塔の魔法使いと来訪者
飲み会のせいでアップが遅れてしまいまして申し訳ないです。
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短い冬が終わりを告げ、森に春の息吹が生い茂る中、男とファーファはセラフィが準備した朝食を食べていた。
「今日は外に出掛けるんじゃねえぞ。」
男はスープにパンを浸しながら不機嫌な様子を隠そうともせずセラフィにそう声を掛ける。
「それは構いませんが、どうかなされたのですか?」
「…どうも嫌な予感がする。いいな。糞餓鬼。」
「……うん!ファーファ良い子でお家で遊ぶ。」
頬張っていたものを急いで飲み込むと、ファーファはコクリと首を縦に振った。
男は一足先に朝食を採り終わると、タバコに火を点け、煙を燻らせながらも机に置かれた左手の人差し指でいかにも不機嫌そうに机を断続的に叩いている。
それは先程男が言った《予感》が既に男のなかでは確信めいた物に変わっているからだ。
【珍しいですね。マスターがファーファ様の前でタバコを吸われるなんて。】
【うるせえよ。唯でさえあの変態女の気配が朝からプンプンしてるんだ。いいな。誰が来ても今日は扉を絶対に開けるんじゃねえぞ。あんな神出鬼没な変態が来るなんぞただの悪夢だ。】
【あ、あのお方が…。畏まりました。】
二人はファーファが食べる様子を見守りながら念話で会話をすると、男は途中でタバコの火を消し自分の部屋に戻って行った。
そうこうしている内にファーファも食事を終え、歯を磨きに洗面所へ向かった。
「綺麗に磨けましたか?」
「うん!いー。」
ファーファは口をイの字にしてセラフィに見せる。
「ご苦労様です。ファーファ様。それでは今日は何をして遊びましょうか?」
「あのね…。えっとね…。」
「どうされました?何でもお申し付けください。」
いつも太陽のように明るく、真っ直ぐなファーファが口を濁らす事は今までに数えるほどにしかない。
その為、セラフィにはファーファの気持ちが汲めずにやや困り顔を浮かべてしまう。
「………ごめんなさい。」
そんなセラフィの表情から、ファーファは自分の考えが読まれていると思い、悲痛な面持ちを張り付けセラフィに謝った。
(…まさか。)
そこで初めてセラフィにはファーファが何を考えているのかが思い立つ。
そう、それは「もしかして外に行きたいのですか?」だった。
「……………うん。」
「どうしてか伺ってもよろしいですか?」
これまで男の言い付けを一度も破ろうとしなかったファーファが、初めて破ろうとしていることにセラフィは一瞬驚き固まるも、まずはファーファの真意を尋ねた。
「あのね。今日はね。ファーファの誕生日なんだって。」
拙いながらも、ポツリポツリとファーファは外に出たい理由を語り始めた。
それは子供であるが故のとても可愛らしい理由で。
曰く、誕生日を祝いたいとのことだった。
「ファーファね。お父さんの本当の子供じゃないんだって。大切なことだからって、お父さんが教えてくれたの。絵本でね。本当の子供じゃない子は嫌われてるでしょ?それでも、ファーファにお父さんはいつも優しくしてくれるんだ。だからね…………。ありがとうって。いつも大事にしてくれてありがとうって。拾ってくれて。育ててくれてありがとうってしたいの。綺麗な……お花を見つけたから。それを使って…お父さんに、プレゼント……したいの。」
ファーファの誕生日については籠には思念が残っていなかったため男が適当につけたものだ。
云わば、男からの最初の贈り物だと知ったファーファは、絵本の様に“自分で用意”したものを贈りたかった。
言い付けと相反する願いが、ファーファの瞳を赤く染める。
「そう…ですね。わかりました。それじゃあ一緒に叱られましょう。」
セラフィは小さく溜め息をつくと、ふわりと微笑みファーファの頭を優しく撫でた。
そうと決めてからのセラフィの行動は素早く、セラフィは男に見付からないように二階の窓をこっそりと開け放つと、ファーファを抱え地上に降り立つ。
