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塔の魔法使いと愚考と愚行

少女はだらしなく口をポカンと半開きにしたまま暫く動きを見せなかったが、情報の整理がついてきたのか、徐々にその体を小刻みに震わせ―――


「な、なによこれ!?なんでファーファちゃんがここに映って…いやぁあああぁぁぁぁぁぁ!!」


絶叫した。


「何?何よ!?そう言うこと!?ぬか喜びさせやがって世界樹うぅぅぅぅぅううぅぅう!!一瞬でもあんたを信じたあたしがバカだったわ…。神は………神は我を見捨てたもうたぁぁぁ!」


「ひぃぃぃぃ!」


少女が叫ぶと同時に、迸る魔力が少女を中心に大きな光の柱を形成する。


その余波で辺りは嵐のような豪風が吹き荒れた。


その光景はまさに暴走。その証拠に光の柱が少しずつ体積を増していく。そして、それに比例して風も凶暴化の一途を辿る。


唯一違うところと言えば、依然として少女の意識がはっきりしているところだろうか。


凄まじい閃光に、かつて体験したことのない規模の荒れ狂う風。ハルマの心は既に折れていた。


まるで無力の子供と同じく、ただただ目の前の暴力が過ぎ去るのを体を縮こまらせて待つしかできない。


(こ、こわい…。誰か……誰か助けて。神様!…っ!?)


ハルマの祈りが通じたのか、はたまた魔力が切れたのか、何やら世界樹と呼ばれるものに罵詈雑言を一心不乱に送っていた少女は、今は何かを悟ったように全身の力を抜き、雲一つない真っ青な空を見上げていた。


「フッ…。」


突如として少女は笑みを溢す。だが、その顔は寂寞を滲ませていた。


「そう…。これはファーファちゃんの身体なのよね?てことはよ……。」


少女の膝は力なく折れ、膝と両手を地面に着ける。


「12になろうとしてるお子さまより私の胸は小さい…。つまりは…わ、わ…私の胸は…もしかして、ひんにゅ…いえ、待って。今身体が小さいわけでしょ?だから胸がちょっと大きく感じるとか?……そうよ。そうに違いないわ!!」


力強く土を握りしめると、ゆっくりと項垂れていた頭をあげる。その目には力強い光が息づいていた。


「こうしちゃいられないわ!早急に絶壁同盟セラっちに連絡を取ってファーファちゃんの胸が大きくなるのを防がなくちゃ!ふふ…ふふふふふ。古今東西の呪いと私の魔法、それに朋友セラっちの力があれば胸を一生育たなくすることなど簡単なこと。アーカイブに接続して情報を…ってそうか!クソ!繋がらないと思ったら今この体はファーファちゃんなんだった。……。それに、よくよく考えてみればセラっちに連絡取るのは危険ね。下手にソーマに勘づかれればソーマは愚かにも邪魔してくるに違いないわ!!高ランクの冒険者にでかい胸は枷になる。いいえ!むしろ呪いよ!!そう、そうよ!私はその呪いを解こうとしてあげてるの…。そう、全てはファーファちゃんのため。私のようになりたいって…言ってたものね。ふふふ…ふふふふふ。忘れない内に私にちゃんと連絡つけておかないと。」


長々と呟いていたが、どうやら納得のいく結論に行き着いたらしく、口元を弛ませながらも平静を装う少女。


念話を用いたのだろう。静電気にも似た、魔力が産毛を微かに撫でるような感覚がハルマにも感じ取れた。


『ヤッホー、ファーファちゃん。どうしたの?ソーマじゃなくって私に念話送ってくるなんて…ってファーファちゃん念話できたっけ?しかもこんな超長距離なんて凄いじゃない。』


「声がデカイわよ!今ファーファちゃんの身体だから上手く気配消せないの!あんたがしっかりサポートしてくれないと計画もおじゃんよ!?気を付けなさい!」


『……はぁ?』


少女が連絡を送った先。それはもっとも信頼のおける自分自身。ソフィアだった。


だが、ソフィアからすれば全く頭が理解に追い付かず、なんとも間抜けな声をあげるのだった。


「もう!あんただけが頼りなんだからしっかりしなさいよ!!鈍いわね!頭悪いんじゃないの!?」


その言葉はそのまま自分に返ってくることに気付かない。まさに、実に残念なソフィアらしい。


『ちょ…ファーファちゃんどうしちゃったの?……ははあぁぁん。マオね?あいつに言えって言われたんだ。ちょっと遠いけどできない距離じゃないし、サクッと魔法であいつの息の根を―――』


