Next Frontier Online
作中に津波等を連想させる描写があります。嫌だと思われる方は読むのをお控え下さい。
――ユーザー登録が終了しました。続けてアバターの作成を行いますか?
【 Yes / 是 / はい 】
――【 Yes 】
――出身を選択して下さい。
――【 倭国 】
――種族を選択して下さい。
――【 猫又族 】
――性別を選択して下さい。
――【 女性 】
――守護星座を選択して下さい。
――【 水瓶座 】
――初期設定を完了しました。続けてアバターの外装を設定して下さい。テンプレートを選択してユーザーデータを反映させるクイックスタート、もしくはパーツを組み合わせて作成するフルスクラッチを選択できます。
――【クイックスタート……】
――全ての設定を完了しました。最後に大事なデータを守るためのパスワードを設定して下さい。
――************
――『Next Frontier』の世界へようこそ。
◇フェイズ0:セットアップ
21世紀も後半に差しかかった時代、様々な技術革新により世界はその姿を大きく変貌させていた。中でも(先進国の)人々の生活に大きな影響を与えたのが、人間と電脳世界の接続方法であった。未だ過去の漫画やアニメに描かれたような、人の意識が直接電子の海へ接続するということは不可能であったが、疑似的な感覚を再現する技術――Virtual Realty(以後VR)技術――が確立され、様々な分野に利用されるようになった。
当初VR技術が利用される分野は軍事・医療を主としていたが、データの蓄積と開発競争によるコストダウンによって、娯楽分野にも利用されるようになった。
そして2055年、世界初のVRゲーム『どこでもバーチャルドア』が発売される。これはゲームと言うよりは、疑似的に世界の様々な場所を体験して楽しむ程度の物に過ぎず、また人が余裕を持って入れるサイズの専用筐体及び回線を必要としたため、売れ行きは今一であった。
その後も様々な商品が発売されたが、専用筐体・回線の必要性が壁となる。現在の技術では一定以上の小型化は非常に困難であり、事実上富裕層のみの娯楽と位置づけられていた。
その状況を打破したのが『VRアミューズメントセンター(略称VRAS)』の登場である。
極論すればそれまで存在していたゲームセンターをVRゲームに特化した施設である。その初期投資は文字通り桁違いの物であり、現在隆盛を極めている『Another Dimension社(以下AD社)』の社運を賭けた事業だったという。その成功の要因は、同時に投入されたVR対戦ゲームの影響が大きかったと言われているが、既に過去の話である。
現在VRネットワークは日本全国に回線を張り巡らしており、他社はAD社に回線使用料を払う形で自前筐体を接続する形になっている。
が、ここまではどうでもいいただの余談に過ぎない。
私は携帯端末で新しく発売されたRPGのセットアップを終えた所だ。
今いる場所は、私が住んでいる街にあるVR筐体レンタル店『御伽ターミナル』の休憩所。VRAMとは違い、ここは純粋にVR筐体のみを貸し出す会員制の施設だ。他のアミューズメント施設に比べ多少割高なものの、清潔度・防犯システム・メンテナンスの点で気に入っているためプレミアム会員として利用している。筐体の予約も可能なため、予定が組みやすいのも素晴らしい所だ。
端末のタッチパネルを操作してデータを保存し、VRカートリッジを取り外す。VRカートリッジとは手帳サイズの機器で、VRゲームを行うための個人用データが入っている。
腕時計で時間を確認すると、開催イベントの予定時刻まであと30分程度だ。筐体の予約は余裕を持って20分前からにしているため、何も問題は無い。受付は休憩所の目と鼻の先であるからして、10分も待てばいい。
残り時間はネットでの情報収集にあてることにする。
『Next Frontier AD社』の検索結果……3,105,879件
公式サイトは……昨晩から更新なし。
まとめwikiは……更新なし。付属掲示板は賑わっている。
大型掲示板群の関連スレは正直チェックしきれない……。というか『自称関係者』の話が溢れていて高度な情報戦が繰り広げられているのが実情か。信じられるのは基本マニュアルと公式情報のみ。
私がこれから始めようとしているのは、新進気鋭のVRゲーム製作会社『SERAENO Project(以下SP社)』が贈る新作VRMMORPG『Next Frontier』だ。
ダンジョンアタックを主眼に置いており、内容的にはそれほど目新しい物ではないと、思う。
断定できないのは、事前情報が限定されているためだ。
普通は色々な情報を出して煽って広告戦略を行うものだが、今回は公式には概要とデモムービーのみ。それだけなら話題にもならないタイトルとして扱われたかもしれないが、SP社は過去作において(廃人の)評価が高い作りこみをしており、昨今のグラフィックだけで中身がスカスカの集金タイトルより余程期待が高まっているのだ。
現在廃人共を煽っているのが、3ヶ月前に突如発表された今回のβテストを兼ねた先行イベントだ。
なんと参加者がスコアを競い合うトライアルイベントだ。
『人数固定』で『半年間』かけて行われ、最終順位での上位者には正式版での様々な特典が貰えるらしい。
正直私程度では廃人に囲まれてやっていける気もしないのだが、気付いたら妹弟が勝手に応募していたらしく、参加することになってしまった。
そもそも私もゲーム好きではあるが、メインはシミュレーション系だ。内政を充実させ敵国を妨害し、技術格差をつけて戦車で装甲騎兵をゴミの様に吹き飛ばす時など実に心が躍る。あまり自分で殴りに行くゲーム(格闘ゲームの類)は得意ではないのだが……VRRPGはやったことはなかったし、これも経験と思って参加することにした訳だ。
人数固定だしね。
入賞云々はともかく、参加する限りは(方向性は別として)全力でそれなりに楽しませて貰おうと思う。
予約時刻になったため、受付で手続きを済ませて筐体に向かう。
携帯端末で認証を行い、内部のシートに身を委ねると、網膜認証で再度本人確認が行われる。
――『奥菜坂 千郷』様、確認致シマシタ――
システムメッセージが流れ、続けて健康状態の簡単な確認が行われる。
――健康状態……脈拍・血圧・体温異常ナシ、……全テ他異常ナシ――
私はVRカートリッジを筐体に接続し、起動させる。専用回線を通じて筐体がサーバーに接続され、プログラムが開始される。同時に自在シートがゆっくりと稼働し、体に負担の掛からない形状になる。
――準備完了致シマシタ――
バイザーを下し、コンソールにパスワードを打ち込み、囁くように呟く。
「――ボン・ヴォヤージュ」
個人ごとに設定するリンク・ワードが耳に届くと同時に、私の意識は吸い込まれるように闇に消えた。
◇フェイズ1:プロローグ
私は奥菜坂千郷、24歳女、社会人だ。
既に独り暮らしだが、実家には年の離れた双子の弟妹がいる。事務職ではなく技術職なので、言動が荒いのは勘弁してほしい。
ゲームは好きだが、廃人と呼ばれるほどやりこもうとは思わないレベルだ。課金も余り好きじゃあない。そういう意味では、今回のイベントは悪くないと思っている。
まあVRシステム自体長時間連続で使用してはいけないことになっているのだが、今回のイベントは独自に時間制限が設けられている。ログイン時間は、現実時間で1日最大4時間まで、さらに1ヶ月で総計100時間までとなっている。イベントなので課金サービスも無い。プレイ時間や課金で差が付かない分、諸々の人間力が問われそうだ。
