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緑の扉 <ダーク七都Ⅰ>  作者: 絵理依
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第5章 魔法使いの館 9

「あの剣は、見事に私に反応していた。やはり、私がアヌヴィムだという証拠か……」


 セレウスは、地下への通路を再び降りながら呟いた。

 猫たちは、犬がいなくなったので再び姿を現し、地下の通路にも数匹ついてきている。


 この館で『アヌヴィム』といえば、たいていはゼフィーアのことを指した。

 セレウスも魔法は少し使えたが、ゼフィーアの足元にも及ばない。ゼフィーアも、弟をアヌヴィムとは認めていないような節もある。セレウス自身、アヌヴィムであるという自覚は、日頃から持っているわけではなかった。

 だが、エヴァンレットの剣は反応した。おまえはアヌヴィムの魔法使いなのだ。そう告げるかのように。

 その現実をあからさまに突きつけられたような気がした。


「ならば、行状を改めねばならぬか。アヌヴィムとしては、不真面目に暮らしてきた。あの方もここに来られたこの折……。そういえば、あの剣、魔神族のあの方には反応していなかった。あの方の言われた通り」


 セレウスは、カトゥース畑の扉を開けた。

 青白い静寂に満ちた空間が彼を包む。

 セレウスは『あの方』、つまり七都を探す。


「ナナトさま?」


 一瞬セレウスは不安になったが、七都がカトゥースの間で眠っているのを発見して、ほっと胸を撫で下ろした。

 蝶たちが七都の髪に、宝石で作られた見事な細工の髪飾りのように止まっている。

 セレウスは屈み込んで、眠っている七都をやさしい表情で見つめた。

 やはり、自分が子供の頃に出会った魔神族によく似ている。その魔神族の娘だというのなら、当然のことかもしれないが。

 遺跡の庭に突然現れた扉。その扉を開けて出てきた魔神族の女性は、この少女と同じように緑の髪と葡萄酒色の目をしていた。彼女は、唖然として立ち尽くすセレウスを見つけ、微笑みかけた。今でもはっきりと覚えている。

 だが、目の前で眠っている少女は、あの女性とは違う。妖艶さも成熟した美しさも、まだ持ってはいない。

 こうして横たわっていると、人間の少女と同じだ。とても魔神族には思えない。

 なんとあどけなく、無防備に眠っていることか。子猫のように丸まって。


「私では、あなたのアヌヴィムにはなれませんか?」


 セレウスは、呟いた。

 それからセレウスは、しばし黙って七都を眺めたあと、立ち上がる。


「このまま少しの間ですが、眠っておいて下さいね。まだカトゥースも用意しなければなりませんし」


 再びセレウスは、カトゥースの花を切り始める。



 七都は、夢を見た。

 青い夜の空間。天には太陽のような月が輝いていた。

 少年が、ひとりで遊んでいる。鮮やかな赤い髪、大きな緑の目。

 彼の下には、石畳があった。あの遺跡の石畳だ。

 彼は白い小石を握りしめ、石畳に何か絵を描いていた。

 やがて、遺跡の何もない空間に、扉が現れた。

 アイスグリーン。白緑の扉。七都のリビングにある、あのドアだった。

 ドアが開き、女性がひとり、出てくる。

 長い緑がかった黒髪、白い肌、目はワインレッド。だが、顔はぼやけていて、はっきりとはわからない。

 白っぽい、ギリシアの女神を思わせる流れるようなデザインの衣装をつけ、肩には真っ黒な猫を毛皮の飾りのようにだらりと乗せている。彼女の肩に軽くちょこんと置かれている黒猫の両前足は、先だけが白い。

 彼女は少年に気づいた。そして、ゆっくりと少年に近づく。

 少年は、絵を描いていた手を止め、彼女を見上げた。

 彼女は少年に、にっこりと微笑んだ。


「魔神族の匂いがする。あなたの遠いご先祖は魔神族なのかしら。そして、近いご先祖はアヌヴィム……?」


 彼女は、少年に顔を寄せた。黒猫の目が金色に燃える。


(え? 何するの?)


 七都は、夢の中で叫んだ。


(やめて、何するの、お母さん――!!!)


「は?」


 七都は、目を開けた。

 目の前のとても近いところに、セレウスの顔があった。

 耳の横に彼の胸があり、彼の手が膝の下にあるのを感じる。

 七都は、赤紫の目をいっぱいに見開く。

 セレウスもまた面食らった様子で、いきなり目を開けた七都を見つめ返す。


「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!!!!!!」


 七都は、喉から声を絞り出して、思いっきり叫んだ。

 セレウスは、慌てて七都から離れる。


「別に、何かをしようってわけじゃありませんから!」


 セレウスは、憮然として言った。


「ただ、こんなところでずっと寝ていただくわけにもいきませんので。お部屋にお運びしようかなと思ったんです」

「あ。そうなの。ごめんなさい」


 七都は言ったが、ちょっとほっとした。

 もう少しで、彼にお姫様だっこされるところだった。ぎりぎりセーフ。

 でも、眠ったふりして、そのまましてもらったほうがよかったかな。

 ほんの欠片くらい、そう思ったりもする。


「それに、私は、あなたの『お母さん』じゃありませんから」と、セレウス。


 しまった。声が出てた。

 七都は、慌てる。


「えーとね。変な夢を見ていたの。小さな男の子が出てきて……。あれはあなただと思う。お母さんも出てきて……。お母さんは、あなたに何かした?」

「魔力を少しいただきましたよ。アヌヴィムとして」

「それだけ?」

「いだだいたものは、それだけです。さ、カトゥースの花もたくさん取れましたし、戻りましょうか」


 セレウスが、微笑んだ。

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