東京事変
東京は喰われた。
何に喰われたのかは分からない、だが確かに東京という町は消滅した。最初から何も無かったように、残ったのは灰色に汚れた土だけだ。
俺はただただ走り逃げた。何に追われていたわけでもない、でも立ち止まれば自分も灰の一部になる気がしていた。だから走った、ほかの死んでいった人間たちと同じ道を進むなど勘弁してほしい。
結構な距離を進んでいるうちに、平面だった世界に突起物が見えた。近づくとそれが地下通路に繋がる階段の入り口だと分かった。
俺は迷うことなくそこに入った、無限に広がる世界よりは壁がある方が落ち着ける気がしたからだ。
地下は地上と同じく何も無くやはり灰色だった。それでも建物の骨格があるだけ奇跡に思える。
道は真っ直ぐらしいので奥へ進む。徐々に入り口からの光が薄れ足元が不安だが、見えない訳では無い。
――タン、タン
地面はコンクリートなのだろう、閉じられた空間に足音がよく響く。
無限に続く道の中、自分だけなぜ生きているのか考えてみることにした。
この事件が発生したのは3日前、爆発音と共に東京23区の半分は消滅――そしてこの3日間で東京23区は今の状態へと至った。かなり断片的なのは自分が今日まで自宅の地下室で気を失っていたからだ。
地下室と言っても普段からそこを自らの部屋として使っていたためそこに居たのは不思議では無い。何かが爆発したところから今日まで意識が飛んでいたのは分からないが、パニックになったと言えばそこまでだ。
地下室から出るとやはり無の世界だった。あるはずの自宅、その日通ったはずの学校は無かった。
そして何かに駆られ走り回って今に至る……運が良かったとかで済む話では無さそうだが、やはり他に理由は見当たらない。
――タン、タン
かなり歩いたが出口が見当たらない。もちろん入口がたまたま開いていただけで出口は消されている可能性はある。
――タタン、タン、タタン、タン
とりあえず座って休もうとした時違和感にようやく気づいた――明らかに足音が1つ多い。
その場にしゃがみこんで後ろを向く。足音の正体は見えないが後方に居るのは確かだ。
――タン、タン
音だけが近づいて来る、距離は分からない。腹の辺りが冷たくなるのを感じながら、そのままの体勢でゆっくりと進むことにした。
――タンタンタンタンタンタン
加速した!?
何かを考える訳でも無く立ち上がり全力で走った。まともな体力は無く今にも倒れそうだが走った。
後ろを振り向く、暗闇のせいでやはり何も見えない。
腰のバックから携帯電話を取り出しバックライトを点ける。居場所がバレるなど気にしていられない。
小さいな灯りがらも俺の視界を満たすには十分な灯りだった。
その光の広がりと共に、両手を力無く吊らした血まみれの男がいることに気づいた。
「……」
悲鳴を上げそうになったのを必死に堪えながらその男に近づく。音の正体は彼だったんだ、俺と同じく誰かを探していたのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ね、……えてくれ」
何て言ったのだろう。掠れていて何を言っているのか分からない。
「すいません、もう一度言ってくれませ――」
そう言いかけたとき、腕が飛んで行くのが見えた。彼の力無い腕が飛んだのだろう。
「……死ね、人間なんて消えてくれ」
また腕が飛んだ。彼の片方の手が飛んだのだろう……。
「うわああああああああああ――!」
俺は彼に向かって走った。今度は耳が飛んでいた気がする……ただそんなことはどうでも良い。今は早く地上に出なくては。
彼の横を通過した時なぜか俺は転んだ。何も無い所で転ぶとは……。立ち上がろうとするが、力が入らなかった。
……。
…………。
「クソジジィ! お前が殺したのかみんなを?」
「死ね、人は消えてくれ」
「何なんだよ、お前だって人だろ? なら真っ先にお前が死んでくれよ、勝手に価値観を押しつけるな!」
「……私は人では無い、そして既に死んでいる」
何だよこのオッサン……この年でまだそういう病気かよ、悔しくて笑えるてくるよ。
「じゃあ何なんだよ、オッサン?」
「神だ、私は神だ」
「ハハハハハハ、神だってよ神! 今時小学生ですら言わねえよ」
笑っていると何かが再び飛んだ。誰かが苦しみながらも必死に笑おうとしている顔だった。
東京事変。この事件はそう呼ばれることとなった。東京に居た何百万の人間、その全てが一瞬のうちに犠牲者となった。奇妙なことに、遺体は全く発見されることは無かった――この事件最後の犠牲者、坂上潤を除いて。