さて、私は今小さな部屋の様な場所にいる。
照明は見当たらないのだが明るく、熱くも無く寒くも無い。
事前に配られていたマニュアルによると、ゲームがまだ始まっていない段階での待機場所らしい。メニュー画面すら開けないため、とりあえず体を動かすことに専念している。
開始時刻まで後6分だ。
入念にストレッチを行い、体の状態を確認する。部屋が狭いのでやれることは少ないが、身体能力は平凡だ。現実の私よりは上だが。
体格は現実とほとんど変えてないため違和感は少ない。変えた所と言えば、体型を余分な肉を削ぎ落したものにしたのでむしろ動きやすい。VRゲームにおいて、女性は見た目からのトラブルも多い(性別を変えることはできないため)ので、大体私はどのゲームをする時も中性的なアバターに設定している。鏡は無いので確証は無いが、事前に設定した20代後半の女性アバターで間違いないだろう。
服装は麻か木綿のような手触りをしたシャツとズボン。色は選べたので薄緑色にしてある。
そうこうしている内に、時間になったようだ。
部屋が暗くなり、まるでプラネタリウムのような空間に変貌する。
周囲の灯りが消え、音楽が流れ始める。
僅かに間をおいて、やたら渋い声のメッセージが流れ始めた。
――星暦1572年、その大地は発見された。
――当時、人の住む大陸には多くの国がひしめき、限りある土地を争っていた。
――遠く海を隔てた大地の発見は、全ての国を沸き立たせた。
――時の導皇(各神殿を束ねる宗教界最高指導者)はこれを天啓とし、開拓団の派遣を主導、そして列強の人々を主とした第一次開拓団が組織された。
メッセージが一旦途切れ、視界が光に包まれてまるで航空写真の様な光景が展開されていく。
大海原を往く大船団が映し出され、嵐を越え海獣を粉砕しながら進んでいく様子がまるで現実の様に描かれる。
――長い航海で犠牲を出しながらも船団は新たな大地へと辿り着く。
――そこは実り豊かで、豊富な資源を地下に秘めたフロンティアであった。
――人々は派閥ごとに先を争いながらも、上陸地点を中心に開拓を進めていった。
――……だが、人々が奥地へ進出するにつれ、異変が、起きた。
農夫が土地を耕していると、にわかに空が掻き曇り、稲光が舞う。
辺りは暗くなり、森の奥から地響きと共に黒い影が群れを成して湧き出した。
――発見時の報告には存在しなかった凶悪な魔物の群れだ。
――派遣団は大きな被害を出しながらも、戦士団の働きによりこれを撃退し続けた。
――周辺の魔物の生態を把握し、豊富な資源で装備を整えて支配地を広げていく。
――防壁を作り拠点を維持し、道を伸ばし各地に街を作り上げていく。
そこで視界が暗転する。
――魔物を退け進められていた開拓は、ある存在の怒りに触れたことにより終わりを告げる。
暗闇の中、赤い光――赤い眼光が現れる。
――“龍”
嵐の中、その長大な体躯で軍勢を弾き飛ばし、口から生じた閃光は一撃で人の防壁を砂山の様に崩壊させた。
――既に人のいる大陸では伝説の生き物でしかなかった存在。
――その力は凄まじく、戦士団を壊滅させ、造り上げた街を破壊し、身に纏う嵐が街道をも消し去った。
――“天の怒り”が過ぎ去った後、残されたのはぼろぼろになった開拓団。
――戦力は残り僅かで、開拓はおろか、街を防衛するので精一杯であった。道は無くなり、街ごとの行き来すらままならない。
――開拓は失敗かと思われた。
円卓で話し合う首脳達の姿が映し出される。
そこに悲観的な表情はなく、目にはぎらついた欲望が浮かんでいる。
――だが、人の欲望は伝説への恐怖を上回っていた。
――ここに前回をはるかに上回る規模の第二次開拓団の派遣が決定される。
――それが「君達」だ。
――君達は様々な理由により、開拓者として未知の大地に挑むことになる。
――その果てに待つものは富と栄光か、あるいは……。
メッセージが途切れた後、視界が光に包まれる。
視力が回復した時、目の前には大海原が広がっていた。
「え?」
呆然と海を眺めていると、視界が傾いた。
慌てて目の前にあった手摺に掴まる。
ようやく思考が追いつき、状態を把握するため周囲を素早く見回した。
ここは船上だ。
一見した所大型の帆船の様で、上を見上げれば白い帆が一杯に広がっている。自分がいるのは後部甲板の上で、他にも人々……プレイヤーがそこかしこに立っている。
皆辺りを見回しながら海を覗きこんだり甲板を触ったりしている。話し合う声が聞こえないあたり、開始位置はランダムでスタートだろうか。
この船で甲板に見える限り40人位はいるか。船内にもいると考えれば結構な数のプレイヤーが乗っていると考えられる。さらに……周囲の無数の船も同じような状態ならプレイヤー全員がこの場に居るのだろう。
果たして何が起きるのか。
港街からではなくわざわざ海上からのスタートだ、このまま何事も無く到着とは考え難い。
見れば違和感の無いグラフィックや感触に気を取られている者の中に、明らかに警戒して周囲を確認している者が見受けられる。私と同じように、何かが起きるのを待ち構えているのだろう。
試みにメニュー画面を開こうとしてみる……が、開けない。
この手のVRゲームでは、明確なイメージによる思考操作か、トリガーを設定した手動操作でメニュー等を開けるようになっている。このゲームも基本マニュアルにそう記載されていたため例外ではない。
まだオープニング中であり、開放されていないのだろう。
この場に放り出されて1分程になるだろうか。
メニューを開くのを諦めた直後、急に晴天だった空が曇り始める。
穏やかだった海面は波立ち始め、船の揺れが大きくなっていく。
嵐だ。
「龍だ!」
誰かは知らないが、遠くで叫ぶ声が聞こえる。
船団の進行方向の空を、雷雲を纏った存在が近づいてくるのが見えた。接近に伴い天候は大嵐へと変わり、暴風が吹き荒れる。船と同等の高さまで吹き上がった波が体を濡らす。
所謂ホットスタートだろうと、手摺にしがみ付きながら思考を巡らせる。
このまま被害を受けつつ到着か、難破して漂着か、海面を漂うところから始まるのか、3択だろう。
「あっ」
巨大な水竜巻が発生し、船団が飲み込まれていく。
なんというか、ここまで迫力満点だと子供にはトラウマになりそうだが……R16にされているのはそれが理由か。
霞む視界に天を舞う龍を収めながら、再び世界が暗転した。
◇フェイズ1:ミッション開始
ふと気が付けば、悪夢のような一時が過ぎ、天気は嵐など幻であったかのような快晴に戻っていた。
ただし、襲撃があったまぎれもない証拠に、船はぼろぼろになって浅瀬に乗り上げている。見たところマストは全て折れていて、ここから動けないのは間違いない。
幸いにして陸地は遠くない……200m位か。この状態での運動能力はまだ把握出来ていないが、強い流れはなさそうなので、泳げばどうにかなるだろう。
ちなみにこのVRシステム、使用者の元々の身体能力は一切反映されることはない。現実でどれほどの超人的な身体能力があろうが、武道の達人だろうが、始めたばかりなら肉体的には全員が同じ能力となる。これは反射神経等も含めた話だ。
スタート地点は対等と言えるが、判断力や度胸等の立ち回りが非常に大きいウェイトを占めることになるため、武道の経験等が全くの無意味になるわけでもない。逆に固定観念に縛られて足かせになる場合もあるが。
周囲の様子を窺っていると、突然システム音(本人にのみ聞こえる)が鳴り、自動的にウインドウが開いた。
『ミッション発生!
