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塔の魔法使いと勉強中

ソーマが丘の隅で何やらブツブツと呟いている少年に手を伸ばせば届くほど近づくと、少年はやっとソーマの存在に気づき仰々しく立ち上がり振り返った。


「ふふふ。私に気付かれず此処まで近付けたことは誉めてやろう。しかし!貴様らは運が悪い、いや、運が良いと言うべきか。絶対的な力を誇り、更には絶世の美男子たる今代の選ばれし魔王、ガ痛い!?痛って痛い痛い痛い痛いぃ!」


「おい。これの何処が内向的なんだ。いい加減な情報掴まされやがって、ぶっ殺すぞ。」


ソーマは延々と語り続ける少年の口上に痺れを切らし、こめかみをガッチリ掴んで宙にぶら下げる。


見目14、5歳の少年は何時掴まれたのか、一体自分に何が起きているのか全く理解できないまま痛みを訴え続けていた。


「うーん…今までアーカイブの情報が間違ってたことはなかったんだけどなー。」


「痛い痛い痛いマジ痛いって!?」


「確かお話では26日前とのことですよね。労せず力を手に入れたせいでその間に変わったとは考えられませんか?」


「ちょ、ちょっと聞いてます!?いたたたたたた痛い、めり込んでる!!指がちょっとめり込み始めてますから!!」


「フンッ。もしそれが本当ならとんだピエロだな。」


「もしもし!?聞いてます!?寧ろ俺が効いてます!!かなり効いてますから!!つうかいい加減に―――」「ちょっと黙ってろ。」


メコッ、と不思議な音を立てて少年の頭は頚まで地面に見事にめり込む。もちろん息も出来ないため少年は必死にもがくが、頭はいっこうに抜ける傾向がない。


「これを連れて帰るのか…。ソフィア。お前の所に連れて帰れ。」


「マスター!?こんな面白…ではなくて、いたいけな少年をここに埋めていくなんて…それはそれでオブジェとしてはさいこ、いやいや、ファーファ様に知れたら怒られますよ。是非連れて帰りましょう!」


「さっきから本音が駄々漏れじゃねえか!?お前も一緒に埋められてえのか。殺すぞ。」


「せっかくソーマの側に居座るチャンスを逃す手はないわ。うふ。」(セラっちの言うことも一理あるわよ。ファーファちゃんに知られたらきっと軽蔑されるんじゃないかしら。)


「てめえの場合は本音と建前が逆だ!!一遍と言わず二回死ね!!…フンッ。俺が何であいつの顔色を伺うような真似をしなけりゃなんねえんだ。揃いも揃ってボケたこと言ってんじゃねえぞ。」


三人が言い合いをしている間にも、少年は懸命に頭を抜こうと躍起になっていたが、段々と頭が朦朧としてき、決死の覚悟で両手に魔力を集中させて地面を爆破させ、やっとの思いで脱出する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」


「じゃあファーファ様にはきっちり今回の事と顛末はお伝えしても宜しいのですか?」


「…おい。」


「そうねぇ…きっちり話しましょうか。か弱い少年に悪戯した…って。」


「おい!」


「てめえ等いい度胸―――」「貴様等いい加減に――」「うるせえ!!てめえはいいから黙って埋まってろ!!」


少年は再度頭を地面に埋め込まれた時の衝撃に、完全に意識を手放す。


三人はピクリとも動かなくなった少年を余所に、あーでもない、こーでもないと出来レースな話し合いを続け、次に少年が目覚めた時には、何故か正座をさせられており、死を漂わせる男を正面に三人が少年を囲んでいた。


「おいクソガキ…甚だ不本意ではあるが、てめえは取り敢えず俺が保護することになった。」


「ふ、ふん。貴様等のような下等な存在に、というのは気に入ら嘘です!!是非とも御願いします!!」


少年、いや、魔王は精一杯の強がりを見せるが、セラフィが柔和な笑みを携えながら少年の喉元にやたらと荘厳なクレイモアを突きつけられ、即座に額を地面に擦り付ける。


まるで行動と表情の合っていない目の前の天使は、彼の中で当然危険人物ナンバーワンにノミネートされた。


「ふふふ。元気があっていいですね。」


「うーむ…セラっちなんか性格変わった?」


「誰かさんの影響じゃねえのか?」


「え?誰?誰かセラっちと似てる人なんている?」


「……。」


惚けた様子のないソフィアに、ソーマはタバコをくわえたまま眉間を押さえるのだった。


そんなソーマの心労要員が新たに増えていた頃、銀龍はファーファに魔力の使い方を指導していた。


ファーファの身体は目の眩むような光に包まれており、その光は更に強さを増していく。相当量の魔力を、まるで難しい様子も見せず軽く操作していたが、光を弱くしていく段階で眉間に皺が寄り始める。


