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クロード家の云々  作者: カキちゃん
第四章 
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第85話「逃走」


数日後。

ヴァリーナ経由で、CIDから一通の封筒が届いた。中には能力者の写真と住所。どちらもソルズカ本土に所在がある為、手分けして向かうことにした。


-----


ソルズカ本土とセルカ島を隔てる最狭部の海峡に面した都市――“ストリガ海峡市”。

晴れていれば、セルカ島の街明かりが見える。くびれた海峡と段丘状の市街。旧市街は高台、新市街と港湾区は低地に広がる。


街全体は静かな雰囲気を醸し出しながらも、どこか異様な空気が漂う。別名“監視都市”。


ここに一人目の人物がいる。

ヘンリー・パブロ。能力は《獣化−デグー−》。


デグーはネズミというより、チンチラやモルモットに近いデグー科の齧歯目。完全草食で、ネズミと違い建材などを齧ることはない。

ルカの証言には当てはまらない――それでも、一応確認は必要だ。


記載された住所に到着したアラタ。

ストリガ旧市街、路地に面した石造りの二階建て。ところどころ白い漆喰の補修跡が目立つ。分厚い木の扉を軽くノックするが、中から出てくる気配はない。


「おーい、いるかー?」


今度は強めにノックしながら留守を確かめる。

一分も経たないうちに、扉の向こうに人が立つ気配。おそらくドアアイで確認しているのだろう。数秒後、甲高い音とともに扉が少しだけ開く。


「どなたですか?」


顔を覗かせたのは小太りの男だった。


「ヘンリー・パブロ……で合ってるよな?」


「え、はい、そうですけど…」


アラタは間髪入れず切り込む。


「単刀直入に聞く。“ブースター”について、知ってることはあるか?」


「ブースターですか……ここストリガ海峡市でも、ブースター絡みの事件や事故は増えていますね」


淡々と答えるヘンリー。だが額からは汗がだらだらと流れていた。


「お前自身は関与してない、と」


「それはそうですよ!そんなこと出来る性格でもないですし、仮に関与しててもここに暮らしてれば、すぐにバレますよ!」


少し声を荒げる。


「すぐにバレるか……つまり他の住民なら知ってる奴がいるってことだな」


「それはまぁ……ですが、知っていたとしても答えないと思います」


「……何故だ?」


ヘンリーは一度、喉を鳴らしてから言った。


「ここストリガでは、“知っている”は武器になるんです。

誰がどこで何を見ているか分からない。常に誰かに見られ、見たことを隠し、互いに牽制し合う。

……それ故に治安が良くなる。そういう街なんです、ここは」


表に出ない互いの圧力で治安を維持する。ストリガ海峡市が“監視都市”と呼ばれる由縁だろう。


「お前の話からすると、お前も“知ってる”可能性はあるってことだよな?」


「………」


ヘンリーは口を噤む。


「だんまりか。だがそれでいい。お前が関与してない証明でもある」


アラタは静かに続ける。


「もし関与していて疑われたなら、逃げるか抵抗することもできる。お前はそれをしない。

ブラフの可能性もあるが……そこまで頭は回らないだろう」


そう言いながら、アラタは懐から札束を取り出し、ヘンリーに押し付けた。


「ひとまず助かった。これは些細な礼だ」


ヘンリーは困惑した顔のまま、手にした金を見て笑みがこぼれる。


アラタはその場を後にし、ストリガ海峡市を回って他の情報を探ることにした。


---


ソルズカ共和国中部、やや南寄りの内陸にある最大級の物流・交通結節都市――“セレンディオ”。

盆地から緩い丘陵へと広がり、都市というより物流の中枢。昼夜問わずトラックと貨物列車が止まらない。


ディノとミオナは、セレンディオ郊外丘陵の住宅街に向かった。

二人目の能力者――アントン・ロナウス。能力は《獣化−ネズミ−》。


ルカの証言通りなら、ほぼ確定で容疑者だ。


記載された住所に着く。

元農家の石造りを改装したのだろう。壁が分厚く、小さな整備小屋が付属している。外観は地味だが中が広い家は多い。


ディノが分厚い木の扉をノックした。


「ほーい」


低い声とともに扉が開く。出てきたのはスキンヘッドの男性。三十代、といったところだ。


「こんにちは。アントン・ロナウスさんでいいですか?」


ディノが紳士的に挨拶をする。


「はい、そうです。どうかしましたか?」


アントンはディノを見たあと、傍らのミオナへ視線を移した。


「それがですね、少々聞き込みをしてまして。お話を伺えればと」


「なるほど。立ち話も何ですし、中にどうぞ。コーヒーでいいですかね?

