塔の魔法使いと赤子のミルク
「大変ですマスター!!お気に入りが二件も登録されています!?」
「うるせえ。殺すぞ。その程度の事で一々狼狽えてんじゃねえぞ。全く……ちっ。このタバコ湿気ってやがる。火が点きやがらねえ。」
「………マスター。そのタバコ逆です。」
「……。」
塔の中は物が少ない。少ないと言うと少し語弊があるのだが、男の私物はほとんど本や魔法の研究といったものに必要な、本当に必要最低限の物しかないため、男の部屋やリビング、玄関を入ってすぐのロビーぐらいしか私物が置かれていない。
その為、何百とある部屋の殆どは物淋しい雰囲気を漂わせる中、明らかに異質の空気を放つ子供の用具に満たされた部屋にファーファは眠っていた。
「ふえ……ぇぇえええぇん。」
「はいはい。ご飯ですか?ちょっと待ってくださいね。……はい。一杯飲んでくださいね。」
あらかじめ用意されているミルクを、哺乳瓶を介してファーファに採らせ、お腹一杯になったファーファはあっという間に眠ってしまう。
「あら?……ミルクが。」
げっぷをさせた後ベットに横にし、片付けをしていくなかで、ミルクが残り少ないことに気づく。
階下に降り、セラフィは自らの主との繋がりを元に主を探す。
男は一階のロビーとも言える一番広い部屋で銀縁の眼鏡を掛けて本を読みながらタバコを吹かしていた。
「おいてめえ。あんまり近付いてんじゃねえぞ。タバコの臭いでも付いて餓鬼がグズったらどうするんだ。殺すぞ。」
セラフィが主の元に寄ろうとすると、男は眼鏡の奥から鋭い眼光を送りセラフィをその場で留まらせる。
「マスター。そのファーファ様の事でお話があっての事だったのですが。」
「ちっ。熱でも出しやがったか?…面倒だな。一々面倒事を運んできやがってあの餓鬼…殺すぞ。」
男はタバコを灰皿に押し付け火を消すと、袖の中から何処からともなく何かの草の根や葉っぱを取り出し、擂り鉢に放り込みごりごりと手早く潰し始める。
「これをミルクにでも煎じろ。苦くて飲めねえとか抜かしやがったら砂糖でも蜂蜜でも混ぜて無理矢理流し込め。」
あまりの手際の良さにセラフィは口を挟む隙もなく、男は黙って佇んでいるセラフィに向かってできあがった薬を器に流し込み投げ渡す。
「いえ…そのミルクの事でお話がありまして。その…。」
「………フンッ。分かっててお前を試したんだよ。……殺すぞ!何見てんだ!?」
男はやっと自分の失態に気付き、耳まで赤く染めて取り繕うも既に後の祭りだ。
セラフィはそんな主の姿に生暖かい視線を送るのだった。
「糞が。いつまで気色悪い顔してやがる。ミルクがなけりゃ麓の村まで行って貰ってこい。」
「え?麓の村ですか?」
セラフィが驚くのも無理はない。周囲を見渡せど森しか見当たらないこの場所から山の麓までというとそれなりに距離がある。
そこに普段から全く出掛けない男が伝手を持っていることが信じられなかったのだ。
「塔の魔法使いからの使いだと言えば通じるはずだ。」
「あそこからは信仰心を全く感じ取れないので、私が天使であると言うことを信じる人より魔物と勘違いする方の方が多いかと思うのですが。」
セラフィは言外に、一度は一緒に行っていただかないと、と含めており、男は再びタバコに火を点けるとめんどくさそうに小さく舌打ちする。
「餓鬼も連れて行くから用意しろ。用意出来次第飛ぶぞ。」
「畏まりました。只今準備して参ります。」
恭しく頭を下げるとセラフィはその場から駆けるように走り去っていった。




