第67話「暗闇に笑う」Part2
目撃地点――旧校舎の渡り廊下。磨かれた床に薄青い外光が差し、古い石壁がひんやりと空気を冷やしている。一見、異常はない。むしろ学校特有の静けさが、どこか落ち着きをもたらしていた。
「何か手掛かりとかある?」
ヴァリーナが小声で訊く。
「そうだね。一度、“影を見た人”から話を聞きたいかな」
案内されたのは監視室。モニターが壁一面に並び、影の目撃者という警備員と、事務長らしき人物が待っていた。リベルタ高等学校では外部委託の警備員と遠隔監視が基本らしい。普段は昼に授業が終わるため常駐は少ないが、今回は異常が疑われ、二名体制にしているという。
「じゃあ私、授業あるから。聞ける話は聞いてね」
ヴァリーナが段取りをつけてくれたおかげで、話はすんなり始まった。
「それで、あなたが見た“影”について教えてくれるかな?」
「はい。深夜一時四十分ごろ、旧校舎の渡り廊下を巡回中に、体育館の外壁に大きな影が見えました。どこか“笑っている”ように見えて……。すぐに体育館へ向かいましたが、目立った形跡はなく。見間違いの可能性もあると思い、事務長に報告しました」
「その話を聞いたときは、働き過ぎだと一蹴しましたがね」
事務長が鼻で笑う。
シュティーは気に留めず、続けた。
「他に何か見たものは? 関係なさそうでも構わないよ」
警備員は記憶を手繰り寄せるように眉間に皺を寄せ、答える。
「本当に関係ない話ですが……体育館の付近に猫が一匹、迷い込んでいました。近づくと逃げましたが」
「どっちへ?」
「深夜でしたので確かではありませんが、中庭の方へ……」
シュティーは小さく頷き、事務長に目を向ける。
「事務長さんは、監視室から何か見えたり?」
「すべての画面を同時に確認できるわけではないので、見えたかもしれませんが、ちょうど目を離していた可能性が高いですね」
「そっか、ありがとう。何か思い出したら教えて」
軽く頭を下げ、体育館の外壁へ。渡り廊下の監視カメラからなら死角は少ないはずだが、深夜なら見落としも起きる。壁面、地面、排水口、照明の影、一つずつ確認する。だが、特に変わった痕跡はない。ただの“壁”。
「……猫、か」
影の出現と猫の目撃。関係ないかもしれない。だが、関係あるかもしれない。思考を巡らせながら、中庭へ向かう。整えられた花壇に、色とりどりの花が揺れている。
「調査は順調ですかな?」
背後から穏やかな声。振り向くと、初老の男性が立っていた。
「驚かせましたか。初めまして。私がこの学校の校長です。今回は調査、感謝いたします」
深々と頭を下げる。
「初めまして。校長さんは、今回の噂をどう見てる?」
「当校では、能力者の生徒には事前に能力の詳細を報告してもらっています。万が一に備え、該当しうる能力者を把握するためです。しかし今回の“影”に該当する能力は、生徒の中には見当たりません。外部の者、もしくは単なる見間違いかと」
「最近、噂以外で何かあった?」
「ふむ……花壇が荒らされることが増えました。朝、水やりに行くと土が掘り返されています。動物の糞が残っていることもあり、近くに住み着いた動物の仕業かと。ただ、痕跡が残らない日もあるので、断定はできませんな」
「なるほど。ありがとう」
「いえいえ。それと、話は変わるのですが。」
シュティーは首をかしげる。
「よろしければ、当校の生徒になりませんか? ヴァリーナさんから事情は聞いています。手続きは私が……」
「……あー、ごめん。パスで」
「差し支えなければ理由を?」
「学校に通うのも“あり”だけど、それ以上にやることがある、って感じ」
「わかりました。ですが、いつでも仰ってください。入学手続きは整えます」
「結構ゴリ押しだね。……とりあえず、ありがとう。ボクよりヴァリーナを気にかけてあげて。あいつ、なんでも自分で背負い込むところがあるから」
校長は柔らかく笑んだ。
「承知しました。ヴァリーナさんも、良いご友人をお持ちで」
午前の光が、石畳に斑を落とす。
猫、花壇、笑う影。
点はまだ線にならない。けれど、匂いはある――と、シュティーは目を細めた。