開拓者諸君。龍の襲撃により船団は座礁してしまった。諸君等は座礁した船より上陸し、始まりの街に向かって欲しい。また最初に街に着いた者は開拓司令部に救援部隊のための船の座標を知らせてくれ。
達成条件:戦闘不能にならずに始まりの街“トロイ”の門を通過すること。
達成報酬:Secret
サブ報酬:1,000gp 』
「……へえ」
街に着くまでがミッションらしいです。
そのメッセージを確認した後の動きは様々だ。即座に飛び込み、泳ぎ始めたプレイヤーはかなり多い。またぼろぼろの船内に駆け込み、何かを探し始めた者達も出てきた。泳いでいるプレイヤーを観察し、ようやく開けるようになったメニューを元に冷静に分析している集団もいる。
私も周囲の設備を物色しながら素早く考えを巡らせる。
今のミッションのポイントは『戦闘不能にならずに』という部分だろう。文面からすれば逆説的に、戦闘不能になれば始まりの街に行けるという風にも読み取れる。復活地点はおそらく街だろうから、可能性は高い。デスペナルティが分からない今デスルー……じゃなく死に戻りするのは賭けになるが、即座に街に行けるかもしれない。
そう思っていると視界の端で海に飛び込んでそのまま沈んでいく姿が見える。まあ私程度が考え付くこと他の人もすぐ思いつくか。メニュー画面で確認すると初期所持金は500gpとなっているので、サブ報酬の金額はかなりのアドバンテージだろう。
RPGならひたすらレベルをあげてからBOSSに挑む慎重派の私なので、ひとまずこの船でやれることをやってから陸に向かおうと思う。ただ、船内には既に結構な人数が探索に向かったようなので、荒れた甲板で使える物を探すことにした。
細々としたものは流されてしまったようなので、余り物はなさそうだ。歩き回っているとNPCの船員がそこかしこで作業している。破れた帆を引きはがしたり綱が絡まっているのを解いたりと大変そうだ。
とりあえず近くの横倒しになった小樽の中に薄汚れた袋があるのを見つけ、さり気無く手に取る。すると、小さいウインドウが邪魔にならない位置に出現した。
『システムメッセージ:アイテムの所有について
このゲームでは、所有したいアイテムに触れて念じることで、所有権のないアイテムをカード化し取得することができます。カード化したアイテムはメニュー画面からアイテムボックスに収納できます。カード化してもアイテムの重量は変化しないため、重量超過には気を付けて下さい。
関連リンク:アイテムの所有権について
カード化不可のアイテム及びオブジェクトについて』
どうやらこれがチュートリアルらしい。
一秒で流し読んだ後、そのまま周囲から見えない位置で念じてみると、一瞬袋がポリゴンの様な無数の破片になると、一枚のカードになって手の中に納まっていた。
立ち止まらずに歩きだし、他にアイテムがないか物色しながらカードを確認する。
【鉄の大釘×20】
釘……何かの役に立つのだろうか。とりあえず表示し続けているメニュー画面からボックスに収納する。ついでに自身の装備を確認すると、【布のシャツ】、【布のズボン】、【革の靴】そして【銅の短剣】を装備している。他は特に身に付けてはいないようだ。アイテムボックスには【革の背負い袋】と【地図】、【開拓者証】が釘の他に入っている。
絡まっているロープに触れてみるが、カード化はされない。どうやら所有物の様だ……当然か。甲板に刺さっていたバールのような物に触れてみる……これはカード化された。
所有権の判別について考察したいところだが、悠長に検証している時間は無い。
船内の方ではかなり騒がしくやっているようで、時折争うような音が聞こえてくる。おそらく物資を取り合っているのだろう。甲板には私を含めプレイヤーは見える範囲で20人程度だろうか、まだ話し合っている者、船員に話かけて情報を集めている者、同じようにあちこち物色している者などがいる。最後の者は私を含め、牽制し合いながら甲板を捜索している。好戦的な者は船内に行っているようで助かる話だ。
この船は大型の帆船を模しているようで、甲板だけでもかなりの広さだ。私がいるのは後部甲板だが、前の方にも同じ程度のプレイヤーはいるのだろう。壊れているランタン……カード化されない、壊れたアイテムは無理……かな?
先程飛び込んで、今も泳いでいる……もうすぐ岸に着くプレイヤーは目算で100名以上150名以下、船上にいるのが40~50名か、船内に入った数は正直不明だが、船上よりは確実に多いだろう。そうするとこの船からスタートしたプレイヤーは200~300名となるだろう。水筒らしき物をゲット。
間違いなく船内なら役に立つ物があるのだろうが……怒声が響いている。入りたくない。
と、そこで陸に向いた側とは逆の甲板の隅に、小型のボートが破れた帆に隠れて埋まっているのを見つけた。
触れるが、カード化出来ない。先ほど他のプレイヤーもこの辺にいた気がするので、無理なのだろう。船の備品として所有できないのかもしれない。ボートと甲板の隙間に挟まれていたモップ?はカード化できたが。
私は近くにいた強面の船員に話しかけた。
「すいません」
「ん、なんだい嬢ちゃん、手短に頼むぜ」
「ありがとう御座います。それで知っていればで構いませんがこの辺の海に危険な生物はいますか?」
私の問いにNPCの船員は少し考えた後、声を小さくして答えた。
「いや、余り大きな声じゃ言えないんだが、事前に聞いた話では深くなればなるほど大型の魔物が出るそうだ。大海蛇や巨大蛸の目撃例があるって噂だ。この辺は浅いが、それでも鮫や海蛇、毒持ちのエイとかが人を襲う」
そういえば船内での乱闘かと思っていた悲鳴だが、よく見ると波に流されているだけのアバターがそれなりにいる。あ、また一人海中に引きずり込まれた。
「ああはなりたくないですね」
「まったくだ」
船員と笑いあう。
「というわけでこのボート使わせて貰えませんか」
「なるほど、その気持ちは分かった。でも俺にはそこらへんの許可を出す権限がないんでね、面倒かもしれんが船長に直談判してくれや」
そう言って船員は肩を竦める。実に様になっていて、AIとしても中々高性能のようだ。
「今船長殿がそんなことに割いている時間はないでしょうから、どうにかなりませんか」
「うーむ、俺も罰はくらいたくないしな、無理だ」
「……分かりました、船長殿はどこに?」
「船長室……に居る場合じゃないだろうから、操舵室じゃねえかな、出入りし易いし」
「どうもありがとう御座います。では」
頭を下げてその場を離れる。
正直甲板はもうめぼしい物がないようなので、足早に操舵室へ向かう。船内に降りなくて済むのは助かるところだ。
操舵室には、窓を通して見た限りプレイヤーの姿は無い。明らかに強面の船員が何人も集まっているせいかもしれない。
私は扉の前で止まり、ノックをする。
「……入れ」
僅かに間を置いて機嫌の悪そうな返事が聞こえた。まあ、座礁した船で機嫌が良い訳がないだろう。
「失礼します」
扉を開けると、甲板で働いている船員より服装の整ったNPCが4人いた。机の上に広げられた地図を囲んで何か話し合っていたという場面のようだ。……AIの性能を考えれば実際に話し合っていたのかもしれない。
私は軽く一礼した後、一番身なりが良く、船長帽を被り胸に幾つか徽章の様な物を付けた人物に話しかけた。
「お忙しい所申し訳ありませんキャプテン、私は開拓者のtaketoriと申します」
「ふん……儂が船長のドウォームズだ。で、要件は?」
「では単刀直入に言いますと、陸に渡るために備え付けのボートを使わせて頂きたいのですが」
「ボートだと……まだ残っておったか」
そこでドウォームズ船長は言葉を切り、少し考える様子を見せる。その間他の船員はじっと様子を見守っている。推測だが、身に着けているものからすると航海士と甲板長……そして戦闘要員か、剣を背負った剣士の様だ。ちなみにNPCは例外なく緑色の逆三角形マークが額の辺りに付いているためすぐに判別できる。
「ふん……貴様、出身は」
いきなり出身国を聞いてきたため、内心慌てながら冷静に答える。
