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塔の魔法使いと不運な男

ファーファが全身全霊をもって草原を駆けていくなか、不意に血の臭いが漂ってきた。


時間がない。そう想いながらも全力でその臭いを便りに少しずつ軌道を変えながら走り続ける。


時間にして十分程経過した頃、ファーファの視界に血を流しながらも必死に魔獣の群れから逃げる男の姿が入ってきた。


「うぅー…えい!!」


鞄から黒塗りの唯々真っ直ぐ象られた杖を取りだし、魔力を隠そうともせず全力を用いて包み込み投擲する。


杖は微震動を起こしながら、ファーファの腰ほどまで伸びている草を薙ぎ払いつつも突き進む。


「あ…。」


だが、その進む方向は魔獣の群れの中ではなく、男の進行方向に向けられていた。


「えっと…『危ないよー。』」


血を流しつつも必死に走る男に向けてファーファは喚起を促すために念話を送るが、文字通り必死の想いで走る男には届かない。


「うーん…。」


杖の軌道を変えれないかと、走ることをやめ魔力の操作にのみ集中するが、ファーファの力では既に軌道修正はできないほどまでに杖は離れていた。


「どうしよ…。」


そうファーファが呟くのと、杖が男の足元に着弾するのはほとんど同時だった。


大きな音と共に大地は弾け、男は宙に投げ出される。


辺りに響いたけたたましい轟音と衝撃は、獲物を前に目を血走らせ追っていた魔獣達を冷静にさせるには十分な衝撃だったのだろう。


群れは一斉に足を止め、さっきまで自分達を追い回していた存在にやっと気付く。


実に惜しげに宙を舞う男に目をくれるが、魔獣達は直ぐにその場から散り散りになって逃げ出していった。


高く高く舞い上がった男は意識がないのか、綺麗に放物線を描き、頭から地面へと落ち始める。


そこで始めてファーファは再び走り出すのだが到底間に合わない。


走りながらも、諦めが頭を過りギュッと目を閉じたファーファの側を強い風の塊が通りすぎていった。


聞こえてくるであろう音を思い、暫く目を閉じながら顔を横に向けていたが、何時まで経っても音がないので不審に思い目を開ける。


『馬鹿者!!少し間違えばお主が直接この者を殺していたところだったぞ!!』


そこには男の襟を加え、小さな羽で空を飛んでいる銀龍の姿があった。




何やら大きな声が延々と耳に響き、太陽の光が煌々と自身の顔を照らし付ける。


「う、うぅ。眩し……。」


太陽に手を翳しながらゆっくりと目を開き、緩慢に視線を辺りに巡らせる。


そして、男は自分が横たわっていることに漸く気が付いた。


「あれ?俺、何でこんなとこで寝て…魔獣!!魔獣は!?つっ!?……痛ってえ。」


「起きたか。無事で何よりだ。」


「うわぁっ!?ド、ドラゴン!!」


「まあ待て。」


「ふぎゃっ!」


先程まで自分が置かれていた状況を思いだし、勢いよく跳ね起きた男の体はダメージにより悲鳴をあげる。


痛みに思わず顔を歪め、思考を再びフリーズさせていると不意に声が掛かり、男は首をもたげた。


そして、目の前には小ぶりながらも魔物の中でも最上位に位置する竜が現れたことで、痛む身体も忘れ、全速力で走って逃げようとしたところで銀竜に足をかけられた。


「あ…あ………。い、命だけは…。」


「何を勘違いしているのか知らぬが、命は取らぬよ。安心するがよい。ほれ、何をしておるのだファーファ。」


男が地べたを這うようにしながら命乞いをするなか、銀龍は極力声音を優しく男に語り掛け、ファーファの方へと振り向く。


「……ごめんなさい。」


(なんだ…この状況。よくわからないが何で俺が謝られてるんだ?助けられたんじゃないのか?まさか…。)


