人が死なないホラーの失敗例と成功例の比較
女子高校の課題で千字のエッセイ形式の小説を書くことになったので、私という人にとって人が死なないホラーの失敗例と成功例について記すことにする。
人が死なないホラーの失敗例。
あらすじは以下の通り。
私の住む町にある最寄りの病院では定期的に献血のイベントを開催している。
成人の年齢に達した私は生まれて初めての献血をその病院で行った。
献血の際に血が採血針を溶かしてしまい、赤い蛾に変わる。
私からこぼれる血もたくさんの蛾になって羽ばたいて献血ルームの外へ出て行った。
血は蛾になるのを止めたとたん私の腕の表面に流れなくなった。
赤い蛾が羽を休めた人は自分の体を損壊するようになった。
赤い蛾はいつの間にか分裂を続けて個体数を大量に増やしている。彼らは物体の表面に浮き上がる動く絵となって侵入した対象物を血まみれにしてから立体に姿を戻す。
彼らに襲われた物体は血の臭さを常に漂わせる。
赤い蛾は生みの親である私を避けているようで、赤い蛾が現れてから三ヶ月が経った頃に町の人たちを目にするとほとんどの人が体のどこかを失っていた。
今日も私の町にある建築物はすべて血の色をしている。
人が死なないホラーの成功例。
あらすじは以下の通り。
私は高校に入学した頃までは家族以外からは直接わかるように言葉にされなくても明らかに嫌悪をむき出しにされていた。それは接する人たちの態度でわかった。私と話すときに必ず舌打ちをされたり、片足を小刻みに震えさせたりしているので口にしなくても伝わってきた。
そんな人たちが普通に親しみやすく私と会話してくれたらどんなにいいだろうかと空想に耽るといつも悲しくなった。けれど、その日は違った。空想に出てくる同級生たちが私に敬語で話しかけてきたのだ。翌日に高校へ行くと、同級生たちは昨日までの態度では考えられないほど積極的で好意的に私に声をかけてきてくれた。来賓のような周りの扱いの影響なのか私はいつの間にか敬語で話すことしかできなくなっていた。今では自分のことを赤の他人としか感じない私という人にとっては、最善の対応だったのだと思う。
人が死なないホラーの失敗例では自らの体を損壊させている。
人の死なないホラーの成功例では精神的な破壊に重点が置かれている。
自分のことを赤の他人としか感じない私という人にとっての精神的な目線と肉体的な目線を分けることで一つの町での日々を別々の町の日々のように感じられるのだと思われる。




