ロボット製作者の誤算Z
これは以前書いた「ロボット製作者の誤算」の続きです。
世の中、知らなくていいことはたくさんある。
齢十歳ながら、甲児は思った。
十歳、小学校も高学年に入れば、いろんなものに興味がわくのは当然のことといえ、同じ志を持つ悪友とともに大人への階段を上るべく、まあいささか未成年閲覧禁止もののサイトめぐりをしていた。
「知らなきゃよかった」
かやぶき屋根の古民家の縁側に、体操座りになってうつむく。いじけ方が父そっくりと言われる。それだけでなく、甲児はいろんなところが父にそっくりである。
痩せてひょろ長い体型も、ぼさぼさの頭も、ナノマシン治療が嫌だといって前世紀に滅びた眼鏡なるものを愛用しているところも。
そして特に趣味にこだわるという点は、他の追随を許さないというところ。
甲児のいる家には大量のVHSとプラモが積み重なっていた。そのすべてはロボットものばかりである。
仮想空間に作られたこの趣味の部屋には、父の祖父、つまり甲児の曽祖父が住んでいる。曽祖父は、すでに現実世界の住人ではなく、四半世紀前に電脳空間に思考をトレースしていた。曾祖母がこちらにくるのを待っているなかなかの愛妻家であるが、その愛する妻は電化製品が苦手な古風な人である。
たまに、父と甲児が来る以外、来客もなく、どこで集めてきたのか知らないけれど十八人の子どもたちと住んでいる。父の言葉を信じるなら、曽祖父の隠し子でも隠し孫でもないらしい。たしかに、親戚というには人種多様すぎる。
「なーに、しょげてんだ?」
自分とそう年齢の変わらない声がする。声の主はフジ、祖父とともに住む子どもの一人である。
甲児はだるそうに顔を上げる。栗鼠のような人懐こい顔がうかがっている。
「自分の出生の秘密を知ったのさ」
ふっと、自分なりにニヒルな笑いを浮かべてみる。特別に父に頼んで作ってもらった白衣と相成って、謎の工学博士風に見えるだろう。
「ふーん。お前の父親は確実に桜井だから、心配すんなよ」
「いや。それはわかっているんだが」
小さいころ、甲児は父になんで母と結婚したのか聞いてみた。父は、メンソールをふかしながら、遠い遠い目をして、
「飲み会で泥酔して、目を開けたら母さんがまたがっていた」
と、教えてくれた。
幼い甲児はよくわからないが、お馬さんごっこをすれば赤ちゃんはできると理解した。
そして、それは今日の午前中まで信じていた。
ああ、たしかにお馬さんでもできるみたいだ。お馬さんでも。
あのとき、父が、
「もうウイスキー入りのちゃんぽんは飲まん」
とか、
「あと三十秒早く気が付けば」
とか、悔しげに言ったことを覚えている。
そういうわけで、自分は母の計算通り(?)、父の誤算によって生まれたわけである。
父がその後、甲児が自分に似てくれたのはうれしい誤算だったといったのは、父なりのフォローだったのかもしれない。
真実を知ってしまった以上、甲児は自分の存在意義を見失ってしまった。現実逃避のため、電脳空間にもぐりこうしていじけていたわけである。
「ふーん。別にいいじゃん。無事生まれたわけだし」
「いや。生まれたことに問題があるんだけど」
のんきな友人はなぐさめにもなっていないなぐさめをしてくれて、痛いくらい背中をたたく。仮想空間とはいえ、アバターを通じて、感覚器官はつながっており、ある程度の痛みまでは感じるようにできている。
それにしても、と甲児は思う。
自分は物心ついたときから、この庵に来ているのだが、フジはそのころからいていまだアバターの姿は変わっていない。他の子どもたちも多少の成長はあれどほとんど変わっていない。
「なあ? おまえ、いったいいくつなんだ?」
そうたずねても、