混乱する頭をフル稼働させ、事態の収拾を図る男は、ファーファの姿を見て一つの結論に辿り着く。


男の目には右肩から先に新鮮な血を滴らせている幼い少女が目に入った。


しかもその少女は何やら気を落とした様子でこちらを沈んだ表情で見つめてくる。


極めつけは「ごめんなさい。」の一言。怨みはないけど…ごめんなさい。と男には聞こえたのだ。


「な、何でも……する…………ゆ、許し………。」


「本当!?うん!何でもするよ!ありがとう。えへへー。よかった。許してもらえないかと思っちゃった。」


「よかったなファーファよ。」


男はよく状況がわからないまま、命の危機がどうやら去ったとの安堵から、再び深い眠りに落ちていく。


遠のいていく意識の中で、男は自分が何故こうなったのか、その原因を思い出していた。


男は物心がついた頃には既に両親はおらず、叔父の家に引き取られていた。


叔父の家はそれなりに裕福で、叔父、叔母、そして二人の間に生まれた自分と同い年の子供の三人。


叔父と叔母は男にはとても冷たく当たった。それに習うように叔父の子供もいつしか自分に冷たく当たるようになった。


まだ幼い頃はよかった。自分がどのような立場にあり、どのような仕打ちを受けているのかを理解できなかったから。


だが、成長していく内に、自分に向けられる周囲の目から、自分がどんなに劣悪な環境に身を置いているかを段々と理解できるようになり、いつしか叔父達に深い憎しみを抱くようになっていた。


それは男の心を少しずつ腐らせ、卑屈な人間に変えていく。


「働きもしない者にやる飯はない。」


「いつもいつもヘラヘラ笑って気持ち悪いわね。おおやだ。何でこんな子を家で養わなきゃいけないのさ。」


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


男はどんな時も笑顔を張り付け、どんなに自分に非がなくとも頭を下げる。


泣けば「うるさい!」と蹴られた。憎しみを顕にすれば「私達が、育てる義理もないあんたを養ってやってるのになんだいその顔は!」と罵声を浴びながら気が済むまで殴られた。


泣いても、笑っても殴られる。だが、笑っていれば、蔑まれることはあっても命の危険まで感じることはなかった。


男は笑う。叩かれ。蹴られ。殴られても笑った。どんなに悲しくても。どんなに腹立たしくても。笑う。笑う。笑う。


笑う度に男の心は壊れていき、十二の誕生日を迎えた夜、男は家の金を持てるだけ持ち、火を点けて逃げた。


幸いなことに家の裏手には歩いてすぐの場所に山があり、村の人々から逃げるに事欠くことはなかった。そう、村の人からは。


山に入ってからは、持って逃げた僅かばかりの食料を糧に兎に角村から逃げるように歩いていった。


僅かばかりとは言ったが、あの家で与えられていたものと比べれば十分満足できるものだった。


5日ほど山を歩く中で、男はとうとう小さな村に辿り着いた。しかし、中には人一人として居らず、男は手近な一件の家の中に入り、久々に布団の中で眠った。


男にとって、村から逃げ出した日々は夢のようだった。


一日に少量とはいえ二食食べることができ、寝たいときに寝ることができた。一人といえども寂しいとは思わなかった。


あの家の、村の中で少年は、本当の意味で一人だったのだから。


こんな幸せな日々が何時までも続く。あそこに戻りさえしなければ。そう考えながら男は眠りにつき、目を醒ました時に、男は自分の運命を呪った。


その村は普通の廃村ではなく、山賊達の拠点として使われている場所だったのだ。


山賊達は仕事を終えて戻ってきた時、嗤った。小さな羊が態々自分の肉を差し出しに来たのだから。



ちょっと短いんですが長くなりそうなので区切りました。


現在再び中耳炎がえらいことになってまして、難聴のうえ痛みもあり、書く気が起きないので更新が亀だったのが鈍亀になります(汗)


大変申し訳ありませんm(__)m

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