第70話「暗闇に笑う」Part5
しなりを利かせた穂先が空を切る。はたき、いなし、踏み込む狙うはただ一つ、黒い“笑い”の根。
猫は身をひるがえし実体を避け、代わりに足下から立ちのぼる影で斬りつけてくる。
(生き物には触れる。だから体育館の物陰で鳥も仕留められた。つまり――)
シュティーは影の斬撃を紙一重でまたぎ、踏み台にして反発をもらう。影を足場に一気に距離を詰め、穂先が猫の額を捉えかけた瞬間、影が背面で弧を描き、幾筋にも枝分かれして襲いかかる。
「へぇ、賢い猫さんだね」
逃げ場は潰されたそう判断しかけた刹那、猫の身体がふっと空中へ浮いた。突然の浮遊に猫の瞳が見開かれる。心の揺れがそのまま影に波紋をつくり、輪郭がゆらりと崩れた。
シュティーは見逃さない。しなやかな柄で間合いを調整し、硬度を持つ穂先で一撃。鈍い音と短い悲鳴。猫は後方へ弾かれ、なおも四肢で体勢を立て直してこちらを睨み、くるりと踵を返して虚空を駆けた。
「追うよ!」
二人は走る。猫は体育館脇を抜け、裏門の方角へ。
「あ、幽霊さん。さっきはありがとうね」
浮上の正体は、幽霊さんの“持ち上げ”だ。姿は見えないが、どこかでこくりと頷いた気配がする。
角を曲がった先で、猫はぴたりと止まる。小さな鳴き声。丸まった子猫が四匹。母猫は子らを庇うように背を丸め、低く唸った。
「……なんだ、そういうことか」
学校付近に迷い込み、この校内で出産。能力で獲物を狩り、結果として“笑う影”が目撃された。
「ごめんね、猫さん。キミたちをどうこうする気はないから」
シュティーがゆっくり手を差し出す。最初は警戒で耳を伏せていた母猫も、わずかに鼻先を寄せ、緊張を解く。
「家の人を呼ぶわ。攻撃は当たってるし、子猫もこのまま置いとけないもの」
「うん」
数分後、セシル家の従業員が静かに到着する。能力持ちの動物と知れれば、CIDが実験目的で押しかけかねない――ヴァリーナの即断だった。
シュティーは監視室に戻り、「原因は取り除いた」とだけ伝える。猫の件は伏せる。こうして“笑う影”の騒ぎは、ひっそりと幕を閉じた。
現在。
「――ってわけで、依頼は解決」
「なるほどな。にしても、猫に能力か」
「やっぱ気になるよね。前例は無いし、かなりレアケース」
「その母猫と子猫は今どうしてる?」
「セシル家が引き取ってる。CIDに知られたら血相変えるからね。あそこに居たほうが安全」
シュティーは指先で銀色の筒を転がす。
「で、こっちが本題。ブースターのほうが厄介だよ」
混沌を呼ぶ銀色の筒。糸口は掴んだ。だが、その先に待つのは、彼女たちの手に余るほど深い闇かもしれない。




