第83話「痕跡を辿って…」
「ネズミね…」
面会を終えて戻ってきたミオナは、ルカの発言を一通りシュティーに伝え終えたところだった。
「ネズミが、ただの隠語とは思えないんだよね。実際アラタもインダストラの調査のとき、排気口の一部が破壊されてて、“ネズミくらいの小動物なら入り込める”って言ってたし」
「つまり…ルカさんは、相手――売人が“ネズミの能力者”だと伝えた、ってことでしょうか?」
「それもあると思う。ただ重要なのは他の言葉。“餌が尽きると別の場所に移動する”と“歯を削るために建材をかじる”恐らくこれは、“売人は基本的に移動しながらブースターを売りさばいている”って意味。まあ、売人じゃなくて“ブースターそのものの流通”を指してる可能性もゼロじゃないけどね。それに、建材をかじるってことは、目に見えて分かる“痕跡”が残ってるはず」
「なるほど…」
ミオナは、小さく頷く。
「一応、アラタが相記化からの情報を解析し終えてるはずだから、戻ってから作戦会議だね」
シュティーとミオナは拠点へと戻る。
拠点
「アラター? 解析終わったー?」
扉を開けるなり、シュティーはアラタの進捗を確認する。
「あー、終わったは終わったがな。期待しすぎると肩透かしくらうぞ?」
アラタはノートパソコンの画面をこちらに向け、音声を再生しながら淡々と解説していく。
「まず、換気口に流れる風の音に混じって、小さく走るような音が入ってる。たぶん小動物か何かだろうな。次に、ルカと謎の男の会話。声の反響と部屋の大きさを考慮して、男の身長は170〜180センチ。だが誤差がデカすぎる。音声だけで特定するのは不可能だ」
「そっか…」
シュティーは、わかりやすく肩を落とした。
「それで? ルカには会ってきたんだろ? 何か情報は?」
「それがね、ネズミがどうとか…」
ミオナが面会での会話を、アラタに詳しく伝える。
「ふむ。刑務所じゃストレートに話せないからな。色々ケアした言い方になったわけか。ただ、薄くもないな。有力情報の“入り口”くらいにはなる」
「でも、今さらインダストラで調査はしづらい、ってところだね」
「だな。現場はもうCIDの管轄だし」
「一応、やれることはやってみるよ。アラタが解析した情報から正体を絞れないか、エルメルに連絡してみる」
「あの氷結野郎にか?」
「CIDには聞けないし、エルメルならワンチャンあるかなって」
「仕方ないか…」
「ルカの発言も踏まえて、アラタには“これまでのブースター絡みの事件”を洗ってほしい。“ネズミの痕跡”が残ってる事件があるかもしれない」
「了解〜。地道作業だな」
「私は…何をすれば良いですか?」
「ミオナちゃんは、とりあえず待機かな。今は動く場所がないし」
「…わかりました」
今のところ決定打はない。
それでも、少しずつ包囲網が狭まっている感覚だけはあった。
プルルルルル…
「……私だが。何用だ、シュティー・クロード」
電話越しに聞こえる、冷え切った声。
「ちょっと調べてほしいことがあってね」
「断る」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「悪に力を貸すようでは所長は務まらんのでな」
「へぇ…。最近巷を騒がせているブースターを売っている連中、その“手掛かり”になりそうな情報なんだけど?」
「……本当か?」
「お、食いついた。本当だよ」
「ひとまず、話は聞こう」
そこで、シュティーはインダストラでの事件の顛末、ルカの発言、相記化から解析された情報を一通り説明する。
「ふむ……それで“該当する人物”を探せと?」
「そう。身長は誤差が大きいからアテにできない。調べてほしいのは“ネズミになる能力者”、もしくは“小動物に化ける能力者”」
「獣化系の能力者は比較的多い。特定には、相応の時間が必要だ。それに――私の権限では、詳しい調査はできん」
「え?」
「私は監獄島の所長であって、CIDの上層ではない。CIDに登録されている能力者リストに自由にアクセスはできん。調べられるのは“過去の能力犯罪者”のデータまでだ」
エルメルに頼めば何か掴める――そう思っていた分、その返答は重かった。
シュティーは、思わず無言になる。
一方で、アラタはこれまでのブースター事件を洗ってくれてはいるものの、それだけで売人に辿り着ける可能性は低い。
「私が調べようか?」
「静かにしろミルム。……って、おい」
「シューちゃん聞こえるー?」
どうやら勝手に電話を横取りしたらしい。
「聞こえてるよ。ミルムが調べてくれるって、本当?」
「本当本当。エルたんより現場の実績あるし、CIDから派遣されて来たこともあるからさ〜。“公式には内緒で”なら、私の方がそれとなく調べられるよ?」
「そうか……助かる」
「全然いいよ〜。シューちゃん良い子だから、協力してあげないとね♪」
「じゃあお願い。今度また島に行くとき、手土産でも持っていくよ」
「マジ? じゃあお菓子! 甘いのね! エルたんも食べるから!」
「ははっ…了解。それじゃ、よろしく」
「はーい、じゃあね〜」
ピッ
「ミルム…本当に助かるな…」
軽口を交わしながらも、胸の奥では確かな安堵が広がっていた。
シュティーは、改めて“監獄島の二人の優しさ”に救われていることを痛感する。
監獄島
「おい、ミルム。何を勝手に話を進めている」
「え〜? 良くない? 今の状況を終わらせたいのは同じじゃん?」
「はぁ……最近CIDでは“クロード家優遇”の噂が出始めている。これ以上関わるのは、お前のためにもならん」
「心配してくれるの? ありがと、エルたん♪」
「……はぁ。先が思いやられる」
エルメルの嘆息が、凍てつく監獄島の空気に白くほどけていった。
その一方で、“ネズミの痕跡”を辿るための輪は、静かに動き始めていた。




