その夕日が沈む時に
・ゆるいぐだくだ話です。リハビリ用です。
その夕日が沈むのはいつだって遅い。
帰り道を黄昏色に染め始め、やがて、黄色が橙に、そして、紫から静かな青へとかわる時間。そのぐらいの時間があれば、悠々と家にたどりつけた。
だけど、
だけど、今日だけは。
そう、小さく願ったのは私のわがままかな?
1 よくあるよく当たる占い師
私立Sヶ丘高校の校舎に電子音で作られたチャイムの鐘の音が響く。
うるさいぐらいによく作られた鐘の音は何でも創立した校長先生のこだわりらしい。
ただ、慣れた生徒たちは、必要以上に聞こえないようにするか、教室にある校内放送のスピーカーのボリュームが必要最低限にまで絞られていた。
「みさき、」
佐藤 結は2年4組でも学級委員を勤めるぐらいの秀才だ。
というか、成績自体はそれほど優秀でもないが、黙っている限りは落ち着いていて、あわてず、冷静で、ま、クールビューティーとクラスの男子が和英辞書で聞きかじった単語をつなげて揶揄って居るぐらいだ。
そんな彼女が、四限目の終わりのチャイムといっしょに斜め前の席でどこかをぼーっと見つめたまま動かない別の女子の背中に声をかけていた。
「みさき」
返事はない。ただのしかばねのようだ。
結の頭の中でそんなフレーズがうかぶ。ちょっとふきだしそうになるが、笑いをかみきった。睡眠時間と攻略中のゲームを天秤にかけてあっさり睡眠を72時間放棄する結だが、学校でそれを知っている者は少ない。
結は声をかけるのを中断し、しばし考える。
親友、と呼んでいいか悩んでいるといったら涙目で押し倒しに来そうな、佐藤 みさきは一体何をしているのか?ちなみに、同姓なんだが、血筋の関係は全くない。いや、あったら否定したいと結は常々思っている。
もし、授業が眠すぎたなら、頭を伏せているはずだ。たしかに、さっきの4限目は数Bは眠い時間だった。だけど、昨日エリュシオン・ブレイクを攻略していた私に比べたら全然なはずだ。
「みさきっ」
強めにもう一度呼んでみた。
眠いの我慢して、数Bを耐えた自分をバカにされた気がしたからだ。
だが、返事はない。
仕方無しに視線の先を追ってみる。
その先には、教室の片隅で別の男子生徒と談笑する村山 渉の姿があった。
ああ、そう言う事かと理解。きっと、親友はほれっぽさに拍車をかけて、「昨日優しくしてくれたから」とか、「今朝、おはよっていたら、おはようってかえしてくれたんだよ」とか、そういう理由で恋をしたんだろう。
「みさき、村山君がどうかしたの?」
「ん! んん、そんな事ない。ぜんぜんないよ。そんな事あるわけないじゃん」
みさきがそういうヤツだと、結はよく知っていた。
「みさき」
「あ、結。珍しいね。今日はすぐにかえらなかったんだ。なんかゲームの攻略の最中じゃなかったの?」
なんかカチンと来た。
こっちは先にかえると怒り出すみさきに声をかけて一刻も早くエリュシオン・ブレイクの攻略に戻ろうってのに。
「別に、」
表情をなるべく無意識にして、短く言い捨てた。
怒りを一回通り越して呆れて、それからもう一回怒りたい気分だった。
ただ、みさきに声をかけたのはもう一つある。
エリュシオン・ブレイクが発売されたのは、今から8ヶ月も前で話題性と絵柄、それから、声優なんかが気に入ればすぐに購入けっていっ! の結だがおもしろくないゲームであれば、昨日今日には中古屋かネットオークションに二束三文で出品している。
だが、おもしろくないゲームであれば、である。
このゲームは結のツボに直下型地震を巻き起こした。とりあえず、公式の関連商品はすべて集めきった。現在、ゲームのエンディングも10回以上は目にしている。
熱も随分とトーンダウンして、さあ、次のゲームを決めようかというその矢先である。
近々、このエリュシオン・ブレイクの続編が発売されるという情報が藪から棒に出てきたのだ。
きっと、この夏の商戦目がけて、急遽人気コンテンツの続編が…………
という、企業側の思惑は結にはどうでもよかった。
問題はお金である。
それを確保するためにはみさきの協力が必要不可欠だったのだ。
「あ、なんか怒ってる? いやなことがあったなら、私が相談に乗るよ」
「別に」
底抜けにお節介なみさきの声が結の耳につきささる。
「あ、あのさ、行きたいところがあるんだけど、帰りにいってみない?」
「もう、そんなの言ってくれれば、いつでもオッケーだよ。最近、ゲームの攻略ばっかりでさ、寂しかったんじゃないの?」
「別に」
ずはっと、景気よく無表情に切り捨てたつもりだ。
だが、エンジンが暖まりはじめた暴走天然、みさきはとどまる所を知らない。
「またまた、で、何処行くの?」
話しているのがつらくなって、みさきの腕を引いて教室をでようとする。
「よくある、よく当たる占い師のところよ」
「へ? 結って、そういうのいくんだ?」
「いいから、いくよ」
もう、まともに相手をする気もない。
2 夕焼け色の無駄話
結は悩んでいた。
高校の校舎は、斜めになった夕日のせいでオレンジ色に染まり始めていた。
いくら帰り道といったって、きっと家に着くのは日がくれてからになる。
別に、高校生にもなって、日暮れまでに家に帰ってこいとか、夕飯までに帰ってこいとか、厳しく言われるような結の家族じゃない。だけど、今日やろうとしてたエリュシオン・ブレイクの攻略時間は確実に減りそうだ。
「そう言えば、どうして占い師のところなんかにいくの?」
みさきはすこしためらったように見せてから、こう付け加えた。
「ほら、結ってさ、ゲームは大好きだけど、占いって………」
みさきにしては、気をつったんだろう。ちょっと、たりないままに言葉を途切れさせた。
つまりは、みさきは結が普通の女子高生みたいに占いなんかにいちいち喜んだり、悲しんだりしないっていいたいんだろう。
「別に」
結はお金のため、お金のためと心の中で3回ぐらいとなえた。
怒っちゃいない。いないけど、みさきが日本中の女子高生代表みたいな顔して、そんな事をいうが気に入らなかった。
「あ、でも、結は結のままでいいんだよ。結には結のよさがあるんだから」
「知ってる。みさきがわざわざ言葉にしなくたって」
どうだろう。もしかしたら、みさきは自分の事を心配してくれているのかもしれない。だから、そんな事を言ったのか?
