第82話「面会」
ヨナの能力《変容》——自身または他者の外見を、整形レベルで改変する力。
効果は最大三時間。
ヨナがミオナの頬に手を当て、粘土を練るようにゆっくりと撫でるたび、顔の輪郭がじわじわと変わっていく。
肌の質感、目元のバランス、唇の形――わずかな変化が積み重なり、まるで別人の顔がそこに現れた。
「凄い能力ですね…」
「“裏の仕事”でしか使ってないけどね。それに変えられるのはあくまで外見だけ。性格も癖も、行動までは変えられないから、そこは本人の腕次第」
「完全無欠の能力ではないから、いざとなったら逃げてほしいかな」
「わ、わかりました」
緊張でこわばるミオナの肩を、ヨナは軽く叩いた。
「肩の力を抜いて。完璧を目指すと逆に怪しまれる。潜入するのは刑務所だ、上手な芝居より“自然体”のほうがずっと信じられるよ」
ヨナの微笑みは、職人の余裕を滲ませていた。
「ありがとうございます…!」
「はい、終了」
ヨナが鏡を向ける。
映っていたのは、もはやミオナではなかった。
頬のライン、瞳の色、鼻筋。誰もが振り返る別人の顔が、そこに立っていた。
「すご…全然私じゃないですね」
「持続は三時間。解除はゆっくり進むから、戻り始めたらすぐ引き上げてね」
「わかりました」
「ありがとうヨナさん。支払いはいつも通りで」
「うん、任せといて」
ヨナの穏やかな笑みが返る。
「よーし、じゃあミオナちゃん。サクッとルカに会いに行こうー」
「はい!」
シュティーとミオナはバスで、ルカが収監されている刑務所へ向かった。
「本当に大丈夫ですかね…?」
「ちょっと疑われるくらいなら平気。ミオナちゃんだし、なんとかなる!」
「……頑張ります!」
「うん。それと――これがミオナちゃんの偽名ね」
シュティーが差し出した書類をミオナが受け取る。
「リタ・テレーザ・セレーナ・フェリーニ?」
「そう。頭文字を取って“R.T.S”で通じると思う。それと身分証と家族証明。全部偽造だけど、かなり精巧にできてるよ」
「いつのまに…」
「昨日の夜、アラタに作ってもらった。罪の作成が終わって、音声解析に入る前にね」
「アラタさん、仕事早いですね…」
「でも完璧じゃないから、もし質問されたら書類を読みながら答えて。焦らなければ大丈夫」
「わかりました、頑張ります!」
「よろしくね。ボクは刑務所の前で適当に暇潰してるから」
「はい!」
ミオナは刑務所の重い門へと歩を進めた。
「こんにちは…?」
受付に声をかけるミオナ。どこかぎこちない。
「こんにちは。ご用件を?」
「えっと、面会に来たんですが…」
「ご予約は?」
「はい。ルカ・フェリーニに面会の予約をしています」
受付係は淡々とキーを叩き、画面を確認する。
「たしかにご家族の方ですね。申し訳ありませんが、身分証と家族証明書を拝見しても?」
「はい、こちらです」
シュティーから渡された書類を差し出す。
係員は目を通し、少しして顔を上げた。
「確認いたしました。ルカ・フェリーニの妹様、リタ・テレーザ・セレーナ・フェリーニ様で間違いないですね?」
「はい! 間違いないです!」
(よかった、上手くいった…)
「では面会室へご案内します」
看守が現れ、無言で先を歩く。
ミオナは指示に従い、荷物を預け、金属探知機を通過した。
「囚人への受け渡し、接触は禁止です。違反があれば面会は即終了となります」
「わかりました」
重い扉が開く。
その先には、俯いたまま座るルカの姿。
ルカがゆっくりと顔を上げ、ミオナと視線を合わせる。
「えっと…久しぶり、兄さん」
「……?」
“誰だお前”――そんな表情。
だが面会室には監視カメラ。声は拾われていないが、挙動ひとつで不審を悟られる。
「私、リタ。リタ・テレーザ・セレーナだけど…覚えてない?」
ルカは一瞬目を伏せ、やがて意味ありげに頷いた。
「なるほど」と言わんばかりの顔。
「そうだな。僕には妹がいたな」
嘘。
ミオナには、それがはっきり分かった。
つまり――話をしてくれるという合図。
(ここは演技を続けないと…)
「ごめんね、あまり連絡取れなくて。そのせいで兄さんは…」
「大丈夫。職場と寮は電波遮断されてたから、どうせ連絡は取れなかった。気にするな」
「そっか…。それでね、今日いろいろ伝えたくて。兄さんが捕まったって聞いた時、お母さん、すごく落ち込んでた。でも兄さんが元気にしてるって知れば、きっと元気になると思うの」
実際には、息子が逮捕された家族が“元気になる”ことなどない。
けれどミオナは、それでもそう言わずにはいられなかった。
「…そうだね。母さんには伝えてくれ、“元気だ”って」
「……うん、約束する」
言葉と同時に、ミオナの目から一粒の涙が零れた。
演技か、それとも心からの涙か。彼女自身にもわからなかった。
「リタも忙しいだろ。まだ時間はあるけど、今日はこのへんで」
「ちょっと待って! まだ聞きたいことが――」
だがルカは静かに遮る。
面会の本来の目的――売人の手掛かり。
それを得ずに帰るわけにはいかない。
ルカは小さく息を吸い、囁くように言った。
「ネズミは、食べ物がなければ二〜四日で餓死する。
だから餌が尽きると、別の場所に移動する。
それと――ネズミは歯を削るために建材をかじる。
痕跡はある、注意して見ることだね」
それだけ言って、立ち上がった。
ミオナは、去っていく背中を見送る。
ルカは振り返らず、扉の奥に消えた。
静まり返った面会室に、ミオナの声だけが残る。
「……ネズミ、か。」