小さく吐息を漏らし、全身を強ばらせながら魔力の出力を弱めていく。それに伴い息は更に荒くなり、汗は滝のように流れ落ちる。


光が強くなったり弱くなったりと明滅し始め、光は最後に段々と強くなりだしたところで銀龍はファーファの魔力の放出を強制的に止めさせた。


「ふあー…。もうダメ…。ファーファ才能ないのかな。」


「あまり気を落とされるな。貴殿は中々才能があるぞ。少ない魔力の扱いに関しては苦手のようだが、強ければ強い魔力ほど扱いに長けているようだ。普通は逆なのだがな…どの程度まで出力が上げれるかは分からんが、これも一つの才能には違いあるまい。」


「そんな才能要らないから、まともに魔力を扱えた方が良かったな…。お父さんに誉めてもらえないもん。」


普段から如何に少しでも強い魔力を上手く制御するか、を研磨してきている者達からすれば贅沢な悩みだ。だが、残念なことにファーファの周りにはそんな当たり前の悩みを持つものは一人としていない。


「まあ今日はこの辺で良いのではないか?」


「でも…。」


「マスター達が帰ってくる前に何か作るのではなかったのか?もうそろそろ戻って来るみたいだぞ。」


「ほんと!?急がなきゃ!!銀も手伝って!」


「それはいいが、あんまり奇抜な物は入れないようにと――」「これリストね。私作ってるから急いで持ってきて!それじゃ頼んだよー。」


ファーファは銀龍に使う材料リストを渡すとさっさと走り去っていく。


渡されたリストに目を通し、銀龍はホッと息を漏らす。そこには極普通の物しか書かれていなかった。お酒や小麦粉、砂糖に酢や魚等、普通に料理に使うのであれば普通の物ばかりだ。


ファーファの指示に従い、リストに在るものを口に加えた袋に詰め込み運んでいくと、その部屋は何故かファーファの魔力で満ちていた。


「何をしているのだ?」


「銀遅い!!持ってきてくれた?」


「う、うむ。すまない。…これでよかったか?」


ファーファの剣幕に思わず怯み、質問を追求し損ねてしまう。これが新たに住人として加わる魔王にトラウマを植え付けるのだが、銀龍がそれを知ることはなかった。


「そういえばお酒ってアルコールがどうのってよく聞くんだけど、アルコールって何?」


「エタノールの事か?炭化水素の水素原子をヒドロキシ基 で置き換えた物質の総称の事だな。芳香環の水素原子を置換したものはフェノール類と呼ばれ、アルコールとは区別されるから覚えておくとよかろう。」


いい機会だな、と銀竜何度か小さな頭を上下させ続ける。


「よいか?最初にアルコールとして認識された物質は、エタノールだ。一般には単に《アルコール》と言えば、エタノールを含む飲料、まあつまり酒のことを指す。酒は主に酵母による糖のアルコール発酵により生産され、少量であるが多種多様のアルコール類も同時に産生されて酒の香味成分となる。」


「ふむふむ…。」


ファーファは時折相槌を打ちながら何やら小さな手帳に必死に書き込んでいく。


「アルコール類は、生体内での主要代謝物の1つで、生物体に多種多様なアルコール体が広く見いだされているのだ。ろうはセタノールなど高級アルコールとされる。何か質問はあるか?」


「えっとね…何が分かんないのか分かんないや。…えへへ。」


銀龍は、恥ずかしそうに微笑むファーファに「いつか分かるようになる。」とだけ答えると、ファーファは大きく頷いた。


「うん!頑張るね。ところでお酒ってそのアルコールが高い方が美味しいのかな?」


「さて、話はまた長くなるのだが―」「じゃあお父さんはどっちが好きかな?」


「……。まあよかろう。マスターか。マスターは確かキツい酒、つまりアルコール度数が高いものが好きだった筈だな。だが、物にはバランスとい――」「わかった!ありがとう銀。ちょっとファーファアルコール取ってくるね。」