「倭国ですが」
「倭か……まあいい、少なくとも礼儀は知っているようだな」
「……仮にも船の上で船長に無礼を働く訳にはいきません」
「ふん、そんなことも分からん連中が今の開拓者だ。陸を見た途端はしゃぎおって挨拶も無しにここに踏み込んできおる」
「そんなことを……」
「ま、すぐに叩き出してやったがな。で、ボートか……ふん、どうせこの船はしばらくドック入りだ。好きにするといい。どこのボートだ?」
「あ、はい、後部甲板です」
そう言うと船長は壁にかかっていた鍵を外してこちらに放ってくる。私は慌ててそれを受け止めた。
「鎖で固定しているからな、その鍵で外して使うといい。鍵の方は近くの水夫にでも返しておけ」
「ありがとう御座います。でも、頼みに来た私が言うのもどうかと思いますがよろしいのですか?」
「ふん、ただの気まぐれだ……。それに猫又は濡れるのを嫌うのだろう、さっさと気が変わらない内に行くといい」
「……? お心遣いありがとう御座います」
頭の中に?マークが浮かんだが、とりあえず頭を下げて操舵室を出る。
周囲を見ると、船内から出てきたのか人が増えている。笑いを抑えきれない者、不満そうな顔を隠しきれない者色々だ。
ボートの場所に早足で向かう。取られることはないのだろうが、さっさと入手しておきたい。
開きっぱなしのメニューに目を走らせていると、先ほどの船長の発言に思い当たった。
私の種族である猫又の設定に、泳ぎが苦手だとかそういう項目があった気がするのだ。数多くある種族の中から何気なく選んだ猫又だったが、実は水中ペナルティのようなものがあるのかもしれない。そう考えると目の前の海が危険な場所に思えてくる。
アバター作成時のデータでは、どの種族・出身国・守護星座を選んでも初期ステータスは同一とマニュアルに記載されていた。成長率やスキル取得、イベントが異なるらしいとは聞いていたが、こうしてみると隠れたメリット・デメリットが色々とあるのだろう。
今更の話だが、私の種族は猫又という倭国出身限定の種族だ。種族はいくつかの系統に分かれており、獣人系・魔族系・神霊系・伝承系となっている。所謂“人間”はこのどれでもない基本種族として扱われる。猫又は獣人系よりの伝承系なのだが……人化しているという設定のため見た目はほぼ普通の人間と変わらない。だから耳や尻尾もない(ここ重要)ため、事前の評判だと選択者は相当少ないだろうと聞いている。猫耳好きは素直に猫人を選択すればいいからだ。
閑話休題。
ボートのある場所に近づくと、何やら罵り声が聞こえてきた。
一旦足を止めて様子を窺うと、3~4人のプレイヤーがボートの前で騒いでいる。固定している鎖を引っ張ったり、船体を蹴りつけたりやりたい放題だ。使えないので八つ当たりをしているのだろうか。
そうしていると、船員が近づいてきて咎めるような様子を見せた。それに対しプレイヤー側は反発を見せたようだが、船員が袖をまくり太い腕を見せて恫喝すると捨て台詞を吐いて離れていった。
ああはなりたくないものだ。
私はそっと船員に近づいて話しかけた。
「すいません」
「ああん、まだ何か……ってさっきの嬢ちゃんか」
「船長殿から許可を貰ってきました。これが鍵になります」
「ほお、よく許可が貰えたもんだが……分かった、今外すからちょっと待ちな」
船員は鍵を受け取ると手早くロックを解除した。
「ほらよ、後は好きに使いな」
「ありがとう御座います」
手を触れると、今度はカード化の手応えが返ってくる。
【木の小舟(補強済)×1】
ボックスに仕舞い込み、そろそろ陸に行こうかと踵を返すと……急に体がだるくなった。
「うえ……?」
正確には何かを背負っているかのように体が重い感じか。さっきまでと比べて明らかに動作が遅くなっている。
「重量超過、か」
すぐに原因に思い当たる。
流石に小型とはいえボートだ、重量は相当な物だろう。それを背負っていると考えればこの現象も説明がつく。現実的には背負ったら潰れてしまうのだろうが、そこはゲーム的に調整されているのだろう。
「何事も順調にはいかない、よねえ」
溜息を付きながら移動する。とりあえずリアルの知人を除けば皆競争相手だが、単独でスコアを稼げるほど甘いゲームではないだろう。協力と競争のジレンマが何とも言えない緊張感を生み出している。
まずは最初のミッションをクリアするために、協力者を得なければならない。先程の動きで何人か目星は付けてあったので、人が集まっている方に向かった。
陸に向いている側の舷側には縄梯子がいくつか下げられており、そこから船の探索に見切りを付けた者達が泳ぎ出している。
遠くを見れば、海岸で休憩している者も結構いるようだ。泳ぐことで体力等を消耗するのだろうか。
まだ周囲にはざっと30~40人が残っている。縄梯子を待っているのと、慌てず様子を見ている者がいる。
私は静かに見回し、同じ様に周囲を観察しているプレイヤーを探した。
見つけた。
2人、私と同じように甲板をうろついていた人物だ。
余り競争意識の高すぎる者は面倒なので、歩調を合わせてくれそうな人物が望ましい。ただ、今残っているのがトップ争いを避けるためなのか、勝算があって策を立てているのかは判断し辛い所だ。特に始まったばかりで、何のアイテムを手に入れたのか分からない状態では疑心暗鬼にもなる。
私はPKにさえしてこなければ、協力に関しては多少譲歩してもいいと思っている。……地図の無い土地の地雷原を先頭きって進む気は無いのだ。その上で先陣をきった者がそのまま勝利したら、それは称えるべきことだろう。
少しすると向こうもこちらに気付いたようで、両方とも探るような視線を向けてくる。私同様こちらのことに見覚えがあったのか、僅かに間を置いて、誰からともなく静かに物陰に移動する。
物陰と言っても梯子待ちの集団から見えない位置、というだけだが。
1人は大柄な女性だ。燃えるような赤毛を肩まで揺らし、日に焼けた小麦色の肌をしている。容姿はこの手のVRゲームの例に漏れずそれなりに整っているが、美しいというよりは活発な印象を受ける。種族による補正が反映されるため、おそらくは種族:アマゾネスの可能性が高い。
もう一人はやや小柄で、青灰色の短く切りそろえられた髪型、白い肌に首筋からは鱗のような模様が見えている。容姿は以下略で雰囲気的にはクールビューティーというところだろう。種族はおそらく水棲人か人魚……鱗持ちは判別を付け辛い。
ちなみに私は見た目が人間とほぼ変わらないので、一目で猫又と判別できる者はそうはいないと思われる。
「さて……」
様子を窺っていると赤毛の女性が口を開いた。
「あまり時間も無い……、手短にいこうか」
ややハスキーな声。やや男性的な喋り方だが、外見にはよく合っている。
「そうですわね、私もそこまで暇ではありませんの」
小柄な女性も澄ました表情で喋り始める。
私はそれに頷く。
「ロールプレイお疲れ様です」
「な、何を言ってますの! 演じてなんかおりませんですのことよ!」
「いや明らかにおかしかったと思うぞ?」
私の見立てでは赤毛の女性の方はかなり自然だが、こっちはいささか口調がぎこちない。経験から言えばキャラプレイだと推察される。どうでもいいけれど。
「よし、場も和んだことだし話を続けようか」
にやりと笑った赤毛の女性が話を再開する。結構悪戯好きなのかもしれない。
「そうですね、こうして集まったということはそれなりに協力できると見ていいでしょうか?」
「しまいには泣きますわよ……、協力する気が減りましたわ」
「まあまあ。……で、どの程度協力する?」
笑っていた表情が、一転して真剣なものへと変化する。全員の表情が変わる。
「……とりあえずは始まりの街に着くまで、かな」
「まあ、異存はありませんわね」
「話が早くて助かるね……、牽制しあっても仕方がない」
実際の所、ゲームはまだ始まったばかりだ。
今足の引っ張り合いを考えた所で大した差が付けられる訳ではないし、それに伴う悪評のデメリットを考えれば友好的に協力する方が後々まで利益がある。
「色々できる範囲で情報交換をしたい所ですけど、今は時間が惜しいですわね」
