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.黒髪の勇者-1-







「―――――――ッハアッ…ハアッ!」



ガサガサと音を立てて人影が森の中を全速力で駆けていた。その人影が通りすぎるたびに、驚いた小鳥が空に舞い上がっているが、そんなことを気にする暇はない。


それもそのはず。人影の後ろに迫る、さらに大きな音を立てながら追ってくるものから必死に逃げていたのだ。それは人影よりも大分大きく、木の枝をバキバキと折りながら通った道には、不思議なことにいくつもの水溜まりができている。



「―――――ッハッ、ウッ…ハアッ―――――…あっ!?」


前を走っていた人影が何かに躓いて転がった。少し坂になっていたためにゴロゴロと四、五回転しながら草や茂みの中を転げ落ちていった。着ていた服は枝や根に引っ掛けて所々破け、腕や足にも引っ掻き傷ができている。だが、気にしている余裕はない。追っ手が近づいてくるのがひしひしと感じられるから。早くここから逃げなければ、そう思い立ち上がろうとした時だった。


ズキッと左足首に激痛が走った。


「―――――――っ痛―――――!」


どうやら転がったときに捻ってしまったらしい。立ち上がろうにもうまく力が入らず、その場にへたりこんでしまった。


「―――――――っ…た…!どうしよう…っ早く、逃げなきゃ…!」



人影がたどり着いた場所は森の中にある沼の側だった。目の前には沼、後ろは先ほど転がった坂、辺りは少し拓けているために隠れ場所がない。


「…――――お兄ちゃんっ…!」



人影の正体は十歳ほどの少女だった。後ろでまとめた髪は乱れ、身体中に土や草がついて、服はぼろぼろになってしまっている。痛めた足を引きずって、なんとか前に進もうとするが、動かす度に痛みが走る。瞳にはすでに涙が溜まっていた。



すると、頭上から不気味で低い声が聞こえてきた。


「おや?鬼ごっこは終わりかい?」



その瞬間少女は背筋が凍る思いだった。息をするのも忘れるほどに。


声の主は坂の上から少女を見下ろして、笑っていた。


「しょうがないしょうがない。今行くよ?すぐ行くからね?クスクス…。」


そう言うと追っ手はズルズルとゆっくり坂を下りだした、かと思うと、あっという間にスピードを増して少女の方に向かった。そしてそれは勢いをつけて飛び上がり、少女の前にある沼めがけて飛び込んだ。


バッシャ――――――ンッ!


沼に落ちたそれは、ブクブクと泡を出して沈んでいった。



「――――――…っ!?」


恐怖と驚きで引きつった顔で少女は沼を見つめた。頭の上を通ったそれは少女より何倍も大きい。そんなのが沼の中に入って見えなくなった。何が起きたかいまいち理解出来ないが今のうちに逃げなければと、ほふく前進するような姿勢で少女は静かに動こうとした。すると、水面がゴポンッと嫌な音を立てて揺れた。



「―――…無駄だよ?無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ムダムダムダムダムダムダムダ。ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…!」



さっきの声が響き、少女は一気に顔が青ざめた。ガクガクと震える身体をどうにか前に進めようとするものの、どうにもいうことを聞いてくれず、思い通りに進めない。ドクンドクンと鼓動だけがうるさいくらいに振動していた。


「逃げられなーい。無理なんだよー。クスクスクスクス。」



ダンッ。



不気味な声の主は、少女が必死に伸ばした手の先に身体の一部を地面に叩くように置いた。


瞬間少女の頭の中が真っ白になった。



(ああ…もう、逃げられない。)



沼からヌッと追っ手は顔を出した。それは、人間でも動物でも、ましてや植物でもない。


茶色の丸くタコのような頭、両端にはギョロギョロと動く目玉があり、その中央には円い口のようなものがついていて、中には無数の小さく尖った歯がびっしりとついている。頭と身体の間はくびれているが、その下は五つの足に分かれいて、その内の一本が少女の進む道を塞いでいた。




「――――ッハッ…うう゛…。」


少女は恐怖のあまり堪えていた涙があふれるのを止められなかった。身体はゾクゾクと寒気がするのに、目頭だけやけに熱い。


「クスクス…そんなに恐がらなくても大丈夫さぁー。ほら、これで、恐くない?」


化け物は少女の前に出した足をグニュグニュと動かし、先の部分はみるみる形を変えていった。茶色い足だったものは器用にくぼみ、分かれ…驚くことに人間の上半身のように変化した。頭も首も手もあるソレは、クニュクニュと移動し、頭を少女の顔に近づけた。


「ほうら、君が助けようとしてくれた人形だよ?これで寂しくないねぇ?寂しくないねぇ?ウッフフフフ。」




そう、ソレが少女の前に現れたのはこれが二回目なのだ。


事は数十分前に遡る。






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