第7話「収まる本棚」Part1
古びた倉庫街。錆びたシャッターに、崩れかけたトタン屋根。
時間が止まったような空間に、足音が二つ、静かに響く。
「ここか……」
バルタが倉庫の前で足を止めた。
「うん。あのゴロツキが言ってた場所だよ」
シュティーが軽やかな声で答える。
「古い倉庫ばっかりで、人の気配なんて全然ないぜ?」
「だからこそ怪しい、ってやつだね。入ろうか」
そう言って、シュティーは躊躇なく扉を押し開けた。
倉庫の中はひんやりとした空気が漂い、埃っぽい匂いが鼻につく。
無数の木箱や錆びた棚が乱雑に積み上げられ、窓のない空間は薄暗く、静寂に包まれていた。
「……誰もいないようだが?」
「そうだね。けど、なんとなく予感がしてたんだよね……“居る”んじゃないかって」
そう言いながら、シュティーはゆっくりと腰のホルスターから銃を抜いた。
「出てきなよ。ボクには分かるよ、ここに“誰か”が居るって」
言葉と同時に、空間の一角――鉄製の棚の影から、くぐもった笑い声が響く。
「ケッケッケ……どうして居ると分かった?」
「えっ、本当に居たの?うわ……」
驚いたような声を上げるシュティーに、バルタが呆れたような声を漏らす。
「お嬢……」
「なんてね、半分は居るかなーって思ってたのは本当だよ。だって君、“見つけてもらうのが好き”なタイプでしょ?
わざと痕跡を残して、誰かが追ってくるのを期待してる。で、待ち伏せ……違う?」
棚の上にいた男が笑う。口元に広がる“ニタニタ”とした笑みは、まるで仮面のように不気味だ。
「……お前、何者だ?」
「ちょっとした依頼でね。本棚を丸ごと盗んだ犯人を探してる。もしキミがそうなら――返してほしいな、なんて」
「ケケ、そうさ!この俺様が盗んだんだよ、本棚をよォ!で?だからどうした?」
「返してくれる?」
「ダメじゃないが……タダじゃ返さねぇよ!」
男が懐から小さな何かを投げつけた。
「開けゴマッ!」
シュティーの目の前で、“それ”は一瞬で巨大化した。
圧縮されていた鉄骨が元の大きさに戻り、殺人的な速度で飛来する。
「お嬢っ!!」
バルタが咄嗟に前へ出る。
拳が、肌が、瞬時に鉄へと変化する。
能力《鉄皮》――身体を鉄にする能力。一部から全身までを変化させ、防御と打撃を兼ね備える。
鉄化した前腕が鉄骨を受け止め、鈍い衝撃音が倉庫に響いた。
「ありがとう、バルタ。でも……こいつ、ちょっと厄介かも」
「近づけば勝てるが、あの間合いじゃ逃げられるかもな」
「だったら速攻でいこう、ってことだね」
バルタが床を蹴り、男に向かって突進する。
「ドーン!!」
跳ね上がった男の手から、さらに圧縮解除された鉄板が飛び出す。
バルタはそれを回避しつつ、倉庫の柱を背にして睨みつけた。
能力《圧縮》――生物を除く実体ある物体を圧縮し、手のひらサイズまで縮小。
解放時に元のサイズへ瞬時に戻し、速度と質量で強烈な攻撃を可能とする。
「ちょこまかと……!」
「ケケッ、そんなスピードで俺様に追いつけるかよ!」
男は天井に飛び乗ると、パイプの束を手にし笑う。
「バルタ、足場になって」
「了解だ」
バルタが片膝をつく。シュティーは彼の背を一歩で蹴って跳躍し、空中の男に接近。
刀を抜き、渾身の一太刀を放つ――が。
「惜しいねェ!」
紙一重でかわした男が笑うと同時に、
「開けゴマ!!」
再び鉄パイプが飛び出す。
「ま、反射神経ならボクも凄いけどね」
身をひねって鉄パイプを回避したシュティーは、そのまま鉄パイプを掴み、
反動を利用して男を床へ叩きつけた。
ゴシャァン、と木箱が崩れる。
立ち込める埃の向こうで、男の姿がゆらりと立ち上がる。
「ケケ……おもしれぇじゃねぇか……!」
まだ“余興”は、終わらない。
ようやくね、能力バトルっぽくなってきましたと。