「そうだな、ひとまず泳ぐとしようか。鮫が面倒だが、そこはどうにかなるだろう」
「おや、何かいい方法でもありましたか?」
そう聞くと、無言で取り出したカードを軽く振る。何かは見せてくれなかったが。
私は笑い、こちらもカードを取り出して振る。
「じゃあ私もここで使える札を見せましょうか」
「へえ……いい物があるのかい?」
互いに笑い合い、同じ方向に顔を向ける。
「な、なんです……ですの」
「いや、そちらは何かないのかなあと思ってね」
「ギブアンドテイク、社会の基本ですよ」
「くっ……!」
彼女は歯ぎしりした後、顔を歪めて何事か考えている。数秒後、息を吐いて疲れたような表情を見せる。
「……いいですわ。今出せる物はありませんから、何かは知りませんがお返しは陸に上がってから十分にさせて頂きます」
「オーケー、期待させてもらいましょう」
私は笑いながらカードを裏返す。当然そこにはボートの絵が描かれている。
「ボートだって!? こいつは驚いた、どうやって手に入れたんだい?」
「むう……それがあれば泳がなくてすみますわね……」
「ただ鮫などに体当たりされる可能性もありますので、注意しないといけません……そっちは?」
こちらが尋ねると、思い出したように彼女はカードを反転させた。そこに描かれていたのは袋の様な何か。
「……それは?」
「あっちの隅にいたNPCから交換で貰ってね、鮫避けの薬だそうだ。5個セットで鮫の嫌がる臭いを海中にまき散らすんだとさ。人体に害はないらしいけど」
ピンポイントで使えるようなアイテムだが、狙って配置されているのがよく分かる。
「じゃあ行きましょうか、話は船の上でもできますし」
「あいよ」
「わかりましたわ」
こうして私達は移動を開始した。
◇フェイズ2:行動
青い空、青い海、白い雲、跳ねる鮫。
「泳ぐ連中を尻目に船で移動……この優越感は堪りませんわね」
漕いでいるのは私だが。
「このままなら鮫避け薬も3個の消費で済みそうだ。疲労も無いしありがたい話だ」
漕いでいるのは私で疲労も溜まっている。
「そう思うのなら後でちゃんと活躍して欲しいですね」
「わかってますわ」
「任せておけ」
不安だ。
現在私達はボートで陸を目指して進んでいる最中だ。なお、泳いでいる連中にしがみ付かれたりしないよう端の方を進んでいる。
漕ぎ手を変えるのも面倒なため、陸に上がるまで持ち主である私が漕ぐことにした。当然その間他の二人は暇になるので、周囲を警戒しつつ話し合っているのだが……。
「まあ、情報がないとどうしようもありませんわね」
「まったくだ」
メニュー画面に「マニュアル」という項目があったのだが、開いても内容をほとんど見ることができなかったのだ。こちらの行動に合わせて必要部分が開示されていくのではないかと言う結論に達している。
その結論を出したのは目の前の二人だが、私はその間も漕ぎ続けている。漕ぎ続けているが、口を挟まず思考操作でメニューをいじっている。私は思考操作がそれなりに得意なのだ。ただし戦闘中は勘弁して欲しい。
メニューはデフォルトで他人には内容が見えないようになっている。メニューを出していることは分かるが、本人が閲覧を許可しない限りただの黒くて薄い板だ。
つまり私が今メニューをいじっているということは他の二人には分からないということだ。だからどうしたと言えばそれまでだが。
曲がらないようにオールを動かし、周囲を警戒し、その傍らメニューを操作して分析する。この程度であれば大した負担ではない。何やら何人か近寄ってこようとしたが、速度を上げて引き離してやった。
後10秒もすれば岸に着くというところで、二人に下船の準備を促す。
どちらも無駄口を叩かずに着岸の衝撃に備え、警戒の態勢をとる。
鈍い音を立ててボートが砂地に乗り上げた。最後に速度を落とすように漕いだものの、慣れない操作では上手くいかなかったようだ。
「よっ」
「それっ」
2人が飛び降りる。僅かに砂地でバランスを崩したようだが、直ぐに波のこない場所まで駆け上がっていく。
私はゆっくりと降りて、ボートをカードに戻す。
ちらりとデータを確認したところで、少し違和感を覚えた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ」
BOXに収納した後、2人のいる所まで移動しながらデータを再度確認する。すると画面の隅に、「耐久度」の項目があるのを発見した。そこには【23/40】の数字が示されている。
「それじゃ行きましょうか」
「お疲れ様ですわ、他の方々に絡まれる前に見えない場所に移動しましょう」
「そうだな、とりあえず向こうの木立の陰に行こうじゃないか」
恐らく数字が0になると壊れてしまうのだろう。短い距離を漕いだだけにしてはあきらかに減りが激しいが、これはイベントで最初から多少減っていたのだと思う。もしくは蹴りつけられていたせいか。
まあどうせしばらくは使うこともないだろうし、修理も可能だろうから心配することではないはずだ。
私たちは素早く海岸から見えない場所に移動する。
海岸から内陸へは、多少木立や岩場が続いた後森になっている。密林というほどではないが、現実の人の手が入った森とは違い様々な植物が生えていて先を見通すことが出来ない。
「さて、こっからどうするかだけどねえ」
「それなんですが、船を漕いだことでステータスのSPゲージが2割ほど減少しています」
「あら、スタミナの話ですわね、感覚的に変化はありますかしら?」
「……少しだるい感じがしますが、まだよく分かりませんね」
ゲージの色は100%の時明るい緑色だったが、現在は黄緑がかった色に変化している。減少するにつれて色が変化するようだ。漕ぐ前は100%だったため、
実の所、重量超過ペナを受けているせいで、だるさがスタミナのせいなのかペナのせいなのかがよく分かっていなかったりもするのは秘密だ。
「そう、まあその分しばらくは後ろに下がっていてくれればいいさ。とりあえずパーティーを組もうか、今申請を送ったぞ」
「ここら辺のシステムは他のゲームと余り変化はないですわね……了承っと」
「そんなに奇抜なシステムにしてもユーザーが困るだけでしょうし……了承ですわ」
「……よし、それじゃあさっきの決め事通りに暫定で私がリーダーをしよう。別に威張るつもりもないし意見があったら何でも言ってくれ」
メニュー画面にはパーティーウインドウが開き、メンバーの簡易ステータスが表示されている。表示されているのは、CN、HP、SP、MPのゲージ、状態を示す欄だ。
と、そこで私はあることに気付いた。
「……そういえば、自己紹介をしていませんでしたね」
その言葉に虚を突かれたような表情をする二人。
「……いやその通りだな。ごく自然にここまで来たが、考えてみれば名乗った記憶が無い」
「これは失礼しましたわね」
「じゃあ、名前だけだが改めて名乗ろうか、風花だ、短い間かもしれないがよろしく頼む」
「私のCNはアルメイダですわ、よろしくお願いします」
「私はtaketoriと言います。短い間とは言わず今後ともよろしくお願いしますね」
「ローマ字表記とは古風な……多国間ゲームをやってる口かい?」
「それなりに。それでこれからどう動きますか?」
問題はここからどのようにしてトロイに辿り着くかだ。
最初の強制イベントで、それほど時間がかかるとは思えない。ゲーム内時間で1~2時間も歩けば着くのではないだろうか。
「それでしたら御二人とも、MAPを開いて下さいな。今表示されているのはほとんど白地図ですが、街の場所だけは載っていますのよ」
「確かに」
「街と……周辺の地名かな」
一次船団によって築かれた幾つかの街と砦が地図に記載されている。ただ設定通り、トロイ周辺以外は道すら表示されていない。辛うじてトロイから次の街と、近くの砦及び採掘場に道が伸びているくらいか。
肝心の現在地は表示されていないが、トロイは湾の内部にあり、突き出た半島によって外海からの波を受けない港町だ。そう遠くない地点だと考えれば座礁地点は限られる。
