第84話「CID本部」
白い大聖堂と石畳の路地、噴水のある広場。
どこを歩いても古代の名残りと温かな日差しが感じられる、歴史と芸術の香るソルズカ共和国の首都――ソラーナ。
その街の一角に、白い大理石と淡い砂岩で組まれた巨大な“古代官庁”がそびえ立つ。正面にはコリント式の高い柱が並び、階段を登ると、重厚な青銅の扉が静かに構えていた。
「まっ、こんなん飾りだけどね〜」
外から見えるのは、昔ながらの石造りの役所。
だが内部深くには、この外観からは想像もつかないほどのハイテク区画と巨大な地下施設が眠っている。
シュティーから「探してほしい能力者がいる」と連絡を受けた。監獄島の所長であるエルメルですらたどり着けない情報。そのため、ミルムは直接CID本部を訪れていた。
「久しぶりですね、ミルムさん」
受付の職員が笑顔で声をかける。
「おひさ〜」
ミルムは軽いノリで返事をしながら、職員証を取り出して見せた。
「エルメル所長の調子は如何ですか?」
「ん〜? エルたんはいつも通りクールでかっちょいい〜って感じっ、まぁ最近“アレ”のせいでピリピリしてるけど」
「…仕方ないですね“アレ”はソルズカ、いえ世界に影響を及ぼす代物ですから…ミルムさんも、その関係で本部に?」
「だいたいね。ちょっと調べたいことあってさ、セントラルまで許可してくれるかな?」
「もちろんです」
職員がパソコンを操作し、通行証を発行する。
CID本部では、万が一に備え、職員ごとに立ち入り可能なエリアが細かく制限されている。
階級や信頼度に応じて通行範囲が増えていく仕組みで、その都度、対応する通行証の発行が義務付けられていた。
「ありがと♪」
ミルムは通行証を受け取り、エレベーターで地下へ降りていく。
目指すはB10――能力者データ・セントラル。
ここには、登録済みの全能力者のデータが保管されている。
能力の系統や種別ごとに細かく分類された膨大な情報の山だ。
(シューちゃんが探してる能力は獣化。それも“小動物”系ってなると、かなり絞られるはず……有力な能力者は、ざっと見て十人、それでも多いな〜たしか“ネズミ”って言ってたっけ? ネズミになる能力者は〜…)
端末を操作しながら、ミルムは一人ずつデータを確認していく。
(三人か。獣化−ネズミ、獣化−ハリネズミ、獣化−デグー。ハリネズミは物の運搬に長けてるとは言いにくいな〜。そう考えると“ネズミ”と“デグー”の能力者が怪しいかな。二人ともソルズカ共和国所在、年齢も動けそうなレンジ。フツーに規定違反だけど、これを簡易的なリストにしてー…)
その時、不意に背後から声がかかった。
「お久しぶりです、ミルム“隊長”」
「ひゃっ……!」
思わず肩をビクッとさせて振り向くと、そこにはダークブルーの髪を揺らしながら立つ女性――
CID機動部隊隊長、エリーラ・アルトンがいた。
「エリーちゃん久しぶり〜。元気してた? ってか、私もう隊長じゃないし」
「私にとっては、ミルム隊長は隊長のままです」
「そっか、ありがと。何か用でもあったの?」
「いえ。他の職員から“ミルム隊長が本部に来ている”と聞きましてご挨拶に……それと、何やら“探し物”をされているとか?」
「うん。ちょっと気になる能力者を調べててね」
「気になる能力者……その理由を、聞いてもよろしいですか?」
「“アレ”関係だよ」
「“アレ”とは?」
「うぐっ……それはさ、ほら、察してよ〜」
「ミルム隊長は昔から誤魔化す癖がありますので。包み隠さず言って頂けたほうが、ありがたいです」
(エリーちゃん、真面目なんだよな〜…)
観念して、ミルムは声を潜めた。
「……まぁ、言ってしまえば、ブースター関係ってところかな」
その瞬間、エリーラの瞳が鋭く光った。
「国の危機に目を向け、自ら調べに動く、流石はミルム隊長です」
「いや〜、それほどでも〜」
「しかし、ひとつ気になることがあります」
エリーラがスッと距離を詰め、ミルムの目の前まで迫る。
「な、何かな?」
「ミルム隊長は現在、監獄島の看守長。
本部の調査には“公式には”無関係のはずです。
仮にミルム隊長の意思で調査したとしても、規定により本部への助言は不可能――そのはずですが?」
正直、一番痛いところを突かれた。
CID本部と監獄島は、世間的には「同じCID」と認識されがちだが、運用上は別組織として扱われている。
そのため、監獄島の看守長であっても、本部の調査への介入は“要請がない限り”できない建前だった。
「ま、まぁいいじゃん? ちょっとしたお勉強ってやつでさ、本部に何か言いに来たとかじゃないし〜?」
(流石に“シューちゃんのために”なんて言えないよ〜。エリーちゃんマフィア嫌いだし…)
エリーラは一度目を閉じ、深くため息をついた。
「……ミルム隊長のことです。悪用されるとは思いません。
なので、今回は見逃します」
(お? ギリギリセーフかな?)
「“ギリギリセーフ〜”などと考えないでくださいね。
次は上層部に報告します。ミ・ル・ム・隊・長」
「わ、わかりましたぁ……」
エリーラの圧に押され、ミルムはすっかりしょんぼりした。
数十分後。
能力者の簡易リストを作り終えたミルムは、それを封筒に収める。
宛先は、クロード家と深い関わりを持つセシル家。
「一応、二重構造にして、一枚目の封筒には“クロード家に渡すように”って書いといたし。まっ、あのセシル家だし大丈夫でしょ♪」
配達の手配を済ませると、ミルムは軽く伸びをした。
「帰りの船まで時間あるし、エルたんと一緒に食べるお菓子でも見に行こっと」
ソラーナの陽光に照らされる広場へと歩き出しながら、
ミルムは小さく鼻歌を歌った。
その手から放たれた一通の封筒が、やがて“ネズミ”を追う手掛かりとなることを信じて。




