第65話「棘の後…」
ノーラの家は壁も梁もあちこちが抉れ、居住の体をなさない。彼女と幼い子は、CID管轄の簡易居住スペースに一時避難していた。
「今回は本当にありがとうね」
ベンチに腰掛けたノーラの隣に、アラタが立つ。彼は肩をすくめただけだ。
「別に大したことはしてない。運が良かった」
ノーラはくすりと笑うと、息を整えて切り出した。
「それでねアラタ…あの時話せなかったことなんだけど…」
一拍置いて、正面から見上げる。
「あのさ、私たち、やり直せないかなって…子供も懐いてるし…あの時のことがあるから、断ってもらってもいいけど…」
「そうだな。正直、それも悪くない話だな」
「じゃ、じゃあ!」
「だがすまん。無理だ」
短くも揺るがない返答。ノーラの睫毛が震える。
「やっぱりあの時の事が原因だよね…分かってる」
「結果的に良かったって前も言ったろ? 無理な理由は一つ。俺にはもう“家族”がいるからな」
それはクロード家。拾い、認め、居場所をくれた人々。新たなボスに仕え、同じ卓を囲む者たち――単なる義理ではなく、自分が拠り所と決めた家族だ。
「そう…わかったわ…」
悲しみを押し隠すように、ノーラは小さく笑おうとする。
「そう悲しい顔すんなって。ひとまず悩みは消えたんだ。あとはお前がその子と一緒に幸せになれ」
アラタは濁りのない笑顔を向けた。その笑みが、ノーラの肩の力をほんの少し抜いた。
――場面切り替え:クロード家
「ただいま〜!!!!」
扉が弾ける勢いで開き、アラタの声が広間に震えた。数週間ぶりの帰還だ。
「はぁ…おかえり、アラタ。依頼はしっかり完了したみたいだね?」
ソファの背にもたれるシュティーは、どこか疲労の色を帯びている。
「せっかく久しぶりに帰ってきたのに、そう疲れた様子見せられたら困るな〜」
「アラタがいない間、別件で動いてたからね。それで解決したあと、ちょうどアラタが帰ってきたってとこ」
「ふ〜ん? そっか、まぁいいや。それよりボス、これを渡しておく」
アラタは懐から銀色の筒を取り出し、掌で転がしてみせた。シュティーの目が細くなる。
「これ、どうしたの?」
「今回の相手が使ってた。首に打ち込んだ途端、能力の性能が格段に上がった。CIDが気付かなかったから回収しといた」
「手癖悪いね、ほんと」
茶化しながらも、シュティーは受け取って微笑む。
「ありがとう、アラタ。……また一歩前進したよ」
銀の筒――ブースター。もしセルカ島にまで流入しているのだとしたら、ばら撒いている連中が必ずいる。シュティーは、別の闇の輪郭にそっと触れた。
「それで? ボスの方の依頼はどうだったんだ?」
話題を切り替えるように、アラタが尋ねる。
「そうだね……とても変な事件だったよ」
シュティーは天井を見上げ、短い溜息を落とす。目蓋を閉じ、記憶を辿るように。
――そして、静かにその依頼を振り返り始めた。