「半島の反対側、街の北側は丘陵地帯ですから、必然的に目の前の森は半島側にある“アルカダの森”だということになりますの。流石にそのどこかは分かりませんが……」
「いや、それだけ分かれば十分だろう。後は南側に進んで、森が開ければトロイが見えると考えればいいのだろう?」
「それでしたら一度森を突っ切って半島の内側に出て、海岸沿いに進むのはどうでしょうか。地形次第ですが、迷う確率は低くなります」
問題は崖や岩場を配置されていて進めなくなることだが……。
「ああ……それは悪くない考えだが……いや、障害物があっても多少ならボートで迂回できるか」
「どうしようもないのは、対処できないモンスターが配置されている場合位ですわね」
「その時は素直に逃げましょう」
「じゃ、それでいこうか」
手早く方針が決まり、まずは森を突っ切ることにする。
周囲を警戒しながら互いに装備の確認を行う。初期装備は服と短剣だけだが、船で入手した道具があれば話は別だ。
アルメイダがメニューを操作すると、なにやらジャケットの様な物を服の上に装備した。ややくたびれた印象を受けるが、少なくとも服よりは厚手で防御力はありそうだ。さらに手袋の様な物を装備する。
……多少とはいえ、防具があるのは非常に羨ましい。
「それは?」
「作業用ベストと軍手ですわ。見た目が悪いですけど今はそんなこと言ってられませんものね」
「防具があるってのは、いいことだね」
風花の方を見れば、バンダナの様な物を頭に巻いている。
「こいつは見た目通りで、水夫のバンダナっていうみたいだ。ほとんど防御力はないね」
「taketoriさんは、装備は初期のままで?」
「んー、ボート入手するのに時間を取られまして……」
アイテム欄を確認しつつ答える。実際武具になりそうな物は特に拾って……。
その時、あるアイテムが私の目に留まる。説明欄には【装備可】の文字がある。
「……まあ、見た目なんて二の次ですよね……」
溜息を付きながらアイテムを装備欄に移動する。
僅かに間を置いて、ずしり、とした重みが右手に感じられる。その金属でできた細長い工具はどうにも違和感を放っている。
「む……そのバールのようなものはなんだ……?」
「いえ、文字通り【バールのようなもの】です。名状しがたい、の表記がないのが救いですが」
「これもシュールですわね……では私も」
アルメイダが何かを手に装備する……細長い木製の柄に、繊維を束ねたものが付けられた板が先端にある。つまり……デッキブラシか。
「【木のデッキブラシ】ですわ」
「……短剣とどっちが攻撃力あるんだろうな、リーチの面では間違いないが」
風花も何時の間にか手に棍棒の様な物を持っている。よく見れば……まごうことなきバットだ。なんというか、見た目はともかく一番扱いやすい武器ではないだろうか。
「じゃあ行こうか」
「了解ですわ」
「了解」
細かくは言わず出発する。
データについて話さないのはできるだけ手札をさらしたくない心の現れであるが、何も言わないのは短い時間ながらも“信用はできる”と判断したが故だ。
多分。
私たちが森に踏み込んでから10分程経過しただろうか。
未だモンスターとは出会っていない。
遠目に他のプレイヤーはちらほら見かけるが、互いに近寄ろうとはしない。
モンスターと出会わないのは、多分先に突入した他のプレイヤーが相手をしているせいだろう。仮にも1万人を超える参加者がいる訳で、どれだけ座礁地点をバラバラにしても人口密度は高いはずだ。
時折、悲鳴や怒号が遠くから響いてくるが、他人を気にしている余裕は無い。
その時、視界の端にある茂みが揺れるのが見えた。私は囁くような小声で注意を促す。
「左手前方注意、何かいる」
「……了解。こちらは3人いるからな、まずは一戦交えるとしようか。周囲の警戒を頼む」
「イエス、マム」
防具の多いアルメイダが先頭に立ち、風花、私の順に並んでいる。私は武器のリーチが一番短いので周囲の警戒がメインだ。
そして茂みが大きく揺れ動き、それに合わせて私たちは身構えた。
「キュッ!」
甲高い鳴き声を上げて、白い毛の塊が茂みから飛び出し……一目散に逃げ去っていく。
その光景に思わず動きを止めて、遠ざかる白い塊を見送ってしまう。すぐに木々に隠れて見えなくなったが、その前に一瞬ピントがあい、常時左上に半透明で展開していた情報ウインドウにメッセージが表示された。
【name:???】
他には何の項目も無く、役に立たない情報だ。いや、逆説的に言えば今の私たちでは敵の情報を知る術はないということは分かった。
「今のは……兎ですの?」
「カピバラ位の大きさだった気がしますが……多分兎でしたね」
「首を刎ねられなくて良かったな……」
最初の遭遇が(本当は鮫が最初なのだろうが、カウントしない)敵対的ではない草食動物だったためか、思わず気が抜けてしまう。
それでもそれ気付いたのは、無意識にも周囲とウインドウをチェックしていた賜物か。
私は頭上から風花に落ちてきた影に対し、咄嗟に体を割り込ませることに成功した。
「……っ!」
「きゃっ!」
「ちょっと!?」
彼女を突き飛ばすようにし、とっさに掲げたバールのようなもので顔を守る。上から奇襲してきた黒い影と激突し、私は仰向けに倒れた。
システム上痛覚はかなり抑えられているが、息の詰まるような鈍い痛みを感じた。痛みに声を上げる間もなく影が上に圧し掛かってくる。完全にマウントを取られている――振り払えない。
逆光でどんなモンスターか判然としないが、爪の生えた腕が二本有るのは間違いない。
「ギャウッ!」
爪が振り下ろされる。
とにかく顔だけは防御した。防ぐので精一杯で、何発か防いでいる内に視界の隅で表示されているHPゲージが何時の間にか黄色く変化した。
ほんの数秒のはずだが何分も過ぎたように長く感じられたが、鈍い音と同時に圧し掛かっていた重量が消失する。
「グキィッ!」
「いい加減にしな、このエテ公!」
痛みを堪えて跳ね起きれば、そこには2人がかりで体調1m程度のサルの様なモンスターを殴打している姿が。
即座に自分も加わりたい衝動を抑えて、他にモンスターがいないか周囲に目を走らせる。
……大丈夫なようだ。安心して殴りにいける。
「……ちょっと私にも殴らせてくれますか?」
私がゆらりと近づくと、何故か二人が怯えたように左右に分かれて場所を空ける。
その隙にサルが反撃しようと牙を剥き出しにして構えを取るが、私はその瞬間に既に掲げていたバールのようなものを脳天に振り下ろした。
鈍い音が森の中に響く。
「あ、刺さった」
クリティカルでも発生したのか、一際大きい衝突音だった気がする。その一撃でサルは動かなくなり倒れ伏した。
「お……お疲れ」
「だ、大丈夫かしら?」
二人が声をかけてくる。
HPゲージが減っている他は特に問題は無い。少々驚きはしたが、現実で犬に追いかけられて噛みつかれる経験を思えば、痛覚が抑えられているので大した物ではなかった。
腕で防御していたが傷も無い。SPゲージがまた減少している気がするが、攻撃や防御のアクションでも変動するのだろう。
「まあ、問題は無いと思います。お二人はいかがですか?」
「いや、反撃もほとんど無かったしね、大丈夫さ」
「まったく、単独だったら混乱している内にやられていたかもしれませんわね」
会話している内に、いつの間にかシステムウインドウが開いているのに気付いた。戦闘に関する解説らしい。【戦闘について】【戦闘後の処理について】とあるが、終わってから出てくるというのが嫌らしさを感じさせる。
説明によれば、モンスターは倒した後5分間データが残っているらしい。その間に手を触れて念じることで、「剥ぎ取り」が行なえる。剥ぎ取りをすることで素材が手に入る。素材以外のドロップ品は基本自動的にアイテムBOXに放り込まれると。
「止めを刺した者が剥ぎ取るべきだろう?」
風花に言われ、手を触れる。本物のようなそれでいてどこか無機質な感触を味わった後、剥ぎ取りを開始する。5秒ほどでデータ片に分解され、再構成後数枚のカードとして手に残った。
今ので分かったが、剥ぎ取り動作中は動けないようだ。5秒の時間は乱戦中には致命的なため、周囲を良く見て剥ぎ取る必要がありそうだ。