花畑があった場所は森の少し奥まった小川の傍にあるとのことだったので、セラフィはそのままファーファを降ろすことなく空を駆けていく。
もちろん主に見つかるわけにはいかないので、森の木々を避けながら出来る限り慎重に、且つ、迅速に低空飛行を行いながら向かう。
この時のセラフィは、ファーファにほだされ男の言葉を忘れていたわけではない。
だが、ファーファの願いと男の言葉を天秤にかけた結果、ちょっと出掛けるくらいは問題ないだろうと思っていたのだった。そう、だったのだ。
「あれ~。セラっちじゃない。お久~!」
木々の隙間を飛んで駆けているなか、正面に見える少し開けた空間のど真ん中に、長い金の髪を一本の三編みに束ね、後ろに流した、緑の衣服に短パンといった姿の女性が偶然と言わんばかりに手を降っていた。
「やだ~!ほんと偶然ね~。奇遇奇遇。もう運命と言っても過言じゃないと思うの。それにね」
緑色の瞳を両目とも固く閉じ、リンゴのように赤くなった両頬を手で押さえながら妙に身体をくねらせ、女は尚もセラフィに声を掛け続ける。
「…。」
セラフィはそれをあくまで何も気づかなかったように装い、華麗にスルーして先に進む。
「ねえセラフィ。あのお姉ちゃん後ろでまだ何か言ってるみたいだけど挨拶しなくて良いの?」
「そうよそうよ。いくらなんでも無視してそのまま通り過ぎるなんてちょっと……………放置プレイみたいでゾクゾクするじゃない!!」
開けた空間の真ん中に居た筈の女はいつのまにかセラフィの視界の目の前に現れたため、セラフィはぶつからないよう全力でその場に留まった。
「ソフィア様!?いきなり目の前に現れられては危ないではありませんか!!」
「やだー。怒った顔もか・わ・い・い。キャー!!言っちゃった言っちゃったどうしよう!!でもそうね。セラっちとなら、私も…一晩過ごすくらいなら吝かじゃないわ。」
「……貴方と言う御方は。」
わずかに頭痛がしてきたかのような錯覚に陥ったセラフィはファーファを抱えたままがっくりと項垂れながら地上に降り立ち、ファーファを地面へと降ろす。
「お姉ちゃんこんにちは!」
「あら。なにこの子?可愛いわね。お嬢ちゃん、よかったら私と一緒に大人の階段をのぼ―」「ぶっ殺すぞてめえ!?!?」
森中に響き渡るのではと思われるほどの大声で男は叫び、ソフィアの続く言葉を遮ると、殺気も押さえずにソフィアに向かい合う形でファーファの前に突如現れる。
「この変態が…何しに来やがった!?」
「やだ、ソーマじゃない。久し振り!元気にしてた?」
「白々しいこと言いやがってこの変態女。おい、糞餓鬼。あれほど今日は塔から出るなって言っただろうが。何しに外に出やがった!?」
「申し訳ありませ―」「てめえには聞いてねえよセラフィ。黙ってろ!」
いつもあまり声を荒げることをしないソーマの声は、幼いファーファには大きなショックを与えるには十分で、身体を萎縮させ、その小さな身体を震わせる。
「そんな小さな子供を塔から出ないようにって………監禁!?やだ、ソーマもやっとそっちの気に―」「目覚めてねえよ!?てめえは良いから黙って死んでろ。」
見るからに不機嫌な様子のソーマを前にある意味で真剣に喜びの声をあげたソフィア。
その一言に完全に切れたのか、男から大量の魔力が溢れだし、ソフィアの足元の大地が槍のように隆起する。
それを事も無げに、ダンスでもするように軽やかにステップを踏んですべての岩を避けると、極々小さな魔力の粒が弾丸のように何百と飛来していく。
その一つ一つが全て的を逸らすことなく向かっていくが、ソフィアが手を翳すと目の前に薄い膜が現れ全てが後ろに逸らされる形となり、後ろに生えるように隆起していた岩達が大きな音をたてて崩れた。
「相変わらず良いコントロールしてるわね。もうちょっとで蜂の巣だったわ。」
「ふん。丸焼きの間違いだろうが!」
後ろに逸れた魔力の礫の中の一つが未だにソフィアの後ろに消えることなく残っており、ほぼ無色透明だったそれは急速に赤く変色していき高温を灯しだすと、次の瞬間には炎と変わり、先程大量に舞い上がった土埃と連鎖爆発を起こし辺り一面を炎に包んだ。
