君が、照れたように、
forくさかなおと先輩
“ドア、階段、教室”
優しくなんかない。
私は良い人じゃない。
だから、
そばになんていないで。
☆☆☆
「沙梨亜、」
「辰葵?」
「今日、行って良い?」
「え?……あぁ、天文台?いいよ、来いよ。」
「ありがとうっ!!」
天文部の辰葵と出会ったのは、いつ頃だったか。
それは確か、去年の夏。
高校生になりたての時。
☆☆☆
「ちょっと、瑞河さん!!」
教室のドアが、勢い良く開く。
何?
目立つことなんか、しないで欲しいのに──。
あ、うちのクラスで一番ガタイの良い男子だ。
人、とか、あんま関わりたくない……、
……面倒。
「ちょっと来て。」
「なんで、」
「大丈夫。ついてきてくれるだけでいい。」
「なんで、」
なんで、私が一番欲しい言葉が分かるの?
そんな思いは、言葉にならずに消えて。
でも、私たちは歩き出していた。
だって、気づいたら、右手を掴まれていたんだもの。
私、返答なんかしてないのに。
4階への階段を上りながら、彼はふと呟いた。
「言っとくけど、勧誘じゃないからな。」
「は?」
急に言われて、思わず変な声出しちゃった。
てゆーか……、
「ここ……、天文台?」
「そう。見ての通り天文台だ。」
なにこれ。
「まぁ入ってよ。……天文部に、ようこそ!!」
星が、いっぱい!!
でも、
でも、
──生きてない。
「おれさ、光ってる星が撮りたいんだ。」
「星って、みんな光ってるんじゃないの?」
「科学的にも違うけど……。そういうことじゃなくてさ、輝いてる星が撮りたい。キラキラしてるやつ。」
「キラキラしてる……。」
「まだまだだけどね。でも、一枚だけ。えっと……、ほら、これ。」
手渡されたのは、ピンクの星の写真。
「これ、ちょっと近づけたかなって思った写真。」
星のまわりはぼんやりしてるのに、
何故か星がはっきり見える。
──主張してる。
「確かに、近いかも……。」
「生きてる?」
「生きてはいないけど、無機物だとは思わないな。」
「そっか……!!」
それだけでも、辰葵は相当嬉しかったようだ。
行動の随所に飛んだり跳ねたり微笑んだり、が追加される。
──単純。
「でさ、これ、受け取って欲しいんだ。」
「でも、これ、真宮くんのじゃないの?」
「そうだよ。」
「それじゃ、」
「貰って欲しいんだ。」
そう言った辰葵の顔は、やけに真剣で。
「…な、んで、」
「瑞河さんが、輝いて無かったから。」
「え……?」
意味分かんない──。
「今までの瑞河さん、輝いてたのに、今は全然キラキラしてない。まるで、」
その時は、分かんなかった。
なんで辰葵が、私のことなのに、
そんなに苦しそうに言ってたのか。
「もう生きなくて良いっていうかのように」
でも、その時私は、何も知らなかったから、ただ1人で勝手に傷付いてたんだ。
心、抉られるかのような感覚を見せまいとして、必死に無表情を作って。
──怖い。
それでも、言わなきゃいけないと思った。
「そんなことないわよ。」
だからこれ以上私に介入するな。
そう思ったけど、言葉にならなくて。
うわべだけを語る言葉が続く。
「ある。嘘つくなよ。」
「嘘じゃないわよ!!」
「生きたいけど生きられないって、自分で言ったんだろ?」
「そんな、いつ──。」
「──君の日記。“夜月の夢”」
「!!!!」
「……俺の話、聞いてくれるか?」
「……うん」
「俺は、“夜月の夢”を、中学二年の時に知った。覚えてるか?俺は、“光希”だ。」
真宮くん=光希?