「ちょうど3枚あるので、1枚ずつ分けましょうか。他のドロップは手に入れた者勝ちで?」
「今はそれでいいと思う。序盤から重要ドロップはないだろうしな」
手に入れた素材は、【野猿の毛】×2と【野猿の牙】×1だ。特に話し合うことも無く、一番ダメージを受けた私が牙を貰うことになった。
……この2人と組むことになったのは只の偶然だが、短い時間とはいえこれまでの行動を見れば信用に値する人物のようだ。もっとも、必要があれば妨害も躊躇わないようにも見えるため、最低限の警戒は必要だろう。
【野猿の牙】森に棲む野猿の牙。装飾品等に使用される。
サルを倒した後、私達は休憩を取らずに進んでいた。
「ここの会社は色々有名だけどさあ」
「そうですわね」
「前の作品もそうだけど、ゲーム作るために昔の物?アニメとか漫画とかの権利を大分買ってるそうでね」
「聞いたことがありますね、昔のネタを使うためにだけ買ったとか」
「そうそう、で、今回も大分その辺の……なんて言うのかな、やっぱりネタ?を盛り込んだアイテムやクエストが目白押しらしいのさ」
「私達には余り関係の無い話だと思いますけれど……」
「年寄りにはそれなりに効果があるんでしょう。それに昔の作品が元になった今の作品も多いですから、意外に楽しめるかもしれませんよ」
途中、採取できそうな木の実や茸を見かけたが、今は反対の海岸へ出ることを優先して手は出していない。下手に手を出して、触っただけで毒状態になる代物だったりしたら目も当てられない。まあ、流石にそこまで意地悪な開発者ではないと信じ……たいが。
現在までに森で見かけたモンスターの類は、最初に遭遇した兎・サルの他に、襲ってはこなかったが鳥が複数種類(鳩と鷹のような鳥)、それに蛇だ。
蛇は体調4~5m程度で、緑を基調とした網目模様をしている。三人がかりで叩きのめしたため毒持ちかは不明だ。ドロップは【緑蛇の皮】しか出ていない。
「しかし上陸したときはまだ昼前という感じでしたけど、いつの間にか太陽が頂点に来ていますね」
「ん、もう40分位は歩いたな、地図の縮尺が分からないから何とも言えないが、そろそろ反対側に出てもいいかもな」
「……風向きが変わりましたもの、もうすぐ海岸ですわよ」
アルメイダの言葉に私と風花は顔を見合わせる。確かに風は吹いているが、向きまでは気にしていなかったのだ。
「うふふ、それに潮の匂いがまた強くなって来ましたし、間違いありませんわ」
「……言われてみれば確かに」
「……むう」
現在のVR技術では、“嗅覚”“味覚”に関する部分についての再現は完成されていない。勿論今現在も周囲の臭いは感じているし、例えば適当な葉っぱを口に含めば苦みや青臭さを味わえるだろう。だが、そこまででしかない。一遍通りのパターンを再現してはいるが、それ以上の再現ができていないのだ。
まあ、個人差も大きい複雑な分野のため色々難しいらしい。
進んでいくと木々が疎らになり、視界が開けていく。
一旦止まり、バールのようなものを油断なく構えながら周囲を警戒する。
「動く影無し」
「同じく」
「よし、出るぞ」
森を抜ければ、最初に上陸したのと同じような海岸が広がっていた。いや、差異としてはやや遠浅になっており、岩場が少ないように見える。さらに遠くに目を向けると陸地……対岸が視認できる。トロイは……まだ確認できない。
「……街はまだ見えませんね」
「遠いな、初期ミッションにしては少し時間がかかり過ぎるような気がするが……」
「何かこう、とんでもない勘違いというか、見落としというか、間違いを犯している気がしますね。もしかしたらこっちの海岸に出ない方が良かったのかもしれません」
しかし、ここまで来たからには予定通り進むしかない。
私たちは森と海岸の境目辺りに沿って進み始めた。砂地は柔らかく、長時間の移動には不向きだからだ。
しばらく進んでいると、ふと砂浜で砂が動いたような気がした。
波打ち際は当然動いているのだが、そのリズムを乱すような動きがあったように見えたのだ。
「……すいませんが、その辺の砂が動いたような気がしませんか?」
「砂? ……いや、分からないが」
全員が足を止める。
アルメイダが何かに気付いたように口元を歪める。
「……ははあ、分かりましたわ」
「知っているのか雷……アルメイダ」
「ネタが分かりませんわ。砂浜なら定番として、ヤドカリのようなモンスターがいるものですわ。それに違いありません」
なるほど、その辺の定番は良く分からないがそういうモンスターがいるなら納得できる。
「つつく?」
「もしそうなら堅そうだし時間の無駄だろう。さっさと行こうか」
「了解」
というわけで近づかなければ襲ってこなさそうなので、スルーして進んだ。
フィールドの境目はモンスターが出辛いのか、ほとんど遭遇せずに進むことができた。
ここまでは、だ。
「……あれ、どうします?」
「……どう見ても、モブではないですわね」
「……少なくとも私たちが挑んで勝てる気はしないな」
海岸線を遮断するように突き出た巨大な岩山が道を塞いでいる。岩山は森の中まで続いており、迂回するにも手間がかかりそうだ。
ただ、海岸沿いからは細いが昇り口のような岩棚が続いているので登れないことはない。問題は、その岩山の頂上にモンスターが1体居座っていることだ。
詳細は分からないが、下から見上げて判別できるシルエットだけでもその大きさが分かる。象……とはいかないまでも犀並みのサイズだろう。イグアナのような感じだが、頭部から1本角を生やしている。
「降りてはこないようだけど……どうします」
「無難なのは森に戻って迂回だな」
「……ボートで海側を迂回するという手もありますわね」
いい加減歩くのも面倒になってきたし、森に戻るのも面倒だ。海側を行くのもいいかもしれない。
あのモンスターから攻撃されないという前提でだが。
「……そうしましょうか」
「そうだな……それもいいな」
「え?」
私と風花が頷くと、アルメイダが焦ったような声を漏らす。
「まあ、冗談でしたのに」
「正直疲れてきたので、精神的に」
「まあ、女は度胸。何でも試してみるものさ」
およそ1分後、私達は海上にいた。
アレがどの程度のルーチンで動いているのかは不明だが、なるだけ距離を保つに越したことはない。現在海岸線の波打ち際から50m程度を平行に進んでいる。これ以上沖に出ると急に波が荒くなるのだ。
岩山の海に突き出た部分から、200m。まだアレは動かない。
150m程度か。どうもこちらに顔を向けているような気がする。危険かもしれない。
「こっち見ていませんか?」
「……かもしれない。だがこれ以上離れると転覆しそうだ……このまま行ってみよう」
そろそろ彼我の距離が100mに差し掛かろうかというところで、岩山の影が動いた。
海に飛び込む訳でもなく、伏せるような態勢になりこちらに角を向ける。
「反応した!?」
「まずっ沖に」
「きゃあ!?」
船の方向を変更する間もなく、閃光が走る。
私は咄嗟に船底を蹴り、倒れこむようにして背中から海に体を沈めた。
瞬間、船が爆発した。
焼けるような熱さ(実際に火傷をするほどの熱さではない。熱い風呂に入った時程度)が全身を包み、上下左右が分からなくなる。
僅かな浮遊感を体験した後、冷たい水に包まれる。
「ごぼごぼごぼ」
喋ることはできない。ちなみに息は問題ないが、水中にいる状態だとSPゲージが減り続ける。ゼロになると今度はHPゲージが減っていくらしい。
視界の端にあるHPゲージは1本がゼロ、もう1本が4割程度になっている。私は動いたのが功を奏したのか6割だ。
見ている前でHPを無くした者――アルメイダのアバターが砕け散る。その場所にはマーカーのようなクリスタルが浮かんでいる。
そちらに向かって思わず手を伸ばす――が、体が動かない。
いつの間にか、海底の砂の中から飛び出してきた細長いものが、私と風花の足に絡みつき、動きを封じていた。
一体何が、と海底に顔を向けると。
「ごぼがぼぼっ!?(触手プレイ!?)」
犯人は巨大なタコだった!
