表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑の扉 <ダーク七都Ⅰ>  作者: 絵理依
18/30

第5章 魔法使いの館 7

 七都とセレウスは、館の地下に続く通路を降りて行った。

 地下とはいえ、通路には地上の館の中と変わりなく装飾が施され、明かりも十分だった。


「えーと。確か、畑に行くのでは?」


 七都は、セレウスの背中に向かって訊ねた。


「畑だからといって、地上にあるとは限りませんよ」


 セレウスが振り返る。


「そりゃま、そうだけど」


 畑と言われれば、七都はやはり、キャベツ畑とかカボチャ畑を思い出してしまう。カトゥースは花だから、菜の花畑とか、チューリップ畑。

 もちろんイメージでは、どの畑も地上にあり、太陽の下に広がっている。


「カトゥースは魔の領域の植物です。太陽に当てると、枯れてしまいます」


 セレウスは言って、地下通路の突き当たりに現れた扉を開けた。

 七都は、あっと小さく声をあげる。

 青白い空間に、虹色の絨緞がはるか遠くまで続いていた。


「きれい……」


 絨緞に見えたのは、虹色に光るたくさんの花々だった。

 まるで花の形を詳細に再現した立体的なネオンが、そこに大々的に集められたようだ。

 その空間は、館の地下全体がこの畑で占められていそうなくらい広かった。

 そして、その花々の上をふわふわと音もなく飛び回っているのは、あの蝶たち――。

 遺跡の庭で、眠る七都を守るように覆い尽くしてとまっていた、透明な蝶たちだった。

 花と蝶は、頭上に規則正しく並んだ円形の青白い光に照らされて、どこか妖しい雰囲気さえ漂わせている。

 その光は、遺跡の広間を照らしていた明かりによく似ていた。


「これがカトゥースの花。遺跡にあったのとは、色が違ってる」


 七都は花を一つ、つまんでみた。

 確かに、あの大皿の上で枯れていた花と同じだ。

 ただ、目の前の花々はもちろん新鮮でみずみずしく、透明に近い乳白色をしていた。


「魔神族の方々が召し上がる、唯一の花です」


 セレウスは、鋏を手にして、花を切り始める。


「あ、私も手伝います」


 七都は言ったが、彼は首を振った。


「あなたにそんなことはさせられませんよ。お客様は、おとなしくそこにいてください」

「でも……」


 セレウスは、クスリと笑った。


「やはり、あなたは魔神族にしては、変わっておられる」


 手際よくセレウスはカトゥースの花を切って、丈夫そうな布袋の中に入れていく。

 布袋はただの布製ではなく、黒い塗料で内部を丁寧にコーティングされているようだった。

 七都はフードを取った。そして目を閉じ、深く息を吸う。

 地上の太陽の熱気とは対照的な、ひんやりとした心地よい空気。微かにコーヒーの香りが混じっている。

 素敵だ。生き返る気がする。

 やっぱり、ここの太陽は苦手かもしれない。少し慣れたとはいえ。

 蝶たちがひらひらと舞いながら、七都の髪にとまった。

 間もなく七都の頭とマントは、蝶だらけになる。


「なつかれてますね」


 セレウスが言う。おもしろがっているようだ。


「この蝶って、魔神族が好きなの?」

「わかりません。でも、魔の領域の蝶らしいですからね。あなた方の世界に属しているのでしょう」


 セレウスは、切り取った花をひとつ、七都に差し出した。


「どうぞ。召し上がってみられます?」

「ありがとう」


 七都は受け取り、口に入れてみる。

 やはり、『花』を食べているという感触が、口の中いっぱいに広がった。舌触りもよくない。

 コーヒーの香りは確かにするが、それ以上の味はない。甘さは少しあったが、美味とはいえなかった。

 油でいためるとか、スープに入れるとかしたほうが、味としてはまだましになるかもしれない。

 そういう料理を今の七都が食べられるかどうかは疑問だが。


「さっきのお茶のほうがおいしい」


 七都は、呟いた。


「まあ、でも、多少はお腹の足しにはなると思いますよ」


 七都はセレウスから再び花をもらって、口の中に押し込んだ。



 扉をたたく音が、青白い空間の中に響く。

 セレウスは、さっと動いて扉を細く開けた。

 ティエラがそこに、不安げに立っていた。


「どうしました?」

「門の前に、客人が……」

「では、応対しましょう」

「とてもかわいい方なんだけど……。でも、よく吼える犬も連れてるし、それに……」


 ティエラは、ちらりと七都に視線を移して、すぐに戻した。セレウスは、頷いた。


「すぐ行きます」


 セレウスは、七都を振り返った。


「また戻りますので、ここで待っていていただけますか?」

「うん、もちろん」


 セレウスはその広い地下空間に七都を残し、静かに扉を閉めた。



 セレウスが出て行った後、七都は地面に腰を下ろした。

 蝶たちは、七都の頭やマントを休憩所にしているようだ。ひらひらと舞っては七都にとまり、また花の間を飛び回る。

 眠い……。

 七都は、気だるい眠気を感じた。

 この蝶たちにたかられると、眠くなるのかもしれない。

 それとも、ここの太陽から開放された場所にいるために、気が緩んで疲れが出てきたのか。

 七都は、目を閉じる。


 静かだ。

 今まであったことは、現実のことなのだろうか?

 扉の向こう側にあったこの世界や、これまでに出会った沢山の人たちは、本当に存在するのか?

 やっぱり、夢じゃないのだろうか。最初から、ずうっと夢を見ていただけなのでは……。

 期末テストが終わって、気が抜けて、自分の部屋のベッドで寝転んで見ている、長い夢。

 実は、本当はそうなのかもしれない。七都は思ってみる。


 でも、遠い。自分の家も部屋も、遠い遠い彼方に、かろうじて存在しているような気がする。

 果林さん、心配してるかな。

 元の世界では、どれくらい時間がたっているのだろう。

 二つの世界の時間の流れが同じなら、果林さんは、もうとうに帰っているはずだ。

 靴もないし、どこかに出かけたと思うだろうか。

 果林さんの顔を思い描いてみようとしたが、それはぼやけていた。

 このままこの世界に長い間いたら、ますます思い出せなくなってしまいそうな不安を、七都は微かに覚えた。


 眠い。

 体から力が抜ける。

 七都は、虹色のカトゥース畑の中で、横になった。

 透明な蝶たちが、薄青い光の中をふわふわ飛び交う――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=735023674&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