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ビッチに学ぶマザー・コンプレックス

「ところで私、彼氏できた」


ある日の朝食どき、湯気の立つコーヒーカップをコン、とテーブルに置き。私はできるだけ何気なく李菜に報告したが、彼女は舌なめずりせんばかりに興奮している。


「あら、半年ぶりくらいじゃない?おめでとう。よかった、心配してたのよ、このままずっとさみしくフリーでいたら、友達を紹介しようと思ってたの」


「友達?李菜の?」


私は顔をしかめた。私は小学生なので別に今彼氏がいなくても焦る必要はないと思う。しかし筋金入りのビッチにそんなことを言っても仕方がない。


「ビッチな李菜の友達なんて、セックスがうまい青年かセックスがうまい壮年かセックスがうまい老人しかいないじゃん」


私はもっと若者らしい爽やかな恋愛がしたいと思う。


「失礼ね、別に男が下手でもいいもの。あたしが上手いから」


そうでした、母は節操なしのビッチでした。私は対応するのも面倒くさくなり、李菜お手製のハニートーストをかじる。口の中に広がる芳香。べたりとした触感。朝の頭を目覚めさせるために、強烈に甘くしてある。


「李菜の友達でも、小学生に手を出すようなロリペド野郎はこっちからお断り」


「てことは、今度の彼氏、同級生ね?」


「そうよ、須賀君ていうの」


「連れて来て!」


李菜は、まだ化粧もしていないのに何故か濃く赤い唇を笑みの形に歪めた。なんという危険な表情だろうか。私はため息を吐いて了承した。



「君も大概マザコンだよね」


隣を歩く須賀君が呆れたように言う。

私は学校で朝一番に「李菜が須賀君に会いたいっていうの。だから今日うちに来て」と彼に伝えた。そのとき私はよほど不機嫌な顔をしていたらしい。なぜだろう、自分でも意味不明だ。須賀君を李菜に見せたくないのだろうか。そんなにも私は須賀君に依存しているのだろうか。まだ二ヶ月しか付き合っていないのに。そう考えていると、須賀君は「君は李菜さんを僕にとられたくないんだ」ともっともらしく分析し、さらには「私はマザコン」という不名誉な結論を導き出したのである。


「私はマザコンじゃない。だいいちマザコンていうのは普通は男の子がなるもんじゃないの」


「そうだね。僕はちがうけど」


だいたい、李菜は私の母親だがどう考えても「母親」らしくはない。容姿からして小学生の子供がいるようにはとても見えない。絶世の美女だとか、そういうわけではないのだが表現するのが難しい女なのだ。ひとによってここまで評価のブレが激しい女性も珍しいと思う。この私にだって、李菜がこの世のものとは思えないほどきれいに見えるときもあり、地獄からやってきた悪鬼のごとく見えるときもある。ただ、他のお母さんのように「所帯染みて」はいないと思う。うまく言えないが、李菜はいつもこの社会からはみ出しているのだ。私は李菜がある程度「普通」に生活を送っていることに違和感を覚えるのである。



放課後、須賀君を連れて帰宅すると、李菜が玄関で出迎えてくれた。てろんとした、柔らかい素材のワンピースがとても似合っていた。


「李菜、須賀君はとっちゃだめだよ」


ただいま、の挨拶もなしに釘を刺すと、あらあ言うようになったじゃない、と彼女は笑った。


「娘の男に手は出さないわ」


「ビビっときたら略奪愛も辞さない、って前に言ってたの覚えてるから」


私の言葉に李菜は返答せず、どうぞ上がって、と須賀君に微笑む。廊下にある大きな窓に血のような夕日が差し込んでいた。



「どうぞお構いなく」


応接間に通され、ソファに身体を埋めた須賀君はリラックスしているようだ。李菜を見て緊張しない男を初めて見た。これなら合格点だろう。ちらりと李菜を盗み見た。

李菜はコーヒーとお菓子をテーブルに置いた。ブルーマウンテン(李菜の男のひとりが、コーヒー豆の輸入の仕事をしているのだ)に、こんがりと焼いた厚いワッフル。バニラアイスとチョコレートが添えてある。須賀君はいただきます、と躊躇なくフォークを口に運んでいる。


「マザコンなのかな。私」


ぽつりと口から零れでた言葉は、李菜によって優しく受け止められた。


「マザコンが、母でないとダメな理由はわかる?取り替えがきかないからよ。唯一無二の存在。それが母親よ。しかも彼女は永遠に手に入らない。彼女は父親のものだからよ。その女自体が欲しいわけじゃない。女が『母親』だからこそ欲しいの」


「じゃあ私はマザコンじゃないね。私は『母親』の李菜が欲しいわけじゃないから」


私は李菜が李菜だからこそ欲しいのだ。李菜が母親でなくても私は彼女が好きである。


「やっぱり僕より李菜さんじゃないか」


須賀君が肩を竦めるが、別に気にしてはいないようだ。美味しそうにワッフルを食べている。


「須賀君は私の唯一よ」


「よく言うよね」


私はアイスクリームを指で掬いとり、自分の脚に塗りつけた。バニラとシナモン。甘くひとを酔わせる香りである。

小学5年生になったばかりの須賀君は先日、フットフェチシズムに目覚めた。彼女としては、彼氏の多少の特殊な性癖は広い心をもって受け入れなくてはならない。これも李菜の受け売りだが。そして脚フェチはべつに特殊でもなんでもないが。


李菜はいつの間にか部屋からいなくなっていた。



おわり。


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