第74話「煙は口を噤む」Part2
アラタは背筋を伸ばし、ひとつ息を吐く。
「じゃあ、行くか。ギルティ、三位一体。セット、擬態・追体験・再生」
色彩が溶け、輪郭が薄れる。アラタの身体は溶け込むように背景と同化した。追体験は社長と従業員から記憶を抜くため、再生は三位一体の効果の為セットするしかない。
従業員が扉を押し開けた瞬間、影のように滑り込む。まずは社長室へ。
(相変わらず、ムカつく面だな)
気配をひそめて背後に回り、指先で軽く肩を撫でる。追体験が走る。
――工場の陰。社長と従業員らしき男。床には別の従業員が横たわり、頭から血を流している。
――場面が跳ぶ。「事故として処理しろ」社長が秘書に命じている。
――さらに跳ぶ。先刻の従業員の肩を叩き、「せいぜい頑張れよ?」と薄笑い。
もっと遡ろうとした瞬間、社長の皮膚が微かに粟立つ。感づいた――アラタは手を離した。社長は携帯を掴み、苛立ちを押し殺した声でどこかへ連絡を入れる。
「もしもし俺だ。クロード家が嗅ぎ回ってる。そっちから釘を刺せないか?」
相手の声は拾えない。ただ、CIDか、同じ穴の狢だろう。
「……は? クロード家には手を出せない? 何を言ってる。あんな連中――ただのゴミの集まりだろうが!」
奥歯を噛む。アラタは黙って聞く。
「それがCIDの決定か!もういい!」
通話を乱暴に切ると、内線で秘書を呼びつけた。
「酒を持って来い!」
「社長、まだ昼ですが……」
「どうした、逆らうのか?」
秘書は顔色を変え、足早に去る。
(豚野郎……全部引きずり出してやる)
アラタは社長室を離れ、工場内部の探索へ移った。
場面切り替え
インダストラを離れ、ラグーザの小さな花屋。彩りの匂いに混じって、淡い土の匂い。シュティーはガラス戸を押し、愛想のいい店主に軽く手を振る。
「こんにちは、シュティーさん」
「やっほ、ニコラスさん。“種”が欲しくてね」
カウンターをトントン、と二度叩く。合図だ。
「わかりました。こちらへどうぞ」
裏の小部屋へ通される。飾られた花はどれも黒ずみ、どこか生気を吸われたようだ。
「いくつ?」
「五粒。とりあえず」
シュティーは札束を出す。ニコラスが手早く数える。
「ちょうど百万。――はい」
手渡されたのは掌に収まる小さな鉢。そこに“種”が仕込まれている。
「毎度どうも」
「いえ、こちらはサービスで」
一輪の花が差し出される。
「これは?」
「とある“現場”に咲いていたやつです。お役に立てば」
「助かる」
ウィンクひとつ。シュティーは鉢と花を抱え、軽やかに店を後にした。




