全部ちっぽけなものだと思う。――――でも、やっぱり臆病風が吹くんだよね。笑っちゃうけど、初めて村を出て、シャーロットさんに怒鳴られて、魔物と闘って、儀式のこととか村の秘密を知って…魔人のこととか、何にも知らなかった。そんな俺がこうやって旅をして、初めて村以外の人たちが暮らす場所に行くんだなって思うとさ…なんかもう逃げたい気持ちになっちゃうんだ。」
「ラクト…。でも、ラクトなら大丈夫よ。あなたは普通の人間なんだから…。」
そう呟いたウルキの方へ、ラクトは素早く起き上がり彼女を見つめて言った。
「ウルキも同じじゃないか!!」
いきなり大きな声で怒鳴るラクトに驚いて、ウルキは目を見開き固まってしまった。
「―――俺、無知だし、空気読めないかもだけど…でも、ウルキが他の人間と違うなんて思ってないよ!?普通の女の子だ!俺とおんなじように悩んで、でも進もうとしてる、強い人間だ!違うなんて、絶対思ってないからね!!」
早口でしゃべったラクトは息が乱れていた。ウルキはずっと固まったまま動かず、反応がない。息を整え落ち着いてきたラクトは、自分の発言が急に恥ずかしく感じたのか、顔を真っ赤にさせながらまた毛布の中に潜り丸まってしまった。
「――――――…ラクト…。」
ポツリとウルキが呼び掛けると、ラクトは丸まったまま言った。
「―――――俺っ、ウルキと会えて良かったって思ってるからっ!…後悔とか絶対しないからね!――――――おやすみ!」
ラクトはさらに丸まって、そのまま動かなくなってしまった。
「――――…私も。」
黙ったまま聞いていたウルキだったが、ゆっくり目を閉じて語りかける。
「…後悔なんて、絶対しない―――――――ありがとう…ラクト。」
閉じた目の端から、一筋だけ涙がこぼれた。
二人が寝静まる頃には雨は上がり、シャーロットは寝ている二人を起こさないよう火を消して、入口に自分の寝袋を持っていき静かに眠りについた。




