塔の魔法使いと苦渋の選択
ちょっと書き直しをば…
ファーファが暴走を起こしたあの日から三日たっていたが、ファーファは未だ眼を醒まさないでいた。
その間の看病はセラフィに担当させていたのだが、ソーマは事ある毎に理由をつけては様子を見に来ていた。
「…どうだ様子は?」
「駄目です。既に体力、魔力共に回復してるのでもう眼を醒ましてもおかしくないはずなんですが…。」
「……そうか。邪魔したな。」
ソーマがファーファの部屋から出ると、扉の前にはソフィアが居た。
「やっほー!どう?ファーファちゃんの様子は?」
「……てめえには関係ねえだろうが。いつまで此処に居座る気だ。さっさと帰れ。」
森での喧嘩が終わった後、ソーマはソフィアに対してずっと素っ気なく対している。
ソーマの本来の気質からしては有り得ない状態だ。
今回の事の顛末事態は確かにソフィアが原因ではある。だが、ソーマは遅かれ早かれファーファがその身に宿す魔力に耐えきれずこうなることを知っていた。それがソーマの心に何とも言い難い感情を産み出していた。
「元気ないじゃない。そんなんだとあの子はいつまで経っても眼を醒まさないわよ。」
「……どういうことだ?てめえ何を知っていやがる。」
「さーて、どういう事でしょう。私には何とも言えないわ。私には、ね。」
意味深な笑みを浮かべるソフィアの言葉の意味にソーマは気付き、奥歯をギリッと鳴らす。
「……俺にどうしろっていうんだあの野郎は!どうすれば良かった!?赤子のあいつを見捨てれば良かったのか!?それともあいつの未来を奪えとでも言うのか!?どうなんだ!?何とか言ってみやがれ!!」
男は宙を仰ぎ、腹の底から荒立たしい声をあげるが、男の声に応える者は何もなかった。
「分かってはいたけど…やっぱり応えてくれないみたいね。まあ、普段から向こうは言いたいことしか言ってこないし、やっぱりソーマが決めるしかないんじゃない?」
「うるせえよ…。殺すぞ。黙ってろ。……糞が。」
「そもそも、あの子を拾ったのはあの特異な力について調べる事を前提にだったんでしょ。それを調べるでもなく、後継者に育てるでもなく唯無為に時間を過ごすだけだからこんな事になったんじゃない。情が移ってやりにくいって言うんなら…私があの子を殺し―」
「それ以上無駄口を叩きやがったら殺すぞ……。」
「……やよ。絶対に嫌!!だってこのままじゃソーマが―――」「黙れって言ってんだろうがソフィア!!」
壁際に立っていたソフィアの耳元をソーマの拳が通り過ぎ、塔の壁を叩き付ける。
強い衝撃が壁からソフィアに伝わるが、ソーマの鮮血が塔の壁を彩るだけで、壁は皹一つ入らず、血はまるでそこにはなかったかの様に姿を消していく。
「……か。ソーマのバーカ!もう知らないんだから!!ソーマなんか…ソーマなんか全部白髪になって皺々のお爺ちゃんになって死…後悔すればいいんだから!!バーカバーカ!!」
ソフィアはソーマを突き飛ばし、時折振り返りながら走り去って行った。その瞳からは頬をつたい幾筋の涙が。声はわずかに震えていた。
その表情を見てソーマは力無く項垂れるだけで、ソフィアに応えることはできなかった。
「いつもいつも……うぜえんだよ。一々心配してんじゃねえよ。クソッ………。――ったな。」
最後のソーマの呟きは、塔の寂しい廊下に響くこと無く、ひっそりと消えていった。
ソーマはしばらくその場に立ちすくみ、その表情には珍しく寂しげな面持ちを浮かべている。
何を考えるでもなく、頭の中を真っ白にさせ唯々俯かせるその顔には悲哀が感じとれた。
それからどれ程時間がたったか。ソーマは袖からタバコを一本取り出すと、ゆっくりと口に加える。
壁に背を預けるようにそこに座り込むと、タバコに火を灯したままソーマはその場で眠りに着いた。
『―――』
男性と女性が声を重ねているような声が頭に響き、ソーマが閉じていた瞳を開けると、目の前には白い膨大な空間が広がっていた。
「悪趣味野郎だなてめえは…。今回のことで改めててめえは俺の手で殺すことを決めた。覚悟してやがれ糞が。」
『―――』
「ああ。今回は癪だがてめえの思惑に乗ってやるよ。あいつを俺の次の塔の契約者にする。…だがこれだけは忘れるな。次の代の契約者がもう二度と誕生することはねえ…。その前にてめえは俺がぶっ殺してやる!!」
『―――』
