第72話「陰りは近くに」
薄暗く、ほこりの臭いが充満する空間に、バチッと稲光が一つ。助けを求める声は届かない。近づく者に、許しを乞う。
"許されるわけないだろ?"
再度、稲光。その瞬間、命の灯火は消えた。
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最近、治安が悪くなっている。ブースターによって微弱能力者ですら強力な力を扱えるようになり、犯罪が増加傾向にあるからだ。街には不穏な空気が流れていた。
先日の護送車襲撃事件――おそらくブースターが関わっている。新聞に明確な名は出ていないが、わかる者にはわかる匂わせが並ぶ。
シュティーは、糸口の掴めない状況に苛まれていた。
「そろそろ起きるか…」
ソファから身を起こし、自室のドアを開ける。燦々と差し込む光に、思わず目を覆った。
「やっと起きたか」
リビングにはディノだけ。時刻は既に昼過ぎ。バルタが用意してくれたのだろう、料理がテーブルに置かれている。
「他のみんなは?」
「アラタとミオナは射撃場で訓練。バルタは墓参りだ」
「そっか…」
気怠い身体を動かし、コーヒーを淹れる。
「なにやら考え事をしてた様だな?」
ディノが表情を読んでくる。
「そうだね。最近ブースターのせいで治安悪いし、それに売人や製造元の足取りが掴めない」
ため息を一つ。
「ディノ、暇でしょ? 久しぶりに一戦どうかな?」
ディノは苦笑して肩をすくめる。
「ふっ…いいぜ、お嬢。ちょっとは気分転換もしないとな」
二人は刀を手に庭へ。もちろん真剣。少しでも気を抜けば、容赦なく傷が入る。
距離を取り、向かい合う。静かな風が二人の間を抜けた、刹那、神速の抜刀。シュティーの一撃を、ディノは読んでいたかのように軽々と受け止める。
「前よりかなり強くなったな。速さ、そして重さ……そのうち追い抜かれるかもな」
「まだまだこれからだよ」
連撃。刃が幾度も交錯する。だがディノはすべて捌き切る。
「はぁ…全然通じないんだけど。てかディノ、本気出してないでしょ」
「本気出したら、お嬢に傷をつけるからな」
「別にそんなに甘くしなくていいのに。――だけど、ありがとうね」
その後もしばし、時間を忘れて剣を交える。まるで遊びに没頭する子供のように。
数十分後。木陰で一息。
「一戦って言った割には、結構やったな?」
「ディノが本気見せないからね〜」
シュティーは背筋を伸ばし、地面にごろんと寝転がる。見上げた空は、不穏な現実とは裏腹に澄んだ青。
「起きてきた時より、いい顔になったな」
「そうかな? そうかも」
「それで、どうするんだ。今回のブースターの件」
「そうだね。CIDも手をこまねいてるなら、現状ボクたちに出来ることはない。何か関係ある事件が起きたら動く感じかな。言うてCIDも無能じゃないし、次第に収まるとは思う」
「珍しく楽観的だな?」
「そうだね……ま、ボクも毎日変わっていってるって事かな」