ややグロテスクではあるが、デフォルメされていてそこまで生々しくは感じない。私は風花と顔を見合わせると、視線で互いの意思を確認する。
内容は同じ「これは詰んだ」だ。
砂埃を巻き上げてタコの頭部が姿を現す。拳ほどもあるつぶらな瞳がこちらを見た後、空いている足がゆっくりと、バツ印を示す。まるで、ここは通行止めだと語っているようだ。
その直後、一気に締め付けが始まり、あっという間にHPゲージがゼロになった。
体の自由が効かなくなり、アバターが砕けたのが分かった。
1分程度だろうか。自分がいた場所のクリスタルを中心に意識が残っている。おそらく蘇生効果のあるアイテムや魔法はこの時間中に使えばいいのだろう。
ゆっくりと視界が上に登っていく。死に戻りだ。
そこで視界が反転する直前、私はあるものを見つけた。角度的には偶然だったが、見えたのは間違いない。
突き出た岩山の海中部、その根元にぽっかりと大穴が口を開けていたのだ。
◇フェイズ3:開幕の終わり
目が覚めたら、そこは知らない天井だった。
当然だが。
時間的には、3分と経っていない。起きようとするが、どうも体が上手く動いてくれない。
仕方なく、体が動くまで思考操作で状況を確認することにした。
現在地は……【トロイの大神殿】と表示されている。死んだ時の初期リスポン位置はやはりここらしい。
ステータスは……流石にこちらは判断がつかない。デスペナルティを受けているのだろうか。よく見れば状態異常の欄に「衰弱」と表示されている。
所持品……ドロップアイテムがいくつか消えているように思う。装備はそのままだ。問題は、所持金が、-1000GPとなっていることだろうか。
「Oh……蘇生には金がかかる仕様なのね……」
ゆっくりと体を起こす。
部屋はビジネスホテルの個室程度の大きさで、あるのは寝ていたベッドと照明のみだ。
そして扉が一つ。
ため息をついて扉を開く。すると、まるでモスクのような場所に出た。タペストリーのような物がかけられ、そこかしこに燭台が取り付けられている。
ここが神殿内部かと思い見回していると、法衣を纏ったNPCが近づいてきた。
「おお開拓者よ、力尽きてしまうとは情けない」
なぜか棒読みの台詞をかけられる。
「治療代については月末までに利子込みでお支払いいただければ結構です。なお、現在お体が衰弱状態になっているでしょうから、街の外にでるのはお勧めいたしません」
「分かりました。利子はどの程度になりますか?」
「トイチになります」
「……わあお」
暴利だ。しかし蘇生ということを考えれば安いのかもしれない。
NPC……神官に礼を言って外に出る。
まだ体がだるい。これが衰弱の影響だろうか。
外には地中海風の街並みが広がっていたが、そこかしこで気だるげに座っているか、ゆっくりと歩きまわっている人々がいる。同じように衰弱しているプレイヤーだろう。
私も座り込みたいところだが、やれることはやろうと近くを歩いていたNPCを捕まえる。
「すいません。道を教えてもらっても宜しいでしょうか」
「ああ、新規の人か。いいけど」
「ありがとう御座います。司令部はどちらになりますか」
「司令部ね、それなら……東側に高い塔みたいな建物が見えるだろう。あそこが司令部だ。向こうの大通りをそのまま進めば正門に着く」
「分かりました、どうもありがとう御座いました」
頭を下げ、言われた通り進んでいくとそれらしい建物が見えた。
外観的には大学のような感じだろうか。それほど武骨でないのが意外ではある。正門には両脇に槍を構えた衛兵が立っている。
正門は、人がちらほら行き来しており、特に通るのには問題なさそうだ。
3分後、私は案内板を頼りに総合受付に辿り着いた。ちなみに他にはミッション用の受け付けや各種手続きの窓口が多数存在している。
「はい、倭国のtaketori様ですね。確認いたしましたので、これで正規の開拓者として活動が許可されます。それと初期ミッションについては残念ながら未達成の扱いとなりますのでご了承下さい」
視界の片隅で「Mission Failed」の文字が躍る。
少し落胆したが、まあ予想できた話だ。
「ミッション等の結果については、確認できるのですか?」
「はい、公表される部分につきましては、司令部および支部に設置されております掲示板で確認可能です」
司令部から発動されるミッションは公的な仕事のため、情報公開されているそうな。
早速確認しに行くと、掲示板というか、大きなスクリーンのような板がホールの一面に設置されていた。現在は灰色で何も表示されていないが、ここに例のランキングが表示されるらしい。
スクリーンの手前に、アクセスポイントがあり、ここでメニューを開くと最新の情報がダウンロードできる訳だ。どこからでも閲覧できた方が便利だとは思うのだが、敢えて不便にしてあるのだろう。
手早く情報を落とし、近くにあったベンチに座って確認を行う。
「……むう」
予想以上に情報量が多い。
今回のミッション情報だけでなく、司令部での募集情報や公式発表など、多岐に渡る内容の塊だった。
ワード検索をかけて目的の情報を拾っていると、目の前に影が落ちた。
「先に行っているなんて酷いじゃないか」
「団体行動がなっていませんわね。私達はまだパーティーなんですのよ?」
風花とアルメイダだ。
「……あー、その、ええと、御免なさい。すっかり忘れてました」
とりあえず頭を下げる。
パーティーを組んでいることすら忘れていた。
「それで……何を見ていますの?」
私は調べていた内容を手早く説明した。
今回のミッションについてだが、大体私たちが反対側の海岸を歩いていた頃には最初の到着者が出ていたのだ。
上陸場所によって距離に差があるものの、ある程度森を南に進むと製材所があり、そこに運よく辿り着ければ交渉次第で木材を運ぶ馬車に乗れたというものだ。これが死なない場合の最短ルートらしい。別の雑談掲示板では馬車がモンスターに襲われたりした事例も報告されているので、乗れれば良いという訳でもないようだが。
「……ははあ、これは予想できないね。まあ、無事に到着できたのは今のところ1割程度か。未到着者がまだ3割いるからもう少し増えるのかね」
「うーん、これは少々悔しいですわね……船でなければどうにか到着できていたのかしら」
申し訳なさそうなアルメイダだ。
ちなみにボートは完全に破壊されて、【木材の破片】に変化している。
「まあ仕方ないですよ。あれは……予想出来なかったとは言いませんが、想定の範囲外でした。海はかなり難易度が高めのようです」
「あれは……多分ボス級だと思うが、いずれは挑んでみたいな」
「その前に借金をどうにかしませんとね」
しばし語らった後、風花がおもむろに切り出した。
「……さて、私達は無事じゃあないがこうしてトロイに着いた訳だ」
私達は頷く。
「臨時パーティーはここに着くまでだったからな、とりあえず解散しようと思うが」
「そうですわね」
「ええ……でも、せっかくですからフレンド登録しましょう?」
互いに笑い、登録を行う。
そこでアルメイダが遠慮がちに話し始める。
「実際……私は悪くないと思ってましてよ? 今回のパーティー」
「私もだ」
「ええ」
「これで確定とする気はないですけど、しばらく組んでみてもいいかとも思っていますわ」
「それは奇遇ですね、私もお二人は「合う」方だと思いますよ」
「短いつきあいだから断言はできないけどね、悪くないね」
出会いというのは重要なものだろう。たとえゲームの中だろうとそれは変わらない。
見た目から判断しづらいという部分はあるが……。
私も提案をする。
「それでは互いに手の空いているときは組みましょうか。……とりあえずまた目標を決めませんか?」
「目標か……今回はここに着くまでだったな」
「そう、せっかくなので、あのモンスターに一泡吹かせるまで、でどうです?」
「まああれにはお返しをしたい所ですけれど、倒す、ではなく一泡ですの?」
その言葉に対し、私は唇を三日月のように歪めて笑った。
何故か二人に引かれた気がするが気のせいだろう。
「そう………一泡。あの岩山、おそらく中に財宝かなにかが隠されていて、それを守っているのがあのモンスターね」
「確かに怪しいが、そこまで断言できるか?」
「うーん、巣穴だけという可能性もあるけれど、中に何かあるのは間違いないはず」
「面白そうな話ですわね」
「まあその中身をどうにかして手に入れようって話なんですけど、この計画、乗ります? 売れるものがあれば今の借金も返済できるかもしれませんね」
「ま、失うものも余りないしな、乗るさ」
「……少し不安ですけれど、楽しそうですから乗りますわ」
返事を聞き、私は笑顔で手を叩く。
「よしっ! 決まりですね! 早速準備を始めましょうか!」
ミッションでは後れをとったが、まだまだ挽回できる時間である。
何も正攻法で攻略する必要はなく、おそらくはスタッフによって抜け道が用意されているはずだ。勿論強さも必要だろうが、重要なのは発想、間違いない。
一人で全てをこなすのは無理だが、この二人なら柔軟に私の言葉を理解してくれ、かつ私にはない思考で隙を埋めてくれるに違いない。
とりあえずとは言ったものの、正直イベント中この二人を離す気はない。
弟妹がいた気がするが、適当にあしらっておけばいい。そんなことより財宝荒らしだ。
『その時は、私もあんなことになるなんて夢にも思わなかったのです』
これが、後に【海原の雌豹】【清掃令嬢】【盗掘女帝】の二つ名を付けられ、このゲーム内に名を轟かせることになる三人組の出会いであった。
とりあえず続きません。
VR物に挑戦してみましたが、どうでしたでしょうか。まだ長編を書く自信は無いので短編で申し訳ありません。感想等お待ちしています。