「んー。マイナス十五歳かな?」
と、わけのわからない冗談を言う。
「リアルで会うのは無理なのか?」
そう言うと、
「うーん。来てくれれば大丈夫だけど、話はできないと思うぞ。俺から行くのは、ちと無理があるな。まあ、来るならこいや」
もしかしたら、重病人なのかもしれない。集中治療室にいて面会謝絶なのかもしれない。
それで、年齢をごまかしてここに入り浸っているのだろうか。他の子どもも同様なのだろうか。
まあ、母が年齢をごまかしたがるように、フジにもそういう気持ちがあるのだろう。中身はおっさんだったとしても、話が合う友達だ。冷たく接したりしない。
「じゃあ。見舞いに行くから、住所教えてくれ」
「見舞いってなんだ? まあいいや、住所は桜井が知ってるから、今度の休みにでも行ったらどうだ?」
と、手のひらをかざし、モニターを表示させる。
桜井、つまり甲児の父が務める研究所が映し出される。一応、国家機関にあたり父はけっこうなエリートらしい。そのエリートの巣窟を当たり前のようにカメラをのっとって観察している二人の子ども。
「おっ、あさって休みだな」
「じゃあ、メールしとく」
日勤表をのぞくついでに、カメラをかえて改良を加え続けているロボットを拝見する。
「うわあ。さすがだな、桜井。二号機のミサイルを胸部に取り付けてるぞ」
二十世紀、八十年代のロボットアニメを彷彿させるデザインだ。昔は、もっと面白みのないデザインだったが、父とその他大勢の努力によって、ロケットパンチまで打てるレベルになった。いつの日か、インフィニットパンチなるものを打てるようにしたいらしい。父と同じロボオタとして、甲児もいつかかなえてもらいたいと思っている。
「ああ。それ、今、人権団体が乗り込んでんだよ。おばちゃんたちがうるさいんだ」
デザインが女性を馬鹿にしているといって、家にまで押しかけてくるので、最近では民間警備会社に出張ってきてもらっている。
「大変だな。おまえも」
「ああ。でも、屈したりはしない。人類の敵を滅ぼすまで」
「おう、がんばれ」
とりあえず、自分の出生の秘密なるものは、だいぶどうでもよくなったので甲児は帰ることにした。
「じゃあなー。待ってるぞー」
「おう。土産持っていくから」
と、甲児はログアウトした。
「ふーん。フジとは話せるかわかんねえぞ」
父はそう言いながらも外出の準備をした。
母や祖母もついてくるかと思いきや、
「そんな変な格好した二人と歩きたくない」
と、大変失礼なことを言って留守番するといった。
「白衣のどこが悪い」
「男のロマンがわからないなんて」
祖母が呆れて大きな袋を差し出す。
「あんたら、本当にそっくりだよ。じいちゃんいれば完璧だろうに。ほら、言われたものだ」
「おう、ばあちゃん。ありがと」
父は、やたら重い袋を受け取った。
タクシーの中で、甲児は袋の中身をのぞきこむ。
「ちっそ、ひりょう?」
重いわけだ。祖母が庭の手入れに使う園芸用のものである。今の時代、庭付き一戸建てという代物は絶滅危惧種に近く、このような園芸用品もなかなか手に入らない。
「フジへの土産だ」
「あいつ、園芸の趣味あんの? けっこうじじいなの?」
「俺よか長く生きてる。いや、生まれる前? かな?」
父もまた、意味のわからないことを口走る。
「ところでどこに向かうの?」
もうずいぶん走っている気がするが、なかなか到着しない。
「樹海だ。もうそろそろつく」
「樹海……」
樹海、それは今から三十五年前、とある地球外生命体が降り立った場所のひとつである。その未知なる生物は、当時首都だった東京を火の海にし、数多くの兵器をすべて返り討ちにした人類の敵だ。そうだ、父が所属している研究所もまたそれを倒す兵器を作る場所である。