「殺すのは後にして、いいから私の話を聞きなさい!いい?これから言うことを耳をかっぽじってよーく聞くのよ。実はね―――」


事の顛末を話し始めた頃は子供を相手にするような口調で対応していたソフィアだったが、話が進むに連れて、何時もの人をからかった口調はなりを潜める。


『つまり、あの子には人が無意識に発散させている魔力を取り込むだけでなく、取り込むことによって同調することもできるってこと…。道理で魔力が不安定なわけだわ。取り込んで自分の物に昇華させるんじゃなくて、魔力に合わせて新しい魔力回路を創造してたってこと?いやでも、そんな事って―――』


「んなこたぁあどうでもいいのよ!!私の話し聞いてなかったの?」


『ああ、もう!煩いわね。聞いてたわよ。まだ使いこなせてない分本能が突っ走って冷静な判断ができないのか…まあいいわ。取り敢えずファーファちゃんの胸がこれ以上大きくならないよう対策は既に打ってあるの。ファーファちゃんのためだもの…抜かりはないわ。』


言葉とは裏腹に声音は随分とドスが聞いたものに変わっている。


「そう…だったの。そうよね。私なんだからそこら辺対策をしてない筈がなかったわ。」

「『そう、全てはファーファちゃんのために。』」


一言一句違うことなくファーファのためとハモって見せる二人だが、それで駄々漏れな本音が隠せていると思っている辺り、間違いなく二人は同一人物なのだろう。


『それはそうと、指輪に映像だけじゃなくって音声も記録されてるんだからきっちり改竄しときなさいよ。』


「フッ…抜かりはないわ。」


『よかった。まあ早いとこあんたは引っ込みなさい。あんまり長い時間留まるのもあの子の身体にはまだきついだろうから。じゃあねー。』


念話を終えた少女ソフィアは、まるで憑き物が落ちたように清々しい表情をしていた。


ゆっくりと深呼吸をし、軽く伸びをする。


「さてと……………どうやってもどんの?」



引っ込めと言われてみたものの、いざ引っ込もうにもどうすれば戻ることができるのか。考えてみたものの結局分からずじまいだった。


「そもそもどうやって出てこれたのかが分かれば取っ掛かりになりそうなんだけどなー……ん?」


人差し指を顎にあて、首をコテンと倒して考えに耽っていると、ふと、視界に入った者がいた。


「っ!?」


声が出せないのか、眼があったことで身体をビクンッと震わせるハルマ。


そんなハルマを見て少女は何かを企んだような歪な笑みを浮かべる。


「ねえ、あなた。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」


顎に添えていた手を横に伸ばし、手のひらを下へ向ける。その手からは無数の針が産み出され、キラキラと陽光を反射していた。


少女がハルマに近付くにつれ、体は震え、自然と歯が音を奏でる。その顔は絶望に染まっていた。


「チャンスをあげる。これはね、嘘つきが飲む針なの。嘘偽りなく私の質問に答えれば見逃してあげるわ。」


突然垂らされた救いの糸にハルマは是非もなく縋り着く。


少女はハルマの眼前に立ち、ハルマの顎に空いた手を添え、自分と強制的に視線を合わせさせると、笑みを強める。


「いい?よーく考えなさい。」


その言葉にハルマは狂ったように頭を縦に何度も振る。


「ふふ。良い子ね。」


ソフィアは左手を忌々しい膨らみに添えると、ゆっくりと口を開く。


「この胸は世間一般からすると小さいか、大きいか。子供にしては、とかじゃないから勘違いしちゃダメよ?一般的に、だからね。うふふ。」


「……。」


一般的に言えば、ローブを着ている少女の胸が目立つことはない。


無論この場合も例外なく、胸が膨らみをもっているのか注意してみなければ気づけない程度しかないわけで。


確かに子供にしては、やや大きい気がしないでもなかったが、一般的にと言われれば言葉に詰まる。


小さい。


ハルマは確かにそう思った。だが、目の前の少女は先ほどの天晴れな逆ギレから察するに、小さいことにコンプレックスを感じていることには間違いない。


そんな相手に小さいですと言えば骨の一本や二本では済まないだろう。しかし、嘘を言えば未だ延々と手のひらから産み出されている針がある。針は嘘つきに飲ませると少女は言った。


