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ビッチに学ぶネクロフィリア

人を虐げる方法はいろいろあるけれど、私が一番いやなのは真綿で首をじわじわ締める、のタイプである。肉体的にも精神的にも、時間をかけられて少しずつ削られていくのはきつい。

そして二番目にいやなのがロウソクだ。ロウソクプレイだ。


「SMプレイだとね、ロウソクは初心者から上級者まで幅広く人気よ。くふうすればそんなに熱くないわりに、見た目が派手だからね」


「派手って?」


「真っ白な、あるいはわざとらしいけれど真っ赤な、どろどろに溶けたロウが肌にべったりはりつく。その様子も圧巻だけれど、何よりヤケドは痕に残るから。ヤケドの花が背中に咲くのよ。芸術家ぶりたいやつは多いのね。それに、次に見たときこいつは自分のものだって実感できるんでしょ。マーキングよ、マーキング」


「ふうん。それでリピーターを増やす仕組みか」


いつかの李菜との会話だ。李菜の男のなかにはSMプレイに特化したお店を経営している人がいる。私はサディストでもマゾヒストでもないけれど、日常に倦んでそういった場所に刺激を求める大人の、なんと多いことか。手軽に楽しめる非日常。


私は幸いなことに、まだ11年しか生きていないので、余計なことをせずとも新鮮な日常を送っている。現に今、夏休みのプールという実に小学生的なイベントを終えたところだ。

8月の太陽は意地悪く照り輝いている。固いアスファルトを踏みしめる私たちの身体は煙に燻されたように熱く、今にも蒸発してしまいそうで、


「もうわたし須賀君と一緒になりたい。溶けてしまいたい」


「なんでだよ。愛の告白かよ、ますます暑くなるからやめて」


「ふふ。あつくるしい、と、あいくるしいって字面が似てるわね」


「きみ、大丈夫?」


暑さでやられた私の頭を心配したのか、それとも帰宅したくないのか。私のかわいい系彼氏である須賀君は「寄り道をしよう」と言い出した。


「なんでお墓」


「涼しくなるかな、と」


住宅街の片隅にひっそりと存在する墓場は、涼しいどころか大変な熱気を帯びていた。石だらけ、屋根もないので当たり前である。


「よし、お墓参りしよう」


「え、勝手にしていいの」


私はポンプ式の井戸へとむかう。近くにあった手桶と柄杓をとり、水を汲んだ。冷たい飛沫が顔に飛び、思わずきゃあと声をあげる。須賀君も井戸のそばで裸足になり、自然に水のかけあいになる。

井戸の水は先ほどのプールのものより冷たく澄んでいた。カルキ臭もなく、塩素の匂いもしない。どこもかしこもびしょ濡れになり、顔を見合わせて笑った。一息吐いて、私は言う。


「ここ、私のお父さんいる」


「うそっ!」


「うそよ」


私は今度こそ水を汲み、桶を抱えて近くの墓の前へ行く。知り合いでもなんでもない家のお墓である。不気味なほど綺麗に掃除してあるが、お供えものの類はほとんどなかった。花はこの暑さだと枯れてしまうからだろう。ただ、使い古した雑巾が畳まれたまま、石の床に置かれていた。

昼間の墓場に死の匂いはしない。そこにあるのは生活だ。生きている人間の。

墓に水をかけ、手を合わせる。隣をみると、須賀君も同じようにして目を瞑っていた。先ほどの水のかけ合いのせいでしっとりと濡れた長い睫毛が、微かに揺れている。扇情的だ。狙ってやっているのだろうか。私は誤魔化すように口を開く。


「ねえ須賀君、死体って見たことある?」


「ネットでなら」


「本物は? 私はあるよ。べつに怖くないよ。生きてるのとおんなじ。ただちょっと白くて動かないだけ」


「ずいぶん違うんじゃん、それは」


「そうね。そうかもね。……李菜の男にね、ネクロフィリアがいるの。死体愛好家。だから彼の相手をするとき、李菜はいつも死体のふりをするのよ。面白いよね?」


「李菜さんは死体にもなれるのか」


「そうよ。……死んでからも恋するの」


「ふうん。それは……うんざりだね」


「……ねえ、須賀君」


思案顔の彼に私は言う。


「ネクロフィリアはつまるところ、相手の人格の否定よ。死んだ人に自分の幻想をおしつけて、理想の相手を永遠のものにするの」


夏、太陽、プール、井戸、墓場。


「そう李菜さんが言ったんだね?」


「……ここまでシチュエーションを整えてあげているのに、もう」


冗談めかして答えながら、私は手桶と柄杓を片付ける。そろそろ太陽の光も弱まり、墓場は墓場らしい様相を呈してくる。

どちらからともなく手を繋ぎ、私たちは帰ることにした。まあ、墓場でラブシーンなんてゾッとしないよね、と笑いながら。



おわり。

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