第64話「路地の棘」Part5
ゆらり、ゆらり、不気味に重心を揺らす男が、一面に刺を芽吹かせたかと思うと、瞬きの間に鋭矢となって走らせる。
「ギルティ、狂狼」
アラタは床を蹴る。反射神経が研ぎ澄まされ、紙一重で刺を躱すと、そのまま一気に間合いを詰めた。男も応じる。枝分かれする棘が室内の壁という壁に突き刺さっていく。
(家の中なら、伸びしろが限られる)
外でやれば被害は知れない。だからこそ、ここで片をつけるべきだ――アラタは判断する。
「ふぅ……めんどくせぇな。ギルティ、泡沫」
ふっと輪郭がにじみ、アラタの影が二つ三つと増える。男の棘が分身を正確に穿つたび、空気だけが裂けた。
「狂狼解除。ギルティ、呪鎖、印」
床板へ指先で“印”を刻む。瞬間、床下から黒鉄の鎖が走り、盾のようにせり上がって棘を弾く。広く動けぬ室内戦。小回りの利く“罪”で受けつつ、隙を探るそのはずだった。
男が、笑った。
次の瞬間、全身から噴水のように棘が噴き上がる。壁が裂け、天井が砕け、爆ぜる乾いた音とともに、二人は夜気へと投げ出された。
悲鳴。物見高い住民が、音に釣られて顔を出す。男は即座に狙いを変え、扇状に棘を散らした。
「させるかっ!」
呪鎖がしなる。一本、二本――辛くも食い止めた刹那、伸びた棘が空中で枝分かれし、弧を描いて住民をめがけて戻ってくる。
「クソが……印解除、ギルティ、狂狼!」
足が消える。風のような加速で人影をさらい、壁影へ押し込む。背中に熱い痛み。枝分かれした棘が、皮膚を縫った。
「他の住民を避難させろ!」
うなずいた人々が散っていく。
「ギルティ、再生」
裂け目が閉じていく。ここから先、致命傷を一度でももらえば終わり――本来なら、だ。
「はぁ……本当に、凶悪な能力だな」
虚ろな瞳の男が、笑いもせずにこちらを見る。
「とりあえず、他に被害が出る前に終わらせる」
アラタは息を整え、はっきりと言葉を置いた。
「ギルティ、三位一体――セット、狂狼、呪鎖、再生」
踏み込む。男の棘が容赦なく肉を穿つだが、穴は瞬きの間に塞がる。
「もうお前は俺に勝てねぇよ。一撃で殺さない限りな?」
蹴り一閃。男の胴に食い込み、そのまま丘の斜面へと叩き落とす。男は反射で棘を地面に突き立て、落下を止めた。
アラタは空を裂く勢いで追いすがる。向けられた棘は、刺さるそばから治る。おぞましいほどの回復が、恐怖を削ぎ落としていく。
三位一体。発動中は他の“罪”を併用できない。だが、選んだ三つを“常時発動”に切り替える代わりに、ペナルティもまた常時。バスクファミリー抗争後に仕込んだ切り札。
「殺しはしねぇ。だが、少し寝てもらう。歯、食いしばれよ!」
呪鎖が腕に巻き付き、見えぬ重量を上乗せする。狂狼で跳ね上がった膂力に、落下の加速を重ね――
鎖の拳が、棘の幕を砕いた。男は背から棘を伸ばして地を掴むが、圧に耐えきれない。岩を砕く衝突音。ごう、と砂埃が上がり、男の体は丘のふもとに叩き伏せられた。
「……ふぅ」
白目を剥いて動かない。アラタはわずかに息を吐き、見上げる。頂の縁に、人影がいくつも並んでいた。その中の一つノーラの輪郭が、確かに揺れて見えた。
数時間後。CIDが到着し、ノーラの通報と合わせて状況は整然と回収された。事情聴取を終えたアラタに、住民たちは口々に礼を言う。
こうして、通り魔事件そして護衛の依頼は、本当の意味で完遂された。