最後に何やら楽しげな声が頭に響くと、視界は急に暗転していき、気付けばソーマは廊下の壁に背を預け座っていた。
右手に握られていたタバコの火はちょうど消えたらしく、最後に僅かな煙を昇らせると残すはフィルターのみとなった。
ソーマは床から体を起こすと、タバコの吸い殻をその場に投げ捨て、そろそろ起きるであろうファーファの部屋へと足を向ける。
その足音からはまだ迷いが消えておらず、いつもより穏やかな足音は塔の廊下に唯響き渡っていった。
ソーマが塔の一角でタバコを燻らせている頃、ソフィアは一階へと繋がる階段を降りていた。
いつも軽快なソフィアだったが、この時だけはまるで叱られた子供のように肩を落としながらロビーへと足を運ぶと、そこには五人の冒険者が居心地が悪そうに机を囲っていた。
五人を視界に入れたソフィアは、思わず口の端が吊り上がる。
「やだ、あの時の子達じゃない。まだこの塔に居たの?」
「ソフィア様。この度は仲間が危ないところをお助けいただきありがとうございました。」
槍を傍らに置いている男が席を立ち、ソフィアに対して頭を下げると、それに習うように皆が席を立ちそれぞれ頭を下げた。
「良いのよ別に、私が助けた訳じゃないし。お礼ならセラっちにでも言ったら。ええと、あなたは確か…」
「ガイルです。此方の僧侶がライア、戦士がカイン、拳闘士がマルス、魔法使いがディールです。」
槍使いのガイルが皆を順に改めて紹介していく。
「そうそう。ガイル君だったわね。それにしても、傷はもう良いんでしょ?なんでまだ此処に居るの?」
表情自体はとても柔らかい笑みを携えているソフィアだが、その言葉には酷く温度差がある。
「あ、いえ。怪我は今朝方完治したのでお礼をと思って待たせていただいてるのですが。…申し訳ありません。」
「うん?別に怒ってないわよ。そもそも私はこの塔の守護者じゃないし。そうね、そういう心がけは大事だと思うわ。けど、今取り込み中だからソーマは当分の間降りてこないと思うわよ。」
「そう…ですか。それでは日を改めて―」「此処に居るってことは、一階での滞在はソーマが許可したってことよね。」
出直してくる。とガイルが口を開く前に、ソフィアは妖艶な笑みを浮かべてその言葉を遮った。
その笑みに気圧されながらもなんとか首肯で返事を返すとソフィアは人差し指を下唇に当てながら楽しそうに語り始める。
「二階に上がって来ないんだから、そっから先の権限は貴方達には与えられてないのよね。だったら冒険者らしく冒険でもしながらソーマを待ったらどうかしら?」
ソフィアは上唇を舌で軽く濡らし、ガイル達にこの塔での探索を徐に進めだした。
曰く、ソーマが許可していない二階へは厳密に言うと入れないという訳ではない。
遺跡は本来守護者が少しずつ開拓をしていき、行動できる階層を徐々に増やしていくのだが、許可を得ていない者にはその同一の空間に辿り着くことはできない。
塔にとって、守護者の許可を得ていない者達はその場に存在することを認められておらず、その先に進もうとする者をその場に相応しい人物かどうかを塔自身が選定するのだ。
塔が試す階層の深さは、守護者が開拓した階層と同じ深さまで。つまり、ソーマが仮に100階まで開拓していたとしたら百階まで攻略して初めて塔の内部を自由に動けることとなる。
ここまで聞いたゲイル達は当然一つの結論に至った。(到底生きて帰ることはできない)と。だが、ソフィアの話はそこで終わりではなかった。
「まあこれだけだと間違いなく生きて帰れないって思うわよね?私でも間違いなく死ぬと思うわ。でもね…。」
ソフィアは愉快な様子を隠すでもなく、恍惚の表情で話を一人続けていく。
一階一階階層をクリアすると部屋に魔方陣が現れ、先に進むか一度戻るかを選択できる。更には、遺跡の内部にはそれぞれが望むものが眠っていると語った。
例えば、戦士であるカインであれば鎧、もしくは剣等の、今持つものより強い力の物を望んでいたとする。すると不思議なことに、塔の内部にはその望むものが各部屋に飾られているというのだ。
しかも階層を進んで行けば行くほど強大な物へと変わっている。とソフィアは五人に囁いた。
五人は五人ともソフィアの語りに喉を鳴らす。そして視線は一斉にリーダーであるガイルへと集まった。
「塔での試練というのは一体どの様なものなのでしょうか?」