話の途中で部屋を飛び出して行くこと事態は好ましくなかったが、先程行った説明を既に自分の言葉として使えるようになっていることに驚きを隠せない。


銀竜としても、なにも一度で理解できるとは思っていなかったし、追々何処かで聞いた時に思い出せればと思っていたのだが。


「蛙の子は蛙…か。飲み込みが恐ろしく早いな。あの年で末恐ろしいことだ。一般的にアルコール=酒と一度聞いただけで覚えるとはな。」


銀龍はあまり慣れない形態で長い時間活動しており、尚且つ、自身の主と相当の距離を離れているため、魔力不足の心地よい、軽い眠気に誘われるがまま一眠りする。


そんな微睡みの中、部屋に酒特有の酒精の芳しい匂いが鼻腔を擽り、銀龍は目を醒まし、大きく欠伸をした。


「あ、起きた?銀これどうかな?」


ファーファは皿に盛り付けたクッキーを一つ取り、銀の口に近づける。


「味見はしておらんのか?」


「お酒入ってるから。食べたら怒られちゃうよ。」


「ふむ…。」


前回の惨劇を小耳に挟んでいた銀竜だったが、今回の出来栄えは誰がどう言おうとクッキーにしか見えなかったため、僅かに気を張りつつも差し出されたクッキーに口にくわえる。


龍やドラゴンの歯は鋭い。それは、主な主食として肉や骨などを食べやすくするための進化の過程によるものだ。


現在小型のドラゴンの形態をとっている銀竜の歯も、当然例に漏れず鋭い形状をしている。だが、その銀龍をもってしても目の前のクッキーには歯が少したりとも通らなかった。


「…これは食べ物なのか?」


純粋な疑問を純真な少女に素直にぶつける銀龍。その言葉にファーファは表情をやや落とす。


「美味しく、なかった?」


「いや、美味しい美味しくない以前に歯が全く通らぬのだが…。何をどうしたらこうなるのか甚だ疑問だ。」


ちょっとした凶器になるのでは、とも思ったが、そこは言うのが憚られたため口にはすることはなかった。


「魔力を圧縮するやり方を教えてもらったでしょ?それを料理にも使えないかなーと思って…。駄目だった?」


「駄目も何も言ってることが良く分からないのだが…。取り敢えず一つ作る過程まででよい。見せてはくれぬか?」


いいよーっと楽しげに笑みを浮かべ、余った材料を使い生地を作っていく。


小麦粉に溶いた卵、牛乳と砂糖、ハチミツを大量に入れ、良い感じに粘り気がではじめる。


少々過剰に砂糖やハチミツを入れている以外は特に変わったところはなかったが、銀龍はどうしても気になることがあった。


「何故ここにアルコールがあるのだ?」


そう、作る材料にこれまた大量にアルコールが用意されていたのだ。もちろん純度100%のまさにアルコールであって酒ではない。


「最初は生地に入れようかなっと思ってたんだけど、それだとなんか手がヒリヒリするから餡子みたいに中に入れようかなっと思って。」


銀龍は言えなかった。手がそのような反応を示している時点で、粘膜だらけの口の中はもっと酷い結果をもたらすではないか。よしんば体内に摂取しては更に危険ではないか。


(まあ、遺跡の守護者達がこの程度では死ぬこともあるまい……多分。いや…死ぬかな。)


失敗したことで叱られればそれが本人にとって一番の成功の近道と考え、私の仕事は色んな意味で終わったと考えていたが、クッキーの形成やアルコールの注入の仕方を見た時点で銀龍は味見をしてくれと再度言われる前にその場から退却した。


何故なら、目の前で少女は現在扱える魔力をフルに操り、限界まで圧縮した大量のアルコールをこれまた大量の生地を圧縮させた中に入れていたからだ。


「私はそろそろ魔力が切れるので元の世界に帰ろう。たが、これだけは言っておこう。決してそれを口にしてはいかんぞ。味見もだ!!わかったな。」


「うん!分かってるよ。お酒が入ってるもんね。」


「うむ。分かればよいのだ。ではまた会おう。」


(クッキーが堅すぎて食べれないままであればよいが…もう堅いと助言してしまったしな。すまぬ、私にはこの任務荷が重かったようだ。)


そういい消えていく銀竜の背中はどこか哀愁が漂っており、これから起こる惨劇を予期しているかのようだった。

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