「おい糞餓鬼。」
「お父…さん。………ごめん、なさい。」
一仕事終えたとソーマはファーファの元へ振り返るり声を掛けると、ファーファは身体をビクリと震わせ、消え入るような声を絞り出すとその場から泣きながら走って逃げ出した。
「な…に。」
「ファーファ様!?」
セラフィはファーファを追いかけ、ソーマはその場に石のように固まる。
「あーあ。怖がらせちゃった。もしかしてあの子の前でまともな魔法使った事なかったんじゃない?そりゃ怖いわよね~。あんなの普通人には使えないもの。」
あれほどの爆発にも関わらず傷一つ負うことなくソーマの後ろに近づいたソフィアは、ソーマに優しく抱きつきながら耳元で囁く。
「口が臭えよ。黙ってろ。」
ソーマ自身もそう思っていた節があった為の動揺からか、ソフィアに背後から抱きつかれたことに対しても咎めることはしなかった。
「やだちょっとほんと!?今朝からずっと誰かが出てくるの張ってたからまだ歯磨きできてないのよ~。どうしよう。でもでも、愛は盲目って言うじゃない?ソーマならこの臭いごと私を愛してくれるわよね!」
「気色わりい事言ってんじゃねえ!?朝食べた物がちょっと込み上げてきたじゃねえか!!殺すぞ!つうかいつまで抱きついてるつもりだ。離さねえなら腕を引き千切るぞ。」
「そしてその腕をホルマリン漬けにして永遠に観賞用として楽しむのね。あぁ…愛が重いわ。」
「頭沸いてんのかてめえわ!?気色悪い事抜かしてねえでさっさと帰れ。」
「でも…貴方なんで食事なんか律儀にとってるわけ?古代の遺物の契約者が食事だなんて意味ないじゃない?」
「人の話し聞いてねえのか!?ったく。てめえには関係ねえだろうが。」
「そんなにあの子の事が大事なんだ。ちょっと妬けちゃうな~。」
そう言いながらソフィアは右手をソーマの胸元から上へとすっとなぞり、ソーマの一瞬の隙を見て髪の毛を一本引き抜いた。
「っ!?何しやがる!!」
ソフィアはソーマが腕を振り払う前に後ろに飛び退き抜いた髪を木漏れ日から差し込む太陽の光に翳す。
「ほら言わんこっちゃない。ソーマは髪が銀色だから目立ちにくいけど、これなんだかわかる?白髪よ白髪!古代の遺跡の契約者が白髪がを生やすなんて意味わかってるの?」
「…言いたいことはそれだけか?」
先程までの狼狽や殺気などではなく、唯々静かにソフィアに相対するソーマ。
これ以上踏み込んでくるなら殺すことも仕方ない。それはソーマがソフィアや仲間に対してのみにとる、そんな時の態度だった。
「…はぁ。わかった。わかりました!もう。ほんと自分勝手よね。そんな風に自分に正直に生きれる奴なんて滅多に居ないわよ?」
「目の前にいるじゃねえか!?誰よりも自分中心に生きてる変態が!?」
「やだ、私はまだ心が純粋無垢な少女なだけよ。」
「ふん。八百歳の糞ババアが言っていい言葉じゃねえ、よ。」
ソーマが言葉を言い切る前に不可視の風の刃が何十と襲ってきたが、ソーマはそれを何処吹く風といった体で全て見切って見せる。
「あらやだ。なんか今幻聴が聞こえたみたーい。」
「頭だけじゃなくて耳まで腐ったのか。救いようがねえな。」
「…………まあいいわ。取り敢えずこれ返すね。うふ。」
「しなを作んな気持ちわりい。」
右手に摘まんでいた白髪を左手の掌に乗せ、ふっと息を吹き掛けると、ふわふわとソーマの元に飛んでいく。
それをソーマが掴もうとした瞬間その毛は速度を増し、ソーマの胸元にチクリと刺さる。それに伴いソーマの中で何かがぷっつりと切れる感覚が走った。
「てめえ……どこまで悪趣味なんだ変態女。」
それはソーマとセラフィとの契約のパイプライン。それを断ち切られることでセラフィはソーマからの魔力供給がなくなり、この世界にはいられなくなるのだ。
「セラフィ!!」
「マスター…ファーファ様が……ファーファ様が!!」
契約のラインを一瞬で繋ぎ直し、セラフィを再び呼び出すと、セラフィは白く透き通るような肌は真っ青になっていた。