ガイルは暫し思考を巡らし、ソフィアにそう問いかけた。
「そんなに難しく考えることないわよ。単に魔物が襲って来るってだけだから。二階層なら、そうね…ゴブリン種ってところじゃないかしら。貴方達ならゴブリン程度何十匹と沸いて出ても敵ではないんじゃない?」
「…なるほど。失礼ながら最後に一つ質問をお許し願いたい。」
「いいわよ。なぁに?」
「何故ソフィア様が態々私達にこのようなことを教えてくださるのですか?」
案に、ガイルはソーマではなくソフィアが何故、と主張していることにソフィアは気付き、ガイル頬に両手を添えて耳元でそっと呟く。
「疑り深いのね。冒険者としてとても大事なことよ。」
その声音は蠱惑的で、頭の芯に痺れを感じさせ、体はまるで熱に犯され始めたかのような寒気が走る。それはどこか不快で、また、どこか快感を感じさせるものだった。
ソフィアは頬を優しく撫で付けながらガイルから離れると、一変代わって少女のような清純な笑みを浮かべる。
「本来はこの塔の守護者であるソーマの仕事を代わっただけよ。私も一応南の端で守護者をやってるから。」
「「「「「っ!?」」」」」
ソフィアの発言に皆驚きを顕にし、顔を見合わせた。
目の前の女性が耳から判断するにエルフであると判断出来たまでも、まさか 守護者であるとまでは考えていなかったためだ。
「あの地下に延びる、入り口が眼に痛々しいファッションピンクで彩られてるって言う…あの遺跡の守護者!」
「バ、バカ!!失礼だろ!!」
拳闘志のマルスが口を半開きにしてソフィアを指差すと、ガイルが慌てて頭を小突く。
「ふふ。いいのよ別に。それに遺跡の色は私達が決めてるんじゃなくって、契約の際に勝手に変わるの。何でも本人の深層心理から星が勝手に決めるらしいわ。それに……私も正直あの色はどうかと思ってるし。」
「す、すいません。ほんとにこのバカ!!命を助けられたうえに、守護者の方にこんな無礼を働くなんて、殺されても文句は言えないぞ!!」
「返す言葉もございませんです…。」
「やぁね。ほんとに気にしてないってば。それで?どうするの?また来るにしても、この塔に来るまで近場の町から普通の手段で来れば早くても三日はかかるんでしょ?」
「そう…ですね。……やってみるか?」
ゲイルは仲間にそう問い掛けると皆一様に興奮した様子で歓喜の声を挙げた。
「よっしゃ!その言葉を待ってました!」
「俺は自信ないな…。」
「何さ情けない!男ならマルスくらい言ってみなよ!まあマルスくらい単純になられても困るけどさ。」
マルスが手甲を打ち鳴らしいざ行かんと声を挙げるが、魔法使いであるディールがその雰囲気に水を掛ける。
「ディールの後ろ向きは今に始まったことじゃないだろ?気にしてちゃ日が暮れるぜライア。」
「カインまで…そこまで言わなくたっていいじゃないか。別に怖いとかじゃなくって自信ないっていっただけなんだから。」
「まあまあ、待てお前ら。ディールがいるからこそ俺たちは一度頭を冷やして冷静な判断ができるんだ。皆が皆マルスみたいな考えの持ち主だったらとっくに皆死んでるぞ?」
「そりゃないぜガイル…。」
マルスが肩を落とすと同時に皆が声をあげて笑う。そんな様子をソフィアは楽しそうに眺めていた。
「すいませんソフィア様。長々と御手数を取らせてしまいました。取り敢えず危険を感じない程度に挑戦してみようかと思います。」
「そう、気を付けてね。」
「え?」
「一つの階に宝は一つなんだから、当然でしょ?」
「あ、はい。そうですね、有り難うございます。」
「だからお礼はいいわよ、これが私達の仕事だしね。それじゃ、頑張ってね。階段を上れば直ぐに行けるから。」
ソフィアはガイル達に自分が持つ外傷や魔力を回復させる薬を市場とほとんど変わらない程度の値段で売ってやり、階段まで五人を見送った。
一つの階に宝は一つ。
その威力は凄まじく、だからこそ、望んでしまう。
だからこそ、これがあればと夢見てしまう。
塔へ挑む者達は思うだろう、この先に進めばもっと与えられるのでは?と。
「欲望に呑まれなければ、塔の栄養にならずに済むわ。栄養になったとしても、ソーマの役にたてるなら嬉しいわよね?私はとても嬉しいわ。フフ、フフフフ。」
ソーマが塔の一角で眠りについている頃、ソフィアのどこまでも楽しげな笑い声は塔に響き渡った。