「星の話探してて、見つけましたって人?」
「そう。」
「純粋だなって思ったよ。私、星について書いてる訳じゃ無いのに。」
「それでも、俺は、瑞河さんの、──藤胡の思いを、もっと知りたいって思った。」
藤胡。私のペンネーム。由来は、──凍った心。
「だから俺は、“夜月の夢”に通った。書き込みもした。でも、やりとりをする中で、藤胡は心を開いてくれてないって分かった。」
「そんなこと……」
「嘘は要らない。瑞河さんの思い、藤胡を3年以上見てきてるんだ。嘘か嘘じゃないか位分かる。」
「……。」
「俺は、高校に入って、多分、藤胡の言う、灰色の世界で、普通の生活を、送るんだろうなって思ってた。でも、1つ、不思議なことがあったんだ。」
「何?」
「瑞河さんが携帯を閉じると、必ず同じタイミングで、俺の携帯に“夜月の夢”の更新情報が届くんだ。」
「あ……。私、メール更新してるってアップした……。」
「そう。他にもたくさん、理由はあるけど、……そうだな、球技大会で優勝したって書いてあった。俺達のクラス、バレーボールぼろぼろだっただろ?同じゲームの話と、結果の同じ得点が書いてあれば、流石の俺だって分かるさ。──瑞河さんが、藤胡なんだって。」
「うん……。」
「多分、瑞河さんにはひどいことをしてるんだろうなって思うけど、──ごめんな、変えられないし、後戻りもしない。」
「なんで、そんな風に思うの……?」
「瑞河さん、混乱してるだろ?」
「そりゃするよ!!だって、目の前に、目の前に光希さんが……?」
「そう。おれは光希であって、辰葵。これは事実で、瑞河さんを想ってるのも事実。」
「え……?」
「時間をやるよ。だから、考えて欲しい。俺は、瑞河さんの本当が知りたい。俺は、瑞河さんに近づきたい。でも、これ以上瑞河さんを傷付けるのは嫌なんだ。」
「真宮くん……」
「一週間。俺は、何も変えずに瑞河さんと接する。でも、待ってる。俺は、放課後ずっと、ここで。」
「ずっと……?」
「あぁ。うちの学校の天文部に、活動日や定休日なんて規定は無いんだ。」
今なら分かる。
だって、部活が廃部寸前だったんだ。
全て辰葵の自由だった。
「だから、絶対一週間以内に俺の元へ戻ってきて。」
そう言って、辰葵は、私が怖がって離れるまでの極限まで、
私に近づいてきた。
そして、頭だけ私の耳に近付けて、こう言った。
今でも忘れない。
「沙梨亜を、好きなんだ。」
反射でびくっ、と離れた私に、
元の距離感を保ちながら、辰葵は言った。
「今俺が言った言葉への、返事が欲しい。」
いいよね?
そう、悪戯っぽく笑う辰葵に、いつの間にか、頷いていた。
──見惚れていた。
☆☆☆
──泣きそうだった。
自分のことを想ってくれている人がいる。
その事実が、嬉しくて、嬉しくて、悲しくて。
だって、辛いんだ。
今までちゃんと隠せてきたはずの思いは、全てバレていて。
どうしたらいいか分からないから、辛い。
この気持ちを、本当に真宮くんは、知りたいのだろうか?
光希は、知りたいのだろうか?
こんなに苦しいのに──。
でも、自分のことを想ってくれる人がいるという、この世界の奇跡の中で、
選ぶべき道はただ1つ。
分かってる。
ただ、
怖いだけだ。
私はとても臆病だけど、
もしかしたら、彼のお陰で、
今までよりも、強くなれるかもしれないから。
愛してみても、いいのかな?
さらけ出してみても、いいのかな?
☆☆☆
愛してくれているというのなら、試してみよう。
辰葵の告白から、早3日が過ぎた。
私はまた、天文台に向かった。
(思ってること、全部話してみよう……。)
そう、決心できたから。
──私は、本当に、心から、人を愛することを知らない。
いつもいつも、うわべだけの恋。愛。
心は、いつの間にか、枯れて、凍っていて。
光希は、それがなんでか知ってるよね?──
「知ってる。藤胡の過去も、沙梨亜の過去も。」
──それを捨てられないままでも、そんな私でも、好きになってくれるの?──
「もう好きだ。」
──今の私には、あなたを愛せないのに。──
「構わないよ。そばにいられるだけで良いんだ。」
光希、
辰葵……。
全て打ち明けると、辰葵は、いきなり私を抱き締めて、
「……沙梨亜って、呼んで良い?」
そう、言ってきた。
「じゃあ、私も、辰葵って呼んで良い?」
「もちろん。」
. . .
そうして、辰葵は、泣いた。
私が、初めて、
心を開いてくれた、と。
でも、ごめんね、辰葵。
私は、まだ、あなたに心をすべて、開けてない。
だから、これから、
ゆっくりでいい?
全てを、教えるから──。
涙を拭って、言う。
君が、照れたように、
『ありがとう』を。
世界一、キラキラの感謝の言葉を。
だから、私からも。
『ううん……ありがとう。』
今度は、私が、
涙を拭う番──。