でも、子供みたいな事ばっかりしているみさきが、私の保護者のつもりで、いつも、みさきの気まぐれで振り回されている私が、子供あつかいされているみたいだった。
「そうなんだ。知ってるならね、えへへ」
明るく元気なみさきがそんな事考えているなんて、少しうっとうしくなった。
そして、結はこう思った。
だって、どうして、どうして………
きっと、ゲームばっかりやっている私は、みさきをよい方へ導いてあげるられるほどいい人じゃない。
「だけど、早く帰ろうよ」
「なんで?」
「今日、ホームルームで先生が言ってただしょ」
みさきの言葉は結には正直うっとうしかった。まるで保護者みたい。
「もうっ!」
なにかあったかと結が記憶のはしばしを探していると、みさきはじれったそうにいった。
きっと、みさきからすると、すぐに言葉が出てきて当たり前の事なんだろう。そんなに大切な話なんてあっただろうか? あんまりにも眠すぎて覚えてもいないなぁ。
「日暮れぐらいに、この辺りでヘンシツシャがでるんだって。そんなのに出会ったら、大変だよ?」
結は言葉に困った。
みさきはまるで、早とちりで有名な近所のばあちゃんみたいだった。具体的な事なんて何一つない。ただの思い込みみたいなもので大騒ぎする。
「みさき、じゃあ、そのヘンシツシャってのに出会っちゃったら、どーなるの?」
「え?………あ、うん、大変な事になるんだよ。きっと」
ほら。
小さくため息。
きっと、小学校低学年ぐらいだったら納得させられるんだろう。
「はいは、とっても怖いねーっ。大変だねーっ」
結はとっとと用事をすませて、家路につきたくて仕方がなかった。
結はふと考える。
そりゃ、小さい頃は、みさきは私にとってお姉さんで、寂しかった私があとをついてまわっていた。
保育園も小学校の児童館のころも一緒で、私はこんな風じゃなかったと思う。
みさきとうまくやってた。頼れるおねえさんのみさきは保護者で、私が…………。
でも、気がついたらこんな風になっていて………
別にみさきが嫌いなわけじゃない。ただ、いつまでも小学校の頃から成長してないみたいに扱われている気がして………
そんなような事をいままで何度か話をした気がする。
だけど、みさきはその度におどけるばかりで、小学校の頃のある意味優しいみさきのままだ。
それがちょっとうれしくもあり、でも、いつまでも私は彼女の中では小学校の私のまんまなんだろう。
もう少ししっかりしてほしいんだけど、最近はあきらめている。
保護者がどうとかいったけど、結局私だって、そんなにほめられたもんじゃないし。
結はコメカミのあたりに力をいれて、眠気を飛ばした。
いつもだったら、なに気にあしらえるみさきの事で、こんなに考えるなんてきっと眠たいからだ。
「さあ、いくよ」
今の目的は、新聞部の友達にたのまれた占い師に会いに行けばいいんだ。
今日、明日でみさきがいなくなっちゃうわけじゃないし。
頭の中で一言据え置いてから振り返る。
すると………
「っ?!」
そこには、みさきではなく、年齢不詳の男の人が立っていた。
「ゆっ、結っ!」
結の耳に、その男の向こう側からみさきの声が届く。
結より身長の高いその男の顔を見上げると、結の顔を見てにやにやしている。
それだけで、結には背筋に足のいっぱいある虫がゾゾッと這ったような気分だった。
今すぐ悲鳴を上げて、逃げてしまいたい。
そんな状態が突然やってきた。
でも、結は知っている。きっと、ここで逃げ出しても、目の前に現れたこの男を喜ばせるだけだ。
声を飲み込み、呼吸を押し殺し、表情を押さえ込んだ。
「すいません」
声は震えていなかった。手も足も震えていなかった。
きっと、大丈夫。結は自分に言い聞かせる。
男の脇を通り過ぎると、唇が蒼く、恐怖の表情に震えるみさきがいた。
「いこう」
結は我を忘れたみさきにいつのまにか握りしめていた手を差し出す。
それでも、みさきはその手を受け取ろうとはしない。
結は返事も待たず、みさきの腕を引く。
このまま歩き出せば、少し進んでから、走り出せば、きっと大丈夫。
いつの間にか、結は心の中でそうつぶやいていた。
「あ………う………」
水から上げられた魚のようにみさきは口をぱくぱくさせている。
「みさきっ!」
ちょっと、強く名前を呼ぶと、ビクッと一度だけみさきの腕が震えた。
もう待っていられない。そう思った結は、返事も待たずに一歩踏み出した。