塔の魔法使いと新たな階層
ファーファに呼ばれ、男が食堂に着いてみると机にはリゾットが用意されていた。
セラフィが言うには、外が普段と比べて一際寒いのでとの事だった。
「おい糞餓鬼。俺は今日は晩飯は要らねえから俺に構わず食べろ。いいな?」
「お父さん今日はお出掛けするの?」
「いや、ちょっと上の階へ用があるだけだ。」
「うーん…。」
セラフィは男の口から《上の階》と出た時、一瞬眉間に皺を寄せるが、ファーファに気取られる前に直ぐに元の明るい表情に戻した。
【もしかすると上階への新しい扉が開いたのですか?】
【ああ…久しく動きを見せていなかったが、どうやら今朝方開いたらしい。懐かしい気配がするんでな。挨拶がてら殺しに行ってくる。】
【塔の中では何があるか分かりませんから……十分御気を付け下さい。】
【殺されてえのか。てめえに心配されるまでもねえよ。】
念話を一方的に切ると、男は目の前の皿を空にし、席を立つ。
「…お父さん!!」
直ぐに自室へと向かおうとしたところでファーファが男を呼び止めた。
「…何だ糞餓鬼?」
「やっぱり、待ってるから。早く帰ってきてね!」
「……ふん。」
ファーファは何時もと違う何かを感じたのか、何処と無く不安そうに男が扉へと足を運ぶのを見つめていると、男はドアノブに手を掛け動きを止める。
「俺に逆らうなんていい度胸じゃねえか…晩飯の時に説教の一つでも覚悟しとけよ。」
「うん!行ってらっしゃい!!」
「……要らねえ心配してんじゃねえぞ糞餓鬼。」
男は最後にそう言い残すと、笑顔のファーファを背に今度こそ部屋へと戻っていった。
部屋に入ると男はまっすぐ部屋の右奥へと向かう。
そこには白いラインで描かれた魔方陣が刻まれており、男はその上に立つと指先から血を一滴地面に垂らした。
魔方陣はその血が染み込んでいくかの様に赤く染まっていき、淡く光出す。
「最上階へ運べ。」
そう呟くと、男は急な浮遊感に襲われ、気が付くと広い部屋の真ん中に佇んでいた。
その部屋は先程の魔方陣が足元にある以外は、目の前の扉しかない部屋で、男はその扉へと歩いていく。
男が扉の近付くに連れて、何故か自然と扉はゆっくりと開かれていった。
扉を潜ると、その先はだだっ広い廊下が広がっており、左右の壁に幾つかの扉が確認できる。
その扉達は、やはり男が足を進めて行くと一つ一つ自動で開かれていく。
「大層な歓迎っぷりだな。あんまり歓迎され過ぎて笑えてくるぜ。」
その部屋からは次々と赤、黄、青、白、黒と色とりどりの小振りなドラゴン達が這い出てきた。
「「「「「シャアアアアァァァァァ!!」」」」」
「うぜえぞ。雑魚が何匹出てきたところで相手にもならねえよ。」
男は吼えるドラゴン達に手を翳し、そして直ぐに手を引っ込め勢いよく後ろへ飛び退く。
「チッ。どうなってやがる!?」
そう言うが早いか、男が飛び退くと殆んど同時に男の魔法が大きな爆発を起こした。
近くまで来ていたドラゴン達はその爆発に巻き込まれ、その場には焦げ跡が残っただけで遺骸すら形は残っていない。
先程の爆発は初心者によく見られがちな魔法の暴発だったが、男の持つ魔力は膨大だったため爆発の規模も比例して大きく、男は少なくないダメージをその身に負ってしまう。
男はその傷を治そうと、今度は慎重に回復魔法を自身に掛けることで暴発のからくりに気が付いた。
正確に云うと回復魔法は発動に至らず、ただ悪戯に大量の魔力を消費しただけで傷は治らず、身体を酷い倦怠感にみまわれた。
男の総魔力量をもし一万と仮定したとして、男からすれば今回の回復魔法は一も使用しない程度の少ない魔力量で済む筈なのに、今回男が失った魔力はおおよそ十前後。
一体何十倍、何百倍にすればいいのか、その差は男にしても図りきれない。
魔法は魔力を籠めれば籠めた分だけ強くなると思われがちだが、その実少し異なる。
魔法は例外があるものの、基本的なものから挙げれば、上中下と三段階からあり、下級魔法は少ない魔力で一定の出力を持つの魔法を発動させる事ができ、規定の魔力量より少なく籠めれば発動はせず、それ以上魔力を込めても霧散していくだけで威力は変わらない。
しかし、中級魔法からは少し違ってくる。
最低限度のラインより魔力量が少なければ発動しないのは中級、上級共に変わらないが、籠めれる魔力に幅があるのだ。
例えば本来一必要とする魔法の威力が五十だったとして、5まで魔力を籠めれる魔法であればその威力は約七倍近くまで威力が跳ね上がる。
しかし、6魔力を籠めた場合は式が流れてきた魔力に適応しきれず暴発するのだ。
暴発にはその使用する魔術の傾向が色濃く現れる。
攻撃的なものであれば先程のような爆発が、回復であれば逆に必要以上に疲労してしまうと言った具合だ。
それが先程男の魔法が暴発した原因だった。
だが、当然男はそんな初歩的なミスを犯すようなことはなかった。にも関わらず暴発してしまったのにはこの階層特有のフィールド効果によるものだったのだ。
その効果とは《使用する魔力をランダムで強制的に変えられる》というものだった。
「ふん。面倒な仕掛けを…。つまり、上限なんかない魔法をぶっ放せば簡単に方がつくってことだろうが!!」
男の前に金色に光る魔方陣が展開され、その中心に男の魔力が集まっていく。
「てめえらには過ぎた魔法だ。冥土の土産に受けとれ。術式《聖龍陣・焔》」
集った魔力は金色に光る龍を象り、広い通路をその巨体が完全に塞ぎ目の前の標的に放たれた。
その早さは正に光速で、ドラゴン達からすれば恐らくチカッと目の前が光ったようにしか見えなかっただろう。
本来どのような攻撃も通さぬ筈の塔の壁すらも、さすがに先程の攻撃による余波で所々溶けだしていた。
男はゆっくりと息を吐き出すと、袖口からタバコを取り出し、タバコを火を点ける。
さすがの男も、初弾の魔法の暴発によるダメージ、回復魔法の暴発による疲労、上限のない魔法の発動からの莫大な魔力の消費といった三段重ねに、珍しく息を弾ませていた。
だが、タバコを吸い終わる頃には、男の呼吸はいつの間にか正常に整っており、暴発によるダメージも残ってはいるものの、外傷事態は全て塞がっていた。
見た目は人間と変わらない男だが、契約者たる肉体は既に人間のそれとは作りが根本的に異なっているが故にだ。
それでも失われた魔力だけは直ぐには戻らない。勿論、一般的に見れば十分過ぎるほどの回復量なのだが、それだけ保有魔力と使用した魔力の量が他と比べて桁違いなのだった。
「さてと…。舐めた真似をしてくれた代償は高くつくぞ。銀龍。」
男は床や壁が完全に元に戻ったことを確認すると、手に持っていた吸い殻を投げ捨てる。
床の見た目だけでなく、固さも完全に戻ったことを靴底で確認すると、男は一番奥の扉へと足を運んでいく。
そして、男が扉の前に辿り着くと、軋んだ音をたてながら一際大きな扉は開かれていった。