“最近いい豆が手に入ったんですよ”」


家の中へ案内される。ディノが足を踏み入れた、その瞬間だった。

ミオナがディノの服の裾を掴む。


「どうした?」


「今この人、嘘を――」


だが遅かった。


ディノがミオナを片手で突き飛ばしたと同時に、火薬の匂い。

家が爆発に包まれた。


「ディノさん!!!」


「大丈夫だ!」


間一髪というわけでもない。ディノは爆炎で外傷を負っていた。


「しくったな……だがありがたい、自分から“悪者”って言ってくれたもんだ」


ディノは傷を負いながらも、燃える家の中へ突っ込む。


(爆発の影響は奴も負ってるはずだ。この爆発に乗じて能力で逃げるなら――)


ディノは床を思い切り踏み抜いた。

その下には、動物一匹なら通れそうな配管が走っていた。


「ミオナ!外だ!どこに繋がってるか分からんが、十中八九水路だ!

爆発で奴も火傷してるはず!急いで水で冷やしたいだろうさ!」


ミオナは指示通り、水路へ向かう。家の位置から逆算し、出口になりそうな場所へ走った。


到着すると同時に、水路から一匹のネズミが這い出てくる。


ミオナは咄嗟に腰のリボルバーを抜き、構えた。

念のためアラタから教わっていたのだ。


背を向け走るネズミへ慎重に狙いを定め、撃つ。

だがネズミは弾道を読み、弾丸を回避した。


回避したネズミは切り返し、今度はミオナへ向かってくる。

目の前まで迫った瞬間、ネズミは人の姿へ戻った。


不意を突かれたミオナは咄嗟にガードを取る――が、アントンのブローが腹部に突き刺さる。


「ぐっ……」


その瞬間、ディノがアントンの背後に現れ、刀を振り下ろす。

しかしアントンは再びネズミへ。的を小さくして斬撃を回避する。


「小さくなったり、でっかくなったり……面倒い野郎だな!」


ディノは小さくなったアントンを蹴り上げる。

蹴り上げられた勢いでアントンは人に戻る。


「ミオナ!立てるなら狙え!」


ミオナは腹を押さえながらも、リボルバーを構えて撃った。

弾はアントンの肩を撃ち抜く。


だがアントンは構わず距離を取り、再びネズミとなる。

そして水路へ――姿を眩ませた。


「クソッ!ミオナ、大丈夫か!」


「はい……ごめんなさい、取り逃がしちゃいました…」


「いや、上出来だ。あの状況で一発当てた。奴も相当疲弊しているだろう。

一度帰って、お嬢に報告だな」


「はい…」


---



アントンは水路を走り抜けた。

辿り着いたのはセレンディオの外れ、物流外環の端。倉庫が途切れかけ、空き地が増える区域。

その外れにある使われなくなった倉庫へ、アントンは転げ込む。


「はぁ…はぁ…しくじった…」


痛みに悶え、肩を押さえる。


「おや〜?アントン君、大丈夫かな?」


見下ろすのは眼鏡をかけた男。


「うるさいぞ、J!」


Jと呼ばれた男は、ニィと歯を見せて笑う。


「火傷……そして肩に銃弾。火傷は仕方ないとしても、君の能力なら当たるはずがないと思うのだがね?」


「二対一だったんだ。それに当たったのもたまたまだ!

あの女、下手くそのくせに俺を撃ちやがって…!」


「はいはい。弾丸取り出すから、じっとしてね」


Jがアントンの肩に手を当てると、微かに振動が始まる。

ほどなくして命中していた弾丸が、体外へ押し出されるように出てきた。


「はい、終わり。あとは適当に治療して安静にするんだよ、アントン君」


「クソが…」


ニタァと笑うJを前に、アントンは悪態をつくことしか出来なかった。


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