今現在、襲来者は身動きせず、じっと人類を見つめいている。最初の襲撃をのぞき、防衛反応以外では人類を攻撃したことはない。
そして、最後の攻撃から早二十年近く、まったく動きを見せない樹海の襲来者は……。
「ようこそ。襲来者タワーへ」
きれいなお姉さんが、大昔の地球防衛組織を思わせる銀色のスーツを着て、かわいらしく旗を振っている。空間投影型ディスプレイに映し出されたモデルに、父は、
「やはり衣装のアクセントに赤がほしい」
などと、だめだしをしている。
まったく動く様子のない巨大な異星生物の周りに足場を取り付け、一つの塔のように見せている。植物のつぼみにも果実にも似た、その生命体はそれを拒むことなく受け入れている。
入口に、金属発見器があるのは、武器を持ち込む空気の読めない輩を防ぐためだ。
「チケットは買わないの?」
「ほれ」
渡されたのは、年間フリーパスだ。よく見ると、端っこに父の研究所の名前が入っている。
そういえば、年々予算が減っていくと父が愚痴をこぼしていたが、その割に研究所は充実している。
「まさか、冗談でいったのにあたるとは思わなんだ」
平日でも列をなすチケット売り場を見て、父は複雑な顔を見せる。
「そういうお国柄だから仕方ねえか」
そういえば、土産物売り場には見覚えのあるロボットの模型やぬいぐるみが、襲来者の模型とともに売られていた。店の一番人気は、襲来者饅頭なるずんだ餡の入った菓子八個入りである。
「なぜ売れん?」
土産物屋の前で切なそうに見つめる。
山積みになった人形の一つは、父が外装デザインに一番こったものだった。
それにしても、トップシークレットのはずの改良型ロボが十六分の一スケールのプラモになっている不思議。
「親父、フジはどこ?」
甲児は、父の白衣を引っ張る。
「ああ、ついてこい」
父に連れてこられたのは、エレベーターを降りた先、襲来者が根を張っている部分だ。
フジは、見学者が来るたびに自動的に映し出される映像とナレーションを聞く。
植物に似た形状とともに、その性質もよく似ているらしく、空気中の二酸化炭素、窒素のほかに、根元からも栄養を吸収するとある。
「おい、手伝え」
父が窒素肥料を使い捨ての移植ごてでばらまくので、甲児も手伝う。
「ねえ。お土産じゃなかったの?」
「フジはこれで喜ぶぞ。でも、量が少ないって文句いうかもしれんな」
父のいうことは本当に意味が分からない。でも、まあ、あとで祖母と母への土産に饅頭と自分用に売れ残りロボでも買ってもらおう、いやロボはタダで手に入るかな、などと思いながら肥料をばらまいた。
結局、フジらしい人物には会えずじまいだ。
「せっかく行ったのに会えなかったな」
甲児は、曽祖父の庵で茶を飲みながら、ブラウン管テレビを見る。映し出される映像は、父お気に入りの勇者シリーズだ。しかし、甲児の名前は甲児である。これは、シリーズのどの主人公のものをもらえばよいか迷った結果だったりする。
「安心しろい。いつの日か、会えるからの」
煙管をふかしながら、曽祖父は饅頭を食む。
「そういえば、今日はフジいないね」
「ああ。さっきまでいたんだがね。栄養補給で忙しいみたいだ。今日は晴れているからな」
不気味な植物型をした饅頭を曽祖父はすでに三つ食べている。
「おまえに会ったら、礼を言っておいてくれと。みやげもの美味いとさ」
曽祖父もまた、甲児に理解しがたいことを言う。
「あと十五年したら、一番最初に会いに行ってやると言っていたぞ」
いたずら坊主のまま爺になったような人物は、四つ目の饅頭を手にしていた。
甲児は首をかしげながら、再びロボアニメに視線を戻した。
母親が誰かというのは、ご想像におまかせします。