鈍い人間でも一目で強い魔力が籠められていることが分かるそれは、恐らく魔法の類いではなく、ハルマの剣を生み出す能力と同じで何らかの能力を備えた、一人一人が異なりながらも持ち得る力。異能であることには疑いようもない。


ならば備え持つ能力とは。その形状と少女の言葉から嘘に反応する能力。


(そうに違いない!あんなとんでもねえ力が籠められたもんを喰らうよりは、恐らくこっちの方が生き残る可能性は高いはず!!)


「小さい!世間一般からするとあんたの胸は小さい!」


身体を強張らせ、瞼をギュッと閉じて結果を待つ。


だが、ハルマの思いに反して少女からなんのリアクションもない。不思議に思いゆっくりと眼を開けると、動きを固まらせた少女がいた。


「あ、あれ?…も、もしもーし。御嬢さん?お、おーい。」


不気味なことに、サラサラと流れ落ちていた針までも時が止まったように止まっている。その様子はさながら滝が凍ったような状態だった。


「だ……………。」


「…だ?」


「ダウトォォォォォォォォォォォォオオオ!!」


ソフィアの手からサラサラと心地よい音をたてて流れ落ちていた針は、叫び声と共にギチギチと耳障りな音を立て始る。


それらは今にもハルマに飛びかからんとしているようだった。


「嘘つきは…針千本飲むんだったわよね?」


「ヒィィィィイイィィ!聞いてません!!そんな話し始めて聞きました!?」


飲む、とは聞いていたが千本と言うのは初耳だ。


「一度ならず、二度までも…有罪ギルティィィィィィィィィィ!!」


「うわあぁぁぁぁぁ!」


ハルマはなりふり構わず手に触れるもの全てをソフィアに向けて投げつけながら後ずさる。だが、その全ては砂一粒としてソフィアに届くことなく、尽く針に弾かれる。


二人の目には同じく狂気の光が宿っていた。違いといえば、一人は生きるために、一人は殺すために、といったぐらいか。


(死にたくない!死に、死にたくない!!)


腰を抜かしながらも這うように後ずさりを繰り返すハルマだが、抵抗虚しく二人の距離は徐々に詰められていく。


そして、ソフィアはハルマへと左手を翳す。


それに針達は応えるように飛びかかり、ハルマの周りをあっという間に囲んでしまう。


残された道は前のみ。そこには変わらず瞳に狂気の光を浮かべる少女一人。


文字通り絶体絶命の状態に、ハルマはズボンを湿らせる。


その様子に少女は僅かに眉を寄せ、そして、その眼から狂気の光が消えた。


少女から発せられていた強い殺気が消えるのに合わせ、辺りに漂っていた針達も姿を一瞬の内に消してしまう。


その状況についていけないハルマは一人辺りをキョロキョロと辺りと少女を見渡すばかりだった。


「…………マオお兄ちゃんが怒ってる。行かなきゃ。」


誰に話しかけるでもなく、ポツリとそう呟くと、ファーファはハルマに背を向け進み始める。


目の前の少女から消えた絶対的強者の気配。そして、理不尽なほど浴びせてきていた殺気。命の危機が去ったことにより、なにより、隙だらけの背後を見せる少女に、その憤りがハルマの全身を支配する。


「ガアァァァァアアア!!」


ハルマは隠し持っていた短剣を両手に強く握り込み、ファーファの背後より斬りつける。


「ぐ…ぁ……………。」


「邪魔………しないで。」


ハルマの一撃を振り替えることもせず、寸分の見切りで避けきった後、ファーファはいつの間にか手に持っていた杖の先によって、ハルマの鳩尾に致死の一撃を与えていた。


グジュ。抜き取る杖と共に背後から生々しい音が響く。


ファーファはそれを気にした様子もなく、街に向